35.熱
「エドガーさん!兄さまは大丈夫ですか!?」
マリアンナは、音を聞いて迎えに出てきたらしいエドガーに飛びついた。
「マリオ!帰ってきてくれたのか!?」
エドガーはマリアンナを受け止めると申し訳なさそうに話した。
「すまない。ディオは誰にも知らせなくていいと言うんだが、私の勝手で使いをやってしまった」
「いえ、知らせてくれて良かったです。先生には?」
「母上には知らせていない。年に一度、家族が王都に揃うんだ…
ディオに、知らせたら絶対許さないと言われてしまって」
「ああ…それでなくてもエドガーさんに残ってもらってるから気にしたのかもしれませんね」
自分のせいでエドガーが帰れなかったと負い目を感じているに違いない。
「兄さまは部屋ですか?」
「ああ。今朝から熱が出て、ベッドに寝かせてるんだが眠れないみたいだ。
魔力暴走を起こしているわけではないし、症状は熱だけだから安静にしていれば大丈夫だと思うが、明日になっても下がらなかったら家に連絡するよ」
マリアンナはエドガーに聞きながら、階段を上った。
ディオの部屋の前に立ち、眠っていたらいけないので控えめにノックをする。
「兄さま、マリオです。起きてますか?」
「マリオ!?」
扉の向こうからドタバタという音がして、マリアンナは慌てて扉を開けた。
ディオがベッドの横で膝をついている。
「兄さま!急に立ち上がったらダメですよ!」
マリアンナとエドガーが駆け寄り、ディオをベッドに上げる。
触れた手が熱かった。
「エドガー、マリオに知らせたのか…?」
「うっ」
熱で潤んだ瞳で、ディオがエドガーを睨みつける。
「兄さま!辛いときに知らせてもくれないなんて、後で知ったら悲しくて泣いてしまうところでした」
マリアンナが割り込むと、ディオは目を瞬いた。
「なぜ、マリオが泣くんだ…?」
マリアンナはむっと口を尖らせる。
「私は兄さまも大事な家族だと思っています。
兄さまは、私が熱を出して倒れて、誰にも言わずに一人で我慢していても何とも思わないのですか?」
「……なぜ、頼ってくれないんだ、と…思う」
ディオはばつが悪そうに目を逸らした。
マリアンナはディオの手を取ってぎゅっと握る。
「そうでしょう?
…眠るまで傍にいますから、ゆっくり休んでください」
「…眠るまで…?」
縋るように、握ったディオの手に力が入った。
「あーーーマリオ、今日はディオと一緒に寝たらいいんじゃないか?」
エドガーがガシガシと頭を掻きながら投げやりに言った。
「はあ!?えっ…ちょ…っ」
マリアンナはあまりの衝撃にばっとエドガーを振り返る。
「だいじょうぶだいじょうぶ、えーっと2人は家族で、おとこどうしだし、もんだいない」
超棒読みになってますけど!!?
全然大丈夫じゃない!とディオに目をやると、その目に期待が込められていた。
「うっ…、…着替えて、準備してきます」
マリアンナは一旦自室に戻り、体を浄化して寝間着に着替えた。
ディオの部屋に戻ると、エドガーがランプを持ってきて明かりの準備をしていた。
「今日はここに小さく明かりをつけておくから。
扉は少し開けて…私の部屋も扉を開けておくから何かあったら呼んでくれ」
「はい、お願いします。
…兄さま、お邪魔します」
マリアンナは意を決して、ディオが横にずれて場所をあけてくれていたベッドに入り込んだ。
弟…これは弟と寝てるみたいなものだから!
自分に言い聞かせる。
「じゃあおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
エドガーが部屋の明かりを落として出て行った。
「マリオ」
薄暗い中、マリアンナの頬に熱い手が添えられた。
「せっかく家に帰っていたのに、すまない。
多分…私は、寂しかったんだ。みんなは帰る家があるのに、私はどこにも行けない。
急に心細くなって…私さえ、いなければ、エドガーも家族水入らずで…過ごせるの、に」
ディオは眠気で少し朦朧としているのか、最後の方は言葉が覚束なかった。
マリアンナは思わずディオの頭を胸に抱き込んだ。
「大事な兄さまを置いて行ったりしないです。私はここにいますから、大丈夫ですよ」
心が弱って、でも誰にも言えなくて。
抑え込んだ気持ちが熱として出てきたのかもしれない。
柔らかいディオの髪の毛に指をとおし撫でている間に、マリアンナはいつの間にか熱に誘われるように意識を失っていた。




