30.胸の痛み
「ただいま帰りました!」
「「おかえり、マリオ」」
もうすぐお昼だったため、ディオとエドガーは食堂にいた。
ここで生活を始めて少ししてから、マルグリットが4人分の食事の準備に限界を感じて料理人を雇ったので、もう準備はできていていつでも食べられるそうだ。
ちなみに他の使用人も何人か出入りしているのを見かけたことがある。
マリアンナは2人にぎゅっと抱きついて、帰宅の挨拶をした。
「どうだ、家は楽しかったか?」
「はい、のんびり休んでしまいましたけど」
エドガーに問われ、特に勉強できなかったことが少し後ろめたくなる。
「ははは、いつも頑張ってるんだから、少しくらい休んだっていいさ」
「兄さまは出かけましたか?」
マリアンナは結局ほとんど外出しなかったので、外でディオに会うこともなかった。
「ああ、朝市に行った。鳥の串焼きを自分で買ったんだ。
人が多くて活気があって、楽しかった」
「あっ、それ私も食べたことあるかもしれません。タレが美味しいんですよ」
庶民の食べ物だが、兄さまの口に合っただろうか。
「うん、旨かった」
「良かったです!」
「エドガー、少しだけいいかしら。話があるの」
マルグリットがエドガーを呼んだ。
すぐに戻るから、それから食事にしようと言い残して部屋を出て行った。
ディオと2人、食堂に残る。
「えっと、兄さま。先生に図書室のことを聞いたのですが」
「ああ、そうなのか」
ふいに、ディオの頬がほんのり赤く染まった。
…ん?
「えっと、急に女の子が現れて、目の前から消えたのですよね?怖くなかったですか?」
「怖いものか!彼女は…私の恩人、なんだ。
すぐに消えてしまったが、邪気の無い笑顔が可憐で…儚げで、とても可愛らしかった」
んんん!?
何か兄さま、恋する乙女みたいな顔になってませんか!?
「に、兄さま。その子のこと、好きになったりは」
「ばばっ、馬鹿言うな!相手は精霊だぞ!そんなわけあるか!」
そんなに慌てられたら図星としか思えませんが!
「精霊ってどういうことですか?あれはただの物語なんですよね?」
「本来入ってこられるはずのないところで2回も見たんだ。
精霊というものではないかもしれないが、普通の人ではないはずだ」
ディオの顔が苦痛に歪む。
なぜそんな顔をするの?
「また、会いたいですか?」
「…ああ。だが、いつまでも考えていても仕方がないな。
向こうの気まぐれのように現れて、すぐに消えるんだ」
ディオの寂しそうな表情に、マリアンナの胸が痛んだ。
どうして胸が痛いんだろう。
兄さまに隠し事をしてるから?
『精霊』に兄さまを取られたみたいだから?
それは私なんだよって言ったらどうなるの?
「マリオ?」
マリアンナははっと顔を上げた。
「どうした、大丈夫か?気分が悪いのか?」
ディオが『兄』の顔になっていた。
「…せっかく帰ってきたのに、兄さまが精霊のことばかり考えているから寂しくなりました!」
そうだ、私は弟として寂しくなったんだ。
「ははっ。そうか、悪かった」
いつものように、ディオの手がマリアンナの頭に触れる。
その笑顔に、ほっとした。




