幕間 殿下の暴走(エドガー視点)
クラウディオ様が5歳になった後から護衛としてつき、もうすぐ3年になろうとしている。
3ヶ月後に8歳の誕生日を無事迎えられたら、晴れて第2王子として公式に発表されることになった。
そもそもどうしてこんなことになっているかというと、殿下が生まれてすぐに死の危険があったため、王室の負の部分として隠されてしまったのだ。
魔力暴走を起こして当時王太子妃であった王妃様がお怪我をされたことも原因であったと思われる。
幸い怪我自体はすぐに治癒魔法が施されなんの問題もなかったが、心のほうはそうはいかなかった。
王族への危険を排除するため、殿下は広大な敷地がある王立森林公園内の立入禁止区域に建てられた離宮に閉じ込められてしまった。
誰を殿下につけるのか、白羽の矢が立ったのが私の母であるドロテーアだった。
母は『金』を持つ降嫁された王女の子であった。母自身は金を受け継がなかったが、魔力が高く優秀な魔術師だったそうだ。
政略結婚がなければ、成人後は宮廷魔術師になれるほどの実力であったとよく聞かされたものだ。
母の能力を濃く受け継いだらしい私が宮廷魔術師を目指したため、家督は弟に譲ることにした。
無事私が宮廷魔術師となり、弟も成人してすぐに結婚したタイミングだった。母が余生は市井におりて魔術師として暮らしたいと言い出したのだ。
それならば、クラウディオ様の世話をして数年過ごせば色々融通しようと仲の良かった王太后様―当時は王妃様であったが―に頼まれたらしい。
最初はどうなることかと心配したが、殿下との相性は良かったようで、母の調合した薬も合い、簡単な手紙のやり取りによればそこそこに健やかに過ごしていたようだ。
殿下が5歳になり、魔力暴走しなくなったと報告を受けて、母に依存させた状態は良くないのではないかという話が持ち上がった。
結果、殿下と母は離されることとなったのだ。
それからは母と同程度の魔力を持ち、殿下が暴走してもある程度抑えられる私が殿下の護衛兼監視としてつくことになった。
幼少期を5年もの間離れて過ごした殿下の親子関係は、どう甘く見ても上手くいってなかった。
王族はもちろん、貴族というものは親子の間はそう近いものではないけれど、離れた時間が長すぎてほぼ他人なのだ。
王妃様にいたっては恐れてもいる。
たまに設けられる食事会もなんと気まずいことか。
誰か、殿下を慈しんでやってほしい。
まだ小さなこの子を愛してやってほしい。
私や母ではダメなのだ。命じられて傍にいるのだから。
離宮がそのまま残されていると知って、無意識に転移してしまうほどに城内に殿下の居場所がないのだ。
どうにかしたいと人と近づけても、殿下の過去を知る城内のものでは無理だった。
成長するにしたがって理解したことや色々考えることも増えたのだろう、殿下が塞ぎこんでいる姿を見ることも多くなった。
8歳を間近にして、陛下が命じたのだ。
少し殿下を揺さぶってみろと。
その程度で我を失うようであれば王族として苦労するからと。
殿下を思っての命令のようだったが、孤独と戦っていた殿下には酷であった。
結果、殿下の魔力は数年ぶりに外に向けて暴走した。
咄嗟に殿下が発した炎を抑えたが、殿下自身は暴走した魔力のせいで倒れこんでしまった。
そしてこのまま城内で暴走してはまずいと判断したのだろう、目の前で転移して消えてしまった。
殿下に渡してある魔石の気配を辿り、いつもと同じ方向と距離を確認するとすぐに部屋を閉鎖し、念のため他者に認識されない魔法を自分にかけて馬で駆けた。
離宮に到着して馬を降りると、即座に扉を開く。
真っ白い顔で床に倒れた殿下を発見した時には、最悪の結果も想像してしまった。
かけ寄って息を確認してほっとする。
魔力も落ち着いてるようだが、大きく魔力が動いたような痕跡を感じた。
あれほど暴走を起こしていた魔力を、この短時間でどうやって落ち着かせたのだろう。
到着するまで半刻ほどだったと思う。
とにかくこのままにしておく訳にいかず、殿下には大変申し訳なかったが、絨毯を浄化で綺麗にして殿下をぐるぐる巻きにし、馬にくくりつけて荷物のようにして城に帰った。
殿下が小柄で助かった。
王城に到着してから馬を預け、身体強化して殿下が入った絨毯を担ぐと人目を避けて隠れる。
ここからが宮廷魔術師としての腕の見せ所だ。事前に試すことができなかったので成功するかどうか分からなかったがやるしかない。
転移については報告していないため、今知られる訳にはいかない。
部屋で暴走を起こした殿下が、外にでている事実は隠す必要があった。
ふうっと一度息をつく。
殿下をしっかりと抱え、出る前に閉鎖してきた殿下の部屋をはっきりと思い浮かべ転移した。
ドンドン、と扉を叩く音がして、そっと目を開ける。
無事に殿下の部屋にいて、しっかりと殿下を抱えていてほっとする。
転移については、秘密にするようにと言ったものの魔術師として殿下に負けているように感じてコツを聞き練習していたのだ。
転移自体はできたのだが、私の魔力量では長距離の転移は無理だった。
しかも今回は殿下を連れての転移だ。
他の人を連れて転移ができるのか事前に試す時間がなかったのが不安だったが、ぶっつけ本番で何とかなった。
成功率を高めるために、城の外から中という短い距離の移動にしたのも良かったかもしれない。
かなり魔力を消費してしまったようでフラフラするが、まだ仕事が残っている。
殿下を絨毯から出して、ベッドに寝かせる。絨毯はベッドの下に隠して、部屋を封鎖していた魔法を解いた。
バン!と音を立てて、宰相と宰相補佐が入ってきた。
「エドガー!大丈夫か!?殿下は!?」
「落ち着いて、気を失ったので寝かせています。…危険がないように部屋を封鎖して対応しておりました。申し訳ありません」
更に防音まで施していたことにして、音がしなかったことについても誤魔化す。
私が魔力切れでかなり消耗していたのも、今まで暴走を抑えていたとみられたようだ。
転移については事なきを得たが、暴走については隠せるわけもなく、そのまま陛下に報告があがった。
結果、殿下が回復した後陛下からお話があった。
今回は被害があったわけではないので気にしないで良いこと、ただ、暴走を起こしてしまったので8歳の披露目は延期し、焦ることなく様子を見ながらしばらく静養しようと。
殿下のことを気遣ってのお言葉であったのだろうが、今の殿下には素直に受け入れることが到底できなかったようだ。
完全に見放されたのだと、自分は必要ないのだと―――
ただ、『金』を持つものとして存在さえしていれば良いのだと、心を閉ざしてしまった。




