第26話「魔法の存在」
三月が終わりますね…
オルダムと別れた後、俺たちはたわいもない雑談をしていた。
そこで、どうやらこの世界では、よほどの貴族でもない限り、一日二食であることや、ホームレスのような生活をしている人がいること、死亡原因の一位が餓死であることなど、とにかく日本では考えられにくい現実を教えてもらった。
そして、俺自身についても疑問が多すぎる。例えば、天秤魔法だ。正直学が無い俺からすると、どうしてもイメージが湧きにくい。さらに言えば、ステータスの概念もまるっきり分かっていない。
そういえばルクスやアリスの部隊の人達はどのくらいの強さに分類できるんだろうか。雑談の中では、アリアもルクスも二つ名を持っているって話していたから、平均よりは強いだろうと単純な思考でたどり着く。
では、俺はどうなんだろうか。喧嘩はしたことない、剣を振るうことはもちろん、人を殴ったりすることなんてまず無かった。凛からの攻撃で痛みに対しては少し人より強いかもしれないが、この世界では通用しないだろうことはオルダムとの戦闘ですでに把握済みだ。
「アリア。この世界の住人って、自分の強さを数値化したり、ランクを付けたりして分かりやすくしていないのか?」
「少なくとも名無しの場所、つまりここでは聞いたことがありませんわね。旦那様の考えている制度のようなものは、騎士団の団長、副団長、騎兵などの分類くらいしかないと思いますわ。」
なるほど、実に分かりにくい世界だ。RPGなどのゲームでは、自他ともにステータスの可視化が前提で攻略を立てていたから、どのくらいまで育てばどの敵に挑めるという基盤が成り立たない。
最低限、一般人とは格が違うという意味合いで二つ名がついているだろうけれど、強さの指標には到底なりえないだろう。
あれ?これ、化け物じみた強さを持った敵と鉢合わせた時点で負け確定の世界なのか。それは流石に生きにくいにもほどがあるだろう。
だからこそ、自分の身を守るためにも、周りを固めたり、領土である程度力を誇示することが必要になってくるのか。
「そう考えると、アリアとルクス、オルダムが一か所に集まっていたって事実は結構すごいことなのか?」
「そうですわね、名無しの場所で限定して言うならば、確かに二つ名が三人も集まることはなかなかないですからね。
私達「糸」の集会ではもう少し多く集まりますけど、それも一年に何度あるかわからない程度なので、珍しいことだと思いますわ。」
前から少し気になっていたことがある。なぜ、この地域には地名と呼ばれるものがないんだろうか。みんな呼びにくいのでは?と思ったので聞いてみた。
すると、ここで生まれた人はよほどのことがない限り、まず生涯をここで終える。そして、仮に名前を付けるとして、誰が決めたのか。決めるほどの権力が集中した時代が今まで無かったとのこと。
つまりは地名を決めることで、お前ら調子乗ってんじゃねぇよ!と誰しもがなりたくないという事だ。
「名前、あったほうが呼びやすいと思うのは俺が異世界人だからかな…」
そう呟いた俺の声を聴いたアリアは、いきなり俺の手を掴んできた。いきなりの行動だったから、驚いて椅子から落ちるところだったとは誰にも言えない…。あ、ルクスが俺のほうを見てニヤニヤしてやがる、気づいたのかよ…。
「そうですわ!旦那様が名付けてしまえばいいんですの!あぁ、なんで今まで気づかなかったんでしょう!」
いきなりとんでもない爆弾発言を繰り出したアリアに対して、今までの発言をおさらいしてほしい。
俺が名前つける
↓
アリアが広める
↓
俺が名付けたとばれる
↓
調子乗ってんじゃねぇ!
↓
殺す!
↓
俺死亡
いやいやいや、運命が決まっているようなものをなぜ俺がしなければいけないんだ…。この二日間で命の大切さを学んだ俺から言わしてもらうが、地名一つより俺の命だ!
「あの、アリアさん?俺を殺す気ですか…?」
「なぜそうなりますの?私は、旦那様の力があればできるかもしれないと思ったので提案しているだけですわ。それに、誰にも殺させませんわよ。」
どういう考えをしたら俺の命を守りつつ、地名を決めることが出来るんだろう。
そこまで言うなら、アリアに意見を聞いてみようではないか、うん。
「私は「糸」の幹部ですわ。そして私の伝手はこの場所でもかなり広範囲に及んでいますの。ここだけの話、私たちの組織のトップである「蜘蛛」は、ちょっとした知り合いですの。
「剛腕」と「糸」が賛成に回っているのならば、反対してくるのは勢力的に「牙」くらいでしょう。
逆に言えば、「牙」さえどうにかできれば、旦那様は安心して名前を付けることが出来ますの。」
新しく出てきた「牙」という組織の勢力がとっても気になるんだけれども…。アリアは簡単に言うものの、今まで拮抗してきた勢力同士のいざこざは避けるべきではないだろうか。
それに、「蜘蛛」とアリアの関係性も気になる。多分、聞いたらすべて答えてくれるんだろうけれど、生憎と厄介事の匂いがするため、あえて放置させてもらおう。
俺は、平凡な日常を望んでいただけなのに、勢力争いとか全くもって開催したくない。しかもこれ、強制イベントのような気がしてならない。
「アリア達が味方してくれることは嬉しいことだけど、今すぐってのは少し難しいな。せめて生活の基盤を作って、俺の能力を知ってから考えることにするよ。」
「そうですか、残念ですわ。
ですが、もし情報や知識で協力が必要であればすぐに頼っていただいて構いませんのよ。」
「感謝するよ。」
たわいもない話をしながら、今後のことを考えてみる。
まず確かめておきたいことは天秤魔法だ。この能力がもしかしたらとてつもなく強いかもしれない。
…そう考えたら、やることは一つ。
「なぁ、魔法ってどうやって使うんだ?」
今までの考えだと、大方魔力を感じ取ったり、連取あるにもだったりが相場だと思っているんだが、この世界ではどうだろうか。
「宗、魔法ってのは、そう簡単にできないんだよ。基本的に使えない人が大半で、一つの属性を使える人がごく一部、二つの属性ともなれば国お抱えの魔法部隊でもない限りまずいないかな。」
「っていうと、もしかして魔法を使えるだけでかなり有利なんじゃないか!?」
「そうとも言えない…かな。魔法が使えるといっても、メルみたいに水を出すことで精いっぱいの人もいるだろうし。
火魔法を使えるとしても、マッチの火くらいしかでない人もいるんだよ。だから、大抵は体を鍛えることのほうが生き残りやすいかな。」
どうやらこの世界はファンタジーの中でも、魔法に厳しい世界らしい。そうなってくると、俺の天秤魔法がますます気になってくる。
「この中で、魔法を使える奴いる?」
そう言って手を挙げたのはメルとアリア。どうやらルクスは使えないようだ。
メルは水魔法が使えるんだったな。アリアの魔法は聞いてもいいんだろうか。無意識にアリアのほうを向いていたらしく、慌てて目をそらした。
「私の魔法は、風魔法ですわ。といっても、それほど強くは無いんですの。わかりやすく言えば、一時的に加速することが出来るくらいと思っていただければ結構ですわ。」
「それだけって…十分すごいと思うぞ。」
「まぁ、ありがとうございます。」
なるほど、大体魔法が使えることはある種勝ち組の可能性も出てくるのか。よし、天秤魔法を使ってみよう。