20.レイモンドの目的
「あと面白かったのは、運動中に体を冷やしてくれる送風機能の付いた小型の魔導具とかかな」
一瞬肝を冷やしたが、レイモンドはすぐに次の魔導具の話に移った。
「へえ…魔導具の開発というのはどのように行うんですか?
学園ではそういった授業はないので…」
「そうだねえ、学園では基本的な魔法陣しか習わないからね。
研究所ではまずそれを応用できるように、仕事をしながら覚えていく感じかな」
「魔法陣を好きに変えていては危険ではないのですか?」
「ああ。だから少々暴発しても構わないように研究所は魔法を弾く建材で建てられている。
自分は危険だから防御の魔法で防いだり、咄嗟の発動に不安がある者は防御用に魔石を身に着けていたりする」
「なるほど」
フィリップが質問を重ねどんどん話が進んでいたが、マリアンナは質問をするどころではなかった。
エドガーがマリアンナの眼鏡を作ってもらった研究所の友人というのはこの人かもしれない。
目元が見えないからはっきりしないがエドガーと同年代にも見える。
レイモンドが眼鏡の作成者だとすると、マリアンナが隠したいものが何か分かっているはずだ。
研究所職員にも守秘義務というものはあるらしいので、依頼者について話す様子はない。
今ここで直接聞かれることはないだろうと判断して、マリアンナは今は忘れることに決めた。
「他に何か質問はあるかな」
フィリップとの会話が一区切りついた。
「あの、薬もここで作っているんですか?」
マリアンナは一先ず気になっていたことを質問する。
「ああ、ごめん。僕とは分野が違うからうっかりしてた。
薬学の研究室は3階にあるんだ。
新薬の研究をしているところは、部外者立ち入り禁止でね。
見られるのは既存の薬を作っている所だけなんだけど、設備なんかは学園と殆ど変わらないかな」
「既存の薬も作っているんですね」
「ああ。王族が使用する物は研究室長が作ることになっているけど、それ以外の城で働く者にも支給されるんだ。
そういうのは新人が作ることになっているね」
量産するものはだいたい新人の仕事らしい。
「…城で働く者、というと文官も含まれるんですか?」
「体力回復薬はよく消費されているみたいだよ。
騎士と魔術師には傷薬から魔力回復薬まで全般かな。
訓練の後は絶対消費するし」
その後護衛などの仕事をすることを考えると、休憩してのんびり回復を待つ訳にもいかないのだろう。
「魔力が合わないと辛そうですね」
新人が作るということは何人もいるはずだ。
作成者の魔力によっては美味しく飲める日もあれば死ぬほど不味い日もあるのではないか。
「あはは、運試しとしてそれなりに楽しんでるらしいよ。
階級が上がって稼ぎが増えたら、魔力が合う者と個人的に契約する事もあるみたいだよ」
「レイモンド様はどうしているのですか?」
「僕は運試し派なんだー」
レイモンドは楽しそうにケラケラと笑った。
全ての話と質問が終わった後、レイモンドが雑談を始めた。
「あ、そういえばエドガーは知ってるよね?
学園で先生やってる」
「はい、魔法の先生です」
マリアンナは突然出たエドガーの名に過剰反応しそうになったが、その前にフィリップがあっさりと答えたことで落ち着いた。
「学園の同級生なんだ。あいつが人に教えてるとか不思議だよ。
そんなことができる種類の人間じゃないと思ってた」
エドガーとレイモンドが友人なのは間違いないようだ。
マリアンナにとってはエドガーは10年以上前から良き先生である。
人に教えられないエドガーのほうが想像つかない。
「とても良い先生ですよ。分かりやすく指導してくれます」
「だよねえ」
まるで知っている、といった口ぶりだ。
「だけどあいつに近寄ると見つかるから遠目にしか窺えないんだよねー」
レイモンドがぼそっと呟いたがよく聞こえなかった。
「で、最近ちょっと様子がおかしかったりしない?あいつ」
「…どうかしたんですか?」
エドガーに何かあったとしたら他人事ではない。
「いやー、僕の妹と何かありそうなんだけどなかなか尻尾を出さないんだよねー」
「え?!」
まったく思ってもみなかった話で、マリアンナは声を上げてしまった。
「あ、ごめんごめん。先生の女性関係なんて聞きたくないよね。
そろそろお昼にしようか。食堂に行こう」
むしろ興味津々だけれどこれ以上聞けそうになかった。
マリアンナは諦めてレイモンドについて行く。
食堂は並べられた中から好きなものを取っていく形式で、食費は給与から天引きなので支払いはいらないらしい。
マリアンナとフィリップは特例で支払いの必要はなかった。
マリアンナはチキンステーキとスープとパンを取り、先に席を確保しておこうとテーブルについた。
すぐにレイモンドがやってくる。
フィリップはまだ見ているようだ。
「ちょっと警戒させちゃったみたいだけど、何もするつもりはないから安心して」
レイモンドがマリアンナを見て優しく笑った。
「……」
「色々なことに少しずつ関わってるのに何にも事情を知らないから、せめて君と知り合いになりたかったんだよねー」
「…この眼鏡を作ってくれたのはレイモンド様…ですか?」
「うん、あと王命で君を何年もつけ回してる」
「え…」
レイモンドが心底可笑しそうに笑った。
「陛下が黙っていることを詮索しようとは思わないよ。
ただ護衛を命じられた相手が、エドガーに頼まれた眼鏡をかけて顔を隠していたら気になるでしょ?
直接話が出来そうな機会がきて飛びついてしまった。
多分君が卒業するまでは護衛を続けると思うから、これからもよろしくね」
フィリップがやってくる前にと思っているのか、レイモンドは早口で一気にまくしたてた。
「は、い。よろしくお願いします…!」
「あ、さっきはああ言ったけど、エドガーのこと何か分かったら教えて」
にやりと悪そうな笑顔を見せたレイモンドに、自分と知り合いになりたかった一番の目的はそれだったのでないかという気がした。




