2.離宮 1
「…離宮へ案内しよう」
後に残されたマリアンナとクラウディオだったが、少しの沈黙の後クラウディオが立ち上がった。
「えっ、いいのですか?お仕事は?」
今いるのはアレクシスの執務室の横にある応接室だ。
アレクシスがレベッカとの親交を深めようと昼休憩を共にしていたのだが、二人きりは無理だとマリアンナとクラウディオも呼ばれていた。
今は6の月の長期休暇中のため、マリアンナとレベッカは学園は休みだ。
婚姻まで半年となったため、レベッカは王城の客間に滞在している。
「二人で話せと言ったのは兄上だから大丈夫だ。
それに今日はマリアンナが来ることが分かっていたから午前中に私の仕事はほとんど終わらせている」
そんなことで大丈夫なのかと心配になったが、念のためアレクシスに伝えに行くとすぐに許可が下りた。
ちなみにレベッカは仕事の邪魔になるからと即座に帰ってしまったそうだ。
離宮への道は舗装されているものの、城の裏手にある広大な森に囲まれている。
この道はクラウディオの離宮に行くもの以外は絶対に使わないらしい。
道の両側に木しかないのでどのくらい進んだか分かりにくいが、馬車で30分程度進むと急に辺りが開けた。
大きな白い石造りの門があり、そこを抜けると高い塀に囲まれた内側に建設中のこぢんまりとした木造の家があり、他は資材がいくつか置かれている以外は何もない土地が広がっている。
その奥にあまり飾り気のない真っ白い建物が建っていた。
それほど大きくはないが、城と同じ材質で建てられているように見える。
形だけ見ると砦の様で、非常に頑丈そうだ。
馬車が塀の内側に入って止まると、家の工事を行っていた職人たちが慌てて寄ってきた。
「突然すまない。いいから作業を続けてくれ」
クラウディオが馬車から顔を出して声をかけると、職人たちは頭を下げて戻って行った。
「昔は離宮だけだったんだ。
この辺りは新たに作っているからまだ出来上がっていない。
あの家は使用人に使ってもらうことになる。
まだ何もないあの辺は庭園にしようと思っているんだが…」
クラウディオはばつが悪そうにマリアンナを見た。
「庭師に来てもらうから、マリアンナの好きなように作ってくれないか?」
「…ものすごく趣味が悪くなってしまったらどうしましょう」
さすがに一から庭園を造る教育はされていない。
「あまりに酷ければ庭師が止めてくれるはずだ」
マリアンナの反応がおかしかったようで、クラウディオは少しだけ笑った。
黙っていたことをマリアンナに責められると思っていたのか、ずっと沈んでいたのだ。
「離宮の中は見られるんですか?」
マリアンナは責めるどころか、クラウディオと住む場所ということに興奮していた。
「ああ」
離宮の傍まで馬車を移動する。
「マリアンナ、少し待っていてくれ」
クラウディオはマリアンナを残して馬車から降り、先に離宮に入ってしまった。
マリアンナは言われた通りに待っていると、あまり時間を置くことなくクラウディオが馬車に乗り込んで来た。
「これに魔力を」
マリアンナはクラウディオから丸い透明の魔石を渡された。
「マルグリットの家のものの簡易版だ。
魔力登録した者以外入れなくしている」
昔は王族以外登録できなかったり色々と制限を設けていたそうだが、今はただの鍵代わりになっているらしい。
マリアンナは魔石に魔力を込めクラウディオに渡した。
「お願いします」
「設置してくる」
クラウディオはそれを持って再度離宮に入り扉を閉めると、あまり時間を置かず戻ってきた。
マリアンナはクラウディオに手を取ってもらい馬車を降りる。
「さあ、開けてみて」
本来なら私の仕事だけど、と苦笑するクラウディオに笑いながらマリアンナが重そうな玄関扉を引くと、何の抵抗もなく軽く開いた。
「わあ…」
広い玄関ホールの奥から階段があって二階に上がれるようになっていて、左右に廊下が分かれて奥に部屋があるようだ。
「入って」
クラウディオは護衛を外に待たせ、マリアンナの手を引いた。
ホールは窓から光が差して明るい。
小ぶりのシャンデリアに光が反射してキラキラと光っていた。
「改装して間取りを変えたんだ。
前は使っていない部屋もあったし、少し…寂しい感じだったから」
「前はもう少し暗かった気がします」
「覚えているのか?」
クラウディオが意外そうに目を見開いたので、マリアンナは後になってシロに記憶を見せてもらったので、と説明した。
「窓を増やしたんだ。
前は嵌め殺しの小さい窓ばかりだったんだが」
クラウディオはマリアンナを連れて奥へ進む。
「内装はまだだから寂しい感じがするかもしれないが…
ああ、私が倒れていたのはこのあたりだ」
クラウディオが床を指差すが、印象が違っていてなんとも言えない。
「ここは城に戻ってからも逃げ場所に使っていたんだが、もう何年も使っていなかった。
…マリアンナと初めて出会った場所でもあるし、結婚したら一緒に生活したいと思ったんだ」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「…思い立ったら色々手を入れたくなって…
離宮の改装自体は、扉の制限を一時外して一気に済ませた。
それが2年位前だったと思うんだが…」
クラウディオは言いにくそうに口ごもる。
「マリアンナが結婚できる年齢までまだ何年もあるのに、先走り過ぎて言えなくなった」
「まあ」
マリアンナは目を逸らすクラウディオが可愛くて、クスクスと笑ってしまう。
「そんなに私との結婚を楽しみにしてくれてたんですか?」
「…当たり前だ」
「内装は私も一緒に考えていいですか?」
「最初からそのつもりだった」
「ふふ、楽しみです」
マリアンナが笑うと、クラウディオはやっと安心したように微笑んだ。




