53.顛末
「事情聴取を行ったが、彼は元々心を病んで療養していたんだ。
娘が王太子の婚約者なのに何故レベッカ嬢がその位置にいるのかと憤っていた。
レベッカ嬢がいなければ娘が王太子妃になれると…
もう一人の男はノルディン侯爵家の使用人だった。こちらは主人に命じられて逆らうことが出来なかったそうだ」
「侯爵はご令嬢が亡くなったことを受け入れることが出来ていないのですね?」
「ああ。それなのに私が別の令嬢と婚約を発表したものだから、どうしても許せなかったらしい。
彼は元々優秀な魔術師だから、特殊な結界を作ることも可能だった」
後日、マリアンナはクラウディオとともにアレクシスから事の顛末を聞いていた。
「こんなことをアイリスに伝えるべきではないかもしれないが、どうやらレベッカ嬢を傷物にするつもりだったようだ。
彼女を助けてくれて本当にありがとう、アイリス」
「間に合って良かったです」
あの時たまたまマリアンナが通りかからなかったらと思うとぞっとする。
「彼らの処分はどうなるのですか?」
「未遂とはいえ王太子の婚約者に手をだしたのだ。本来なら爵位剥奪の上幽閉といったところだが…。
事件が公になればレベッカ嬢の不名誉になるし、かといって公にしないまま処分だけすれば娘を失った父親に対して酷い仕打ちをしたことになる」
「落としどころが難しいのですね」
「父上とも話し合ったのだが、心の病を理由に爵位を息子に継がせ死ぬまで魔力を封じた上で領地から出さないことになりそうだ。
使用人には彼の世話をさせる」
「ですがそれだけではレベッカ様が心配ではないですか?
再度同じことを企んだりするのでは」
心の病ならばいくら言い聞かせたところで自制できるものではないのではないか。
侯爵ともなれば自分は動けずとも誰かに命じることは可能だろう。
マリアンナはずっと泣いていたレベッカが心配だった。
「それについては監視をつけるしかないだろうな…」
アレクシスが頭を抱えていると、ずっと聞いていたシロが口を開いた。
『その侯爵とやらも魅了がかかっている。
解いてやれば心の病は解決するんじゃないか?』
「「えっ?!」」
マリアンナとクラウディオがシロの言葉に反応する。
「どうした?監視はおかしくないだろう?」
アレクシスは自分の発言に異を唱えられたのかと思ったようだ。
「いえ、そうではなく、シロが…精霊が、侯爵は魅了にかかっていると」
クラウディオはアレクシスの時と同じなのだと思い至り説明を続ける。
「恐らくですが、亡くなった侯爵令嬢は魅了の魔法が使えたのです。
親子ですからきっと長年に渡って術を掛けられていた…
突然令嬢が亡くなって術が行き場を無くし、心に変調をきたしたのかもしれません」
「魅了だと…?」
「ええ。ですから、時間をかけてそれを解いてやれば心の病については解決するかもしれません」
時間はかかるかもしれないが、何しろアレクシスという前例がある。
「…もしかすると、私もか?」
ここまで話して自分の事に至らぬアレクシスではなかった。
「ある時から突然頭にかかっていた靄が晴れたようになって、あの侯爵令嬢のことが一切気にならなくなった。
私も助けてもらったのではないか?」
「精霊が王家の危機を伝えてくれたと言ったでしょう。
それが兄上が魅了されているという事でした」
「そう…か。それで魅了対策をという話になったのだな。
…精霊殿はどこにいる?」
マリアンナはシロを指さした。
アレクシスはその場所をじっと見つめる。
「精霊殿、あなたがいなければ、私は心に変調をきたし王太子として務まらなかっただろう。
日々苛立ち、結果的にクラウディオを疎ましくも思っていた。
…クラウディオのためだったのでしょうが、助けてくれてありがとうございます」
『なかなか聡い男だな。日々精進するといい』
「なぜ、私のためだと…?」
アレクシスの言葉に、クラウディオが反応した。
「もしも私自身のために動いてくれていたのなら、そもそも魅了にかけられた時点で助けてくれたはずではないか」
アレクシスは少し拗ねたように答えた。
「まあ良い。侯爵には取り急ぎ術の解除をできるように手配しよう」
その後、しばらく時間は要したがノルディン侯爵の魅了は無事に解けた。
その結果彼は自分が起こした事件を酷く悔やみ厳正な処罰を求めたのだが、未来の王妃に醜聞は必要ないとして却下された。
彼自身も被害者だったことが判明したことも大きかった。
彼は息子に爵位を譲り、今後一切領地から出ないことを誓い今回の事件は収束することになった。
しかし完全に人の口には戸が立てられなかったらしく、「精霊の乙女に触れた不埒ものに天罰が下った」話がまことしやかに囁かれ、結果、触れて無事なのは王族だけという意味の分からない話が広まることになってしまった。
その話を聞いて一番喜んだのはクラウディオだったのは言うまでもない。




