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19.保存の魔法

将来政略結婚して子どもを作ることを義務付けられているというディオに、ならば好きな人と結婚できるようにお願いしてみれば良いと言うと絶句してしまった。


無責任なことを言っている自覚はあった。


やはり貴族ともなると、親には絶対服従という感じなのだろうか。

マルグリットとエドガーの関係は、もっと気安い。貴族でも色々あるような気がする。


実の両親との関係が上手くいっていないとは聞いたけれど、結婚して子を作ることを求められているならば、少々意見を言っても家を追い出されたりするまでのことはないのではないか。


もしかして幽閉とか有り得るのだろうか、と思い浮かんでマリアンナは少し自分の発言を後悔した。



でも、可能ならばその未来を変えたいと努力してみても良いと思う。

結局は何も変わらないかもしれないが、そこに『ただ言うことに従った』か『変えようと抗った』かの違いが生まれる。


大人になればなるほど、相手の都合とか立場とか、色々なことに気を遣って結局何もできなくなる。


私だって、もっと大きくなったら「色々と大変ですね」で済ませたと思う。

だけど今はせっかくの3歳児。まだ『子どもの言うことだから』で終わらせてもらえる年齢だ。

もちろん相手は選ぶけど、最大限利用しなければ。


「あっ!でも、兄さまが困ったことになるなら絶対やめてください!」


発言の相手は選ぶけど、と思ったところでディオがまだ8歳だったことを思い出した。

しっかりしすぎていてその年齢を忘れてしまうのだ。


私と違って中身も8歳なのに!しまったー!


「…大丈夫だ。自分の不利益になるようなことはしない。

もし不利益を被ったとしても、選択して実行するのは自分なのだから失敗してもマリオのせいではない。

心配するな」


やっぱり中身は8歳じゃないかもしれない。



「ただいまー」

マルグリットの声が聞こえた。


「あれ、早かったですね」

「そうだな」


出迎えると、エドガーが籠いっぱいの緑の草を抱えていた。




***



「では、今日は座学の代わりに薬草の保存について覚えてもらいます」

「「はい」」


マルグリットの薬室で、臨時講座が始まった。


「今日採集してきたのは、基本的な傷薬に使うものです。

近場に大量に生えてる薬草なので、多めに採ってきたの」


エドガーは荷物持ちとして連れて行ったようだ。


「まずは浄化して、状態保存の魔法をかけます。

状態保存というのは、枯れたりしないように新鮮な今の姿を保つための魔法よ。

かけてから1ヶ月くらいは保つの」


マルグリットはマリアンナのために噛み砕いて説明した。


「兄さまがクッキーにかけていた魔法ですね」


マリアンナの隣からぐっ、と呻き声がして、後ろでぶはっとエドガーが噴き出した。


「そのとおり。状態保存は、クッキーを新鮮に保ったり、作りたての料理をそのまま保存できたりする便利な魔法ですが生物には効果がありません。

例えば、今の美しいままの私でいたい…と自分に状態保存をかけても皴は増えるわ」


笑うところなのかどうか判断しにくい。


「では実際やってみましょう」


マリアンナは、葉っぱを一枚受け取った。


「魔力で周りを覆って、時を止めるようなイメージかしら」

「はい」


マリアンナは浄化したあと魔力でコーティングして真空パックをするような想像をして魔力を動かした。


「できた…のでしょうか?」


草一枚だと変化がないので出来たかどうか分かりにくい。

出来立ての料理とかだと湯気がぱっと止まったりして分かりやすそうだ。


「初めてだと分からないわよね。何度もやって慣れるとできたのが感覚で分かるようになるわ。

最初の頃は無くしても惜しくないもので練習して、この薬草みたいなものだと、香りがしなくなるから匂ったり、お日様の下に置いて干からびないか確認したりするの。

今回はエドガーがいるから…エドガー、見てもらってもいい?」


マリアンナは、葉をエドガーに渡した。


「…すごくしっかりとかかっていますね…半永久的に保存できそうです。

しっかりすぎて使うときに困るくらいです」


「ちょっと貸して」


マルグリットに葉が渡る。

唸ったり「解除」と言ったりしているが上手くいかないようだ。


「マリオ、状態保存の解除はできる?」

「はい」


真空パックの袋を開けるだけだ。


「これでどうですか?」

「解除されてるな」

「うーん…マリオ、他の人でも楽に解除できるくらいの魔力で保存できる?

保存する人と使う人が違うことがあるから、解除できないと困るのよね」

「わかりました」


マリアンナは1ヶ月保つくらい、と注意して魔法を使ってみた。

匂っても香りがしないので保存はできている。


「どうですか?」


マルグリットは解除できるかどうか確認する。


「うん、無事に解除できたわ。このくらいでお願いね。

それにしても、半永久的に保存できるなんてどんな魔法の使い方してるのかしら…

大丈夫?気分悪くない?」


「はい、平気です」


マリアンナは特に大量に魔力を使った感じはない。

半永久保存でも1ヶ月保存でも使った魔力はそれほど変わりなかった。


「念のため、この棚に普通の魔力回復薬と、体力回復薬、それから傷薬を入れておくことにしましょう。

訓練中に怪我をしたりするかもしれないから、遠慮なく使って。あ!傷薬は擦り傷とか小さいものなら飲まずに傷口に塗ってもいいわよ」


マルグリットが説明しながら中身の入った小さなガラス瓶を出してきた。

円錐状の形をしていて、コルクで栓がされている。


「そういえば、こういう薬にも状態保存の魔法はかけているのか?」


それまでじっと見ていたディオが質問した。


「ええ、こういう出来上がったものは蓋を開けると解除されるようにしているの。

本当にぎりぎりの状態で焦って使わなきゃいけないっていう時に、まず魔法解除して…って場合ではないかもしれないから」


マリアンナの自動目の色変化魔法みたいなものだろう。

蓋を開けると解除されるように条件付けて魔法をかけてあるのだ。


「なら、これにはさっきの長い間保つ魔法をかけても大丈夫ですか?

開けたら解除されるようにして」

「…できるの?」

「たぶん」


「母上、朝からこき使われて疲れたので、その体力回復薬を1本いただけますか」


エドガーの発言により、実験してみることになった。


まず、蓋を開けないまま状態保存を解除し、マリアンナに渡される。

マリアンナが開封すると解除されるように魔法をかけ、エドガーに渡した。


「…普通には解除できませんね。しっかり魔法がかかっています。

では開けますね」


ポン、と音を立ててコルクが抜かれた。


「…解除されました」


誰が発したか分からないが、ゴクリと唾を飲む音がする。


「これから薬を作ったら、マリオに保存してもらおうかしら…

魔力回復薬ならたくさん作るわ」

「マルグリット、マリオをこき使おうとするな」

「でもそれだけ長期保存できると分かれば、入れ替えないから売れなくなるのでは」

「それはまずいわ。マリオ、さっきの話は忘れて」


売れなくなってはまずい。役に立てるかと思ったのに残念だ。



「マリオ、後で私のクッキーに状態保存の魔法を頼みたい」


「兄さま、それは早く食べてください」




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