閑話 愛好会(アレクシス視点)
妹のソフィアは初対面の相手に対しては人見知りが激しくなかなか声が出せなくなる。
家族に守られている今は良いが、彼女はいずれ結婚して城から出て行かなくてはならない。
そしてその家の女主人となり夫を助けていかなければならない時にこの性格は邪魔でしかない。
これは可愛い可愛いと囲ってきた私たちの責任だ。
父上と母上からしたら、クラウディオに向けられなかった愛情をその下の子に一気に向けてしまったのかもしれない。
とにかく外部の者と慣れさせようとお茶会を開いてソフィアと同年代の子どもたちを集めた。
その場は自分をお気に入りにしてもらおうと『王女』のソフィアに群がり気を引こうとする子たちと、身分に関係なくただ交流を楽しもうとする子に分かれた。
純粋に交流を楽しんでいる子どもたちは、ソフィアの取り巻きになろうと群がっている子どもたちには近寄らない。
ソフィアは群がってくる子の迫力に委縮してしまい話せないし笑顔もない。
何度か開催したところでソフィアが拒否し始め、それからは大規模なお茶会はなかった。
そこに現れたのがアイリスだ。
あの貴族が集まる謁見の間で『精霊の乙女』として堂々と振舞っていた彼女に、ソフィアは心を打たれたらしい。
そして実際に会って話してみたら、アイリスは精霊を使ってソフィアの言葉を逃さず聞き取り、初めて話す相手でも怖くないんだという事を分からせてくれた。
…もちろん何か企んでいるような輩は別だが。
ソフィアはアイリスに心を開き、その後も時折2人でお茶会をしているそうだ。
そんな中、私の婚約者のレベッカとソフィアを交流させることにした。
二人は顔合わせはしていたが、その時はレベッカも婚約者に決まったばかりで気が張り詰めていて仲良く会話するには至らなかった。
すぐに王妃教育が始まり、その後挨拶程度はあってもゆっくり会う機会がなかったのだ。
ソフィアは最初は緊張していたようだが、それでもアイリスと交流を持ったおかげか何とか声は出せていた。
このまま少しずつ色々な人と話す機会を作り、社交にも慣れてもらうしかない。
何か共通の話題を、と思ったのだろう。
レベッカが『精霊の乙女』について話し始めた。
「わたくし、あのように清らかで美しく儚げでいてお強い方は他に見たことがありません。
あの方を心に思い浮かべただけで心が洗われるようです…!」
「まあ!レベッカ様もアイリス様をそのように思っていらっしゃるの?!
わたくし、アイリス様に助けていただいてからというものあの方を崇拝しているんです」
「何という事でしょう…崇拝!まさにわたくしの思いもそれに違いありません!
わたくし、『お姉さま』と呼ばせていただいているんですけど呼び方を変えたほうがいいかしら…」
「お…『お姉さま』?!レベッカ様、ずるいですわ!
レベッカ様から見たら、クラウディオお兄様の妻になるアイリス様は妹のようなものでしょう?
『お姉さま』とお呼びするならわたくしのほうが相応しいです」
「立場なんて関係なく、あの方の存在が『お姉さま』なんです」
「…わたくしったら、つまらないことに拘ってしまって…申し訳ありません…!」
…何か妙な盛り上がりをみせてきた。
「二人とも、確かにアイリスは女神のような女性だが少し落ち着きなさい」
「まあ!アレクシス様もお姉さまの素晴らしさをご存知なのですね!」
レベッカがものすごくいい笑顔を私に向けてきた。
あの事件があってからというもの彼女は少し男性恐怖症のようになっていて、私に対してもよそよそしいというのにこの反応はなんだ。
「あ、ああ…非常に優秀で姿も美しいのに驕ることなく、人を思いやれる心を持つ稀な美しさを持った人だと思う」
「アレクシス様…!」
「お兄様…!」
アイリスに対する評価を思いつくままに話せば、婚約者と妹が同士を見つけて感動しているような顔をした。
「ああっ、わたくしお姉さまの愛好会があったら絶対に入会するのに…!」
レベッカが悶え始めた。
「レベッカ様…!無いなら作れば良いのでは?
会員なんて生温いことを言わず会長になればいいのです。わたくしは副会長になりますわ!」
「なんて素晴らしい考え…!」
「へー、いいね。じゃあ私は会員番号1番を貰おうかな」
遊び感覚の軽い気持ちで話していたそれが、後に陛下に愛好会設立の許可を正式にもらうことになる。
「お父様が2番、お母様が3番、おばあ様が4番になりました」とソフィアに告げられた時は何事かと思った。
その後ソフィアが婚約者との顔合わせの席で、「好きなものは何ですか?」の質問に「精霊の乙女を愛好しております」と答えたことを切っ掛けとして愛好会が大きく育つことになる。
ソフィアの婚約者であるルーウィン公爵家嫡男は精霊の乙女を密かに愛好していたらしい。
「アレクシス様、ソフィア様から誓約書の素案が届きました。
婚約者の方が作成したそうですが見ていただけますか?」
レベッカはまだ触れると怖いようだが、精霊の乙女については積極的に話しかけてくる。
いつの間にかただの会員であるはずの私は愛好会の監査役のようになってしまったが、妻になる人と共通の話題があるのは悪くない。
さて、問題は愛好会の存在を本人とクラウディオが知らないことだが…
クラウディオはともかくアイリスは恥ずかしすぎて死にそうなどと言いそうだ。
知らないほうが幸せかもしれない。
レベッカとソフィアが盛り上がったのは四章の時点から1年ほど前のことです。




