幕間 話し合い(エドガー視点)
「ディオが見たのはマリーだったわ」
執務室に移動するなり、防音魔法を繰り出した母上がそう切り出した。
「…しかしどうやって…まさか」
「空間を移動したみたいよ」
「そんな!…あれは、いや…」
あれはとてもじゃないが小さな子どもに出来ることではない。
そう否定したいのに、今までのマリオを見ている身としてははっきり否定できない。
「話を聞くと、夢を見ていたと思っていたらしいわ」
「…は?」
「寝惚けて、座学の時間だから図書室にいかなきゃと思ったのかしら」
「寝惚けて?」
「ええ、本が読みたいと思ったら図書室にいて、そこにはディオもいたらしいわ。
だけど眠くてベッドを求めたら家のベッドに戻ったみたい」
「む、無茶苦茶な…」
頭痛がする。
母上も頭を抱えていた。
「魔力は?大丈夫だったんですか?」
マリオの家がどの辺りにあるのかは聞いていないが、平民の住む土地から森林公園の奥に位置する裏の家まではかなり距離がある。
「『そういえば、いつもよりよく寝た』ですって」
「…それだけですか?魔力回復薬も飲まず?」
「渡した分そのまま持って帰ってきたから飲んでないわね」
「……」
あの距離を往復して、寝るだけで済んだとは。
本当に底が知れない。
「マリオは、目立たないように生きていくような事を言っていた気がしますが、将来どうするつもりですか?」
寝惚けて転移魔法を使うような子がそのように生きていくことが果たして可能なのか。
「……はっきり言ったことはなかったと思うけど、マリオは―マリーは、事情があって結婚もせず一人で生きていくつもりなの」
「っ、そんな…」
平民はよく分からないが、貴族の女性なら醜聞でもない限り20歳までにはほとんど結婚する。
その半数以上が家柄と魔力の合う婚約者との政略結婚だが。
「マリーなら学園に入って、卒業後は宮廷魔術師にもなれるでしょうし、魔術研究所でも研究員としてもやっていけると思っていたんだけど、あの魔力で誰にも目を付けられずに婚期が遅れる頃までやっていけるかしら?」
「無理では」
「そうでしょう?」
3歳にしてあれほど落ち着いていて思慮深く、思考も鋭い子が寝惚けて転移魔法を使うのだ。
迂闊すぎる。おそらくそういう所は元来の性格で、成長してもどうにもならない気がする。
「正直うちの子に貰いたいところなんだけど、本人がひっそり生きていこうとしているのに貴族の養女になったらそれこそ結婚相手に求められるでしょう?」
「力を隠したまま卒業して、魔術師の資格を得る必要がある…」
「ええ。とりあえず、学園に入学時には私の庇護下にある子だとすれば無下にはされないでしょう」
「平民でも学園に入れるくらいとなるとそれなりに注目されますからね。男爵家くらいだと取り込もうとする者がいるかもしれませんが、母上が後見となれば手を引くでしょうね」
母上は『金』を持つ王女が降嫁した公爵家を実家に持つ。
母上自身は学生時代に婚約して卒業と同時に我がストランド伯爵家に入ったが、我が家も領地経営が上手くいっているのでそれなりに力がある。
「そうやって何とかやっていけるかと考えていたんだけど…殿下の様子を見たでしょう?」
「…あの殿下から、女の子への評価で儚げやら可愛いやらの言葉が出てくるとは思いませんでしたね」
あれはあの時の『精霊』で、危険なものではないと力説していた。
「個人的な考えだけど…マリーと殿下…お似合いだと思うの」
「は!?平民と王子ですよ?」
一体うちの母親は何を考えているのだろう。
「うちの国では、魔力さえ示せば平民であっても尊重される。それでうちの養女になれば身分差については問題ないでしょう?」
「そうかもしれませんが、あまりに飛躍しすぎですよ。
だいたい、殿下は学園に入学する頃には婚約者が決められるでしょう。
王弟殿下が来年にはご結婚されるはずなので、そのお子が生まれるくらいまでは決まらないかもしれませんが」
「ああ…『金』を持つ女の子であったら、生まれた瞬間殿下の婚約者に決定するでしょうね」
そのような先行き不透明な事でいつまでも殿下の婚約を先延ばしにする事はないと思うが、いくらなんでもマリオが入学するまでには決まるに違いない。
「…殿下は、あれは暴走した時に助けてくれた精霊だと言っていたわよね」
「今回がマリオである以上、それは違うでしょう」
さすがにマリオが離宮に転移できるはずがない。
「だけど殿下がそう思っている以上、自分を助けてくれた精霊が実在の女の子だったと分かったらどうなると思う?」
「……」
あの語ってくれた様子だと求婚でもしそうだと一瞬頭をよぎってしまったが、口には出せなかった。
「…念のため、マリーの授業に淑女教育でも追加しようかしら」
「…殿下が城に帰ってからにしてください」
母上が何をしようとしているのか、はっきり聞き出すのはやめておこうと思う。
怖い。




