37.大切なこと
息苦しくて、身動きが取れない。
ゆっくりと覚醒して、目を開けるときつく抱きしめられていた。
…兄さまと寝てたんだった…
ディオの首元に頭をうずめている。
体に腕が回されて、力が抜けているので意外と重かった。
起こさないようにそっと体の上の腕を除ける。
まだ夜中のようだ。
エドガーが置いていった明かりが、室内をほのかに照らしていた。
ディオの体はまだ少し熱い。
マリアンナはディオの様子を見ようと目線を上げて、息を飲んだ。
薄暗い部屋の中、穏やかな表情で眠るディオの髪が暗い色だった。
黒か、濃い茶色か、はっきりとは分からないがいつもの金髪でないことは分かる。
…これは、兄さまの本当の髪の色?
私と同じように魔法で髪の色を変えていて、熟睡したから元に戻ってしまったのかも…
マリアンナはどくどくと鳴る心臓を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をする。
見なかったことにしなきゃ…
そう思うが、緊張で体に力が入ってなかなか落ち着かない。
マリアンナはディオの顔が視界に入らないように、ディオの胸に額を寄せた。
ここにいるのは、ディオであってディオでない人だ。
姿を変えて、1年後にはいなくなる人。
だけど寝付く前に見せてくれた弱音はきっと本物で、嘘のないディオの本心だと思う。
弱っていたからつい口をついて出たものだと思うけれど、頼ってもらえたようで嬉しかった。
姿を偽っていても、それはマリアンナも同じことだ。
うん、大丈夫。
姿が違っても、大事にしたい事に変わりない。
目を瞑って気持ちを落ち着かせているうちに、マリアンナはもう一度眠りに落ちていた。
***
ディオが動く気配がして、マリアンナは目を覚ました。
「ん…っ」
目を開ける寸前に、ディオの髪の色の事を思い出して一瞬躊躇する。
恐る恐る目を開くと、ディオが優しい目で微笑んでマリアンナをじっと見ていた。
その髪はいつもと変わらない金髪でほっとする。
「兄さま!熱は大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だ。心配をかけたな」
マリアンナが顔を上げると、ディオはどこかすっきりとした表情で笑った。
「んー、まだ少しだけ熱いような…」
マリアンナはディオの額に手をやった。
「そうか?」
「はい。だから今日はここでゆっくりしましょうね。
私が一日つきっきりで兄さまの面倒を見ますから、寂しくないですよ!」
「…もしかして…私は、色々と、言ったような…?」
ディオは額に手をやって俯いた。
「ご飯は部屋に持ってきてもらいましょう」
「いや…もう動ける」
「いいからいいから。兄さまはここにいてくださいね」
「ふー、ふー…はい、あーん」
「マ、マリオ…本当に、自分で…!」
マリアンナがスープの野菜を冷ましてディオの口元にスプーンを持っていく。
そのディオは真っ赤だ。
「だめです!今日は私が兄さまを甘やかすのです!はい、あーんしてください」
「ぶ…く、くっ」
「エドガー、頼むからあっちへ行け…!」
エドガーを部屋から追い出して、ディオはしぶしぶ口を開けた。
「…うまい、な」
「はい。良かったです」
「では次は私の番だ」
ディオはパンを手に取り、一口大にちぎってマリアンナの口に持っていった。
「えっ」
「ほら、早く。あーん」
マリアンナはうっと唸って真っ赤になる。
「ふっ、顔が赤いぞ」
「兄さまこそ!」
マリアンナはがぶっとパンに齧りつき、次いでディオにもパンをちぎって差し出す。
「はい、兄さまもどうぞ」
お互いに食べさせ合うその状況に、『なんで自分で食べないんだ!恋人同士か!』と廊下で聞き耳を立てていたエドガーが内心突っ込みを入れていた。




