幕間 彷徨う心(クラウディオ視点)
目が覚めると、足音がしてエドガーが顔を覗き込んできた。
ずっと様子を見られていたのだろうか。
「殿下!」
「ここ…は…」
城の自室だ。
「城の殿下の寝室です。私が運びました」
離宮で私が一人倒れているのを見つけて、転移で運んでくれたらしい。
「そうか、苦労をかけた。すまない」
体を起こそうとすると、エドガーが手伝ってくれて座りやすいように背中にクッションを入れてくれた。
「殿下、あの暴走をどのように抑えたのか聞いてもよろしいですか?あの時の殿下は、魔力切れを起こしたような状態に見えましたが」
そう言われて、心配そうに声をかけてくれた子どもの事を思い出す。
「そうだ、本当に私の他に誰もいなかったのか!?」
触れられたと思った瞬間、暴れていた魔力を一気に吸い取られたような感じがした。
あの魔力を引き受けてくれたとしたらあの声の子はどうなってしまったのだ。
ぞっと血の気が引く。
「あの時…幼い子どもの声を聞いたのだ。触れられた瞬間、楽になって…あの子はどうなった?私の魔力に耐え切れずに消し飛んでしまったのではないか!?」
最悪の想像をしてしまってガタガタと体が震えた。
「殿下!落ち着いてください!そのような痕跡は全くありませんでしたし、あの離宮は外側を魔法で防御しているので窓を破って入ることもできません。それに、許可がないものは扉を開けることすらできないのですよ」
そうだった。普通に考えて子どもが入り込むこともできないはずだ。
「では、あの声はいったい…」
「…殿下、お体の調子はいかがですか?」
「は?」
突然の話題変化についていけずに間抜けな声が出てしまった。
しかしそう言われてみれば、ずっと胸の中で燻っていたものがすっきりなくなっている感じがする。
いつもより体が軽い気がするし、呼吸もしやすい。
「…これまでになく、落ち着いている」
魔力が。
これまで、器から溢れそうになるのを零れないように細心の注意を払って扱っていたものが、ぴったり器に収まって蓋までできたような感じだ。
「これが、皆の普通…なのか?」
生まれて初めての感覚だった。
「『金』は、精霊が授けてくれたと言われているのですよ、殿下」
「知っている」
国民なら誰しも知っているような建国神話だ。
「『金』を持って生まれた殿下が苦しんでいるのを見かねて、精霊が助けてくれた…」
ということで納得しませんか?とエドガーが困ったように笑った。
俄かに信じられる話ではないが、普通に離宮に入る手段がない以上そういうことにしておきましょう、というのは納得できないことはない。
現にこうして魔力が落ち着いているのだし、幼い子が消し飛んでしまったと考えるよりは余程良い。
ひとまずそれで飲み込むことにして、そこからは「ここで起こった事実」に関する話の擦り合わせを行った。
エドガーによると、私の部屋を魔法で封鎖し、暴れる魔法をエドガーが打ち消して、ある程度発散したところで私が自分で魔力を抑え込んだことにしたようだ。
「虚偽の報告などさせて…すまない。どうしてお前は、それほど…」
そんなにも、私を守ってくれようとするんだ。
声にならない疑問に、エドガーから返事があった。
「殿下は、母の孫のようなものですからね。私にとっては息子のようなものですから、可愛いのですよ」
この男は時々こういった軽口をたたく。
不敬だぞ、と軽く返したかったが、胸が熱くて声が出なかった。
***
私が回復した報告を受けて、父上から呼び出された。
今回の事は、私を試すためにわざと宰相補佐に嫌なことを言わせたそうだ。
あの程度の事で暴走するようでは、狡猾な貴族に囲まれて披露目をするわけにはいかない、無理をする必要はないからしばらく静養しなさいという内容だった。
ああ、私は試験に落ちてしまったのだ。
もう絶対暴走などしないと言っても信じてもらえないだろう。
これまで幾度となく信用を失ってきたのだから。
完全に見放されてしまった。
父上と母上にとって、私は問題ばかり起こす厄介者なのだ。
だが「王族」にとっては絶対に必要で、処分はできない。
『金』を繋ぐための道具として置いておかなければならない。
将来てきとうな貴族の女をあてがわれ、愛もなく子を成すのだ。
そしてまた私のような子が生まれるのか?
吐き気がする。
もう、何も考えたくない




