22.帰宅の準備
「…リオ、マリオ」
密やかに呼ぶ声と、肩をトントンと軽く叩かれる感触に、マリアンナは徐々に覚醒した。
「…ん…」
ランタンを持ったマルグリットの顔が、暗闇の中小さな明かりに照らされぼおっと浮かんでいた。
「っ…!」
きゃあああああああ!
心臓止まるかと思ったあああ!!!!
人間驚きすぎると逆に声が出ないこともある。
まだ夜中らしい時間帯に大声を上げることにならなくてよかった。
「夜中にごめんなさい、ディオが眠っている時間じゃないと都合が悪くて。
今からちょっといいかしら。眠いだろうけど、ごめんね」
マルグリットが低めの抑えた声で話す。
「はい、大丈夫です」
マリアンナはばくばくと鳴る胸のあたりを押さえ、マルグリットの後をついて部屋を出た。
廊下には明かりが灯っている。これも魔道具で、魔法で明かりをつけているのだ。
「あちらの家に行くわね」
到着した先は、裏の家の仮眠室だった。
簡易ベッドに小さなテーブルとイスが置かれている部屋だ。
こちらは昼間と同じくらいとはいかないが、かなり明るかった。
「マリオ、今から『マリアンナ』になって欲しいの」
予想外のマルグリットの言葉に、マリアンナは目を見開いた。
「えっ、どうしてですか?」
「もうすぐ一時帰宅の日になるでしょう?その前にエドガーに見ておいてもらおうと思って」
エドガーに見せる意味が分からなかったが、早く眠りたかったマリアンナは大人しく従った。
マルグリットが準備していた平民の女児用のワンピースを受け取る。
「ではお願いね。あ、髪はおろしたままで、色も変えてね。
着替えてる間にエドガーを呼んでくるわ」
そう言い残してマルグリットは部屋を出た。
マリアンナは即座に寝間着を脱いでさっとワンピースを被る。
平民用の子供服なので脱ぎ着に苦労することもない。
久しぶりに着たので足元がスースーして心もとなかった。
後は髪を茶色にして、目も茶色に…
マリアンナは一旦目を閉じると、自動目の色変化魔法を書き換えた。
目を開けると茶色になるように設定したのだ。
脱いだズボンのポケットに入れてきていた手鏡で、茶色になっていることを確認する。
少し待ったところで、コンコンと部屋がノックされた。
「入ってもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
マリアンナが返事をすると、扉が開いた。
マルグリットと、その後にエドガーの顔が見える。
エドガーは一瞬目を瞬いて、じっとマリアンナを観察していた。
「…マリオ、だよな?」
「はい、そうです。…変ですか?」
エドガーがあまりに見るので、マリアンナは不安になって自分の体を確認する。
「いや…何と言ったらいいか、こうしてみるとちゃんと女の子なんだな」
どういう意味ですか!
「どう?可愛いでしょう?」
なぜかマルグリットが自慢気だ。
「どうかしら、この姿を見てマリオだと思う?」
「うーん、ここにマリオがいると思っているから分かるのかもしれませんが、色が変わっただけですからね。
一緒に暮らしているのですから、顔はよく知っていますし不安が残りますね」
「そうね…」
じっとマリアンナを見ていたエドガーが、あれ?と声を上げた。
「マリオ、今、髪の色は変えてるよな?目は?いつもと違うのに魔法を使っている感じがしない」
ぎくー!
しまったああ!
「ああ、茶色が本当の色なのよ。いつもは薄青に変えてるの。
全然分からなかったでしょう?自然にやっててすごいわよね」
マルグリットのフォローが入った。
あ、ですよね!両親が茶色なんだからこっちが本当の色じゃないとおかしいですよね!
うっかり逆に答えてしまいそうだったマリアンナはほっと息をついた。
「それは…本当にすごいことだよ、マリオ」
えへへ、とマリアンナは笑ってみせたが、内心冷や汗をかいていた。
恐ろしいのでそんなに見ないでください!
「で、念には念を入れて、帰宅前に認識阻害の魔法をかけてもらいたいの」
「にんしきそがい?」
話を変えてくれてほっとしながら、マリアンナは分からない単語があって聞き返した。
「ええ、マリオとマリーを同じ人だと認識できなくなる魔法よ。最初から同じだと知っている人には効果がないんだけど」
ああー、なるほど!
「私だと3日くらいしか効果が続かないのよね…エドガー、あなたならもっといけるでしょう?」
「ええ、5日は確実、それ以上になると効果が薄れてきますね」
「マリーが家に帰るのは5日間の予定だから丁度いいわ」
マリアンナになっている時に会うかどうか分からないディオのためにそこまでする必要があるのかと疑問に思ったが、どうやら今後マリオとして外に行くことも考えているらしく、マリアンナのご近所さんなども考慮に入れているらしい。
顔の作りは同じなのに、色が全く違う子がいたらものすごく興味を惹かれるような気がする。
私は平穏に生きる予定なのだ。
「エドガーさん、帰るときにはお願いします!」
マリアンナは力強くお願いしておいた。




