第22話「世界の話」
ルクスはオルダムに拾われたため、基本はオルダムが話してくれた。そこに、元暗殺部隊、諜報活動をしていたメルの話を組み合わせて、驚愕の事実が次々と判明していった。
まず初めに、名無しの場所には、本当に地図に名前が載っていない。それどころか、国としての付属物ですら認められない場所が、この世界にはいたるところにあるらしい。
まずこの世界には名前がない。そして、大陸にも正式な名前は無いらしく、南大陸の東のほうという曖昧なイメージで人々は話し合っているらしい。ちなみに、この大陸は西大陸の丁度中央に位置しているらしい。
名無しの場所は、数年おきに戦争の中心地に置かれていたこともあり、どこにも属さず、よく言えば中立。悪く言えば常に戦場になる場所という印象を持っているらしい。
そして、南にオルド帝国、北にジャンビス皇国、東にオルレア王国、西に多数の部族が連合国を治めているらしい。それぞれに力は拮抗していて、ここ数年は戦争よりも、自国の力を高めることに集中しているらしい。
そして更に他の大陸には、見たこともないような国や種族が多くあるらしい。一度会ってみたいような名前も、聞きなれないような名前もあった。
「そういえば、この世界の言葉ってどうなってるんだ?」
「そうだな、基本は統一されている。ただ、他の種族によっては色々な言葉を使っているらしいぞ。俺も詳しくは知らん。」
共通言語ってスキルはもしかして外れスキルなのかもしれない。
そして、俺が一番驚いたのは、どの国にも冒険者ギルドと呼ばれるものがないという事だ。基本は、どの国にも兵団があり、兵士や戦士と呼ばれる者たちが冒険者の代わりをしているらしい。
俺のイメージする異世界ライフが…崩れていく。
さらに、正式な奴隷というものは存在しないらしい。オルダムと結んだ契約みたいなものが一般的らしく、公な場所での宣言や、紙に記入するといった古典的な内容である。
違法奴隷がいるにはいるが、そんなことをしたほうがリスクが高すぎるらしい。奴隷商というのは、基本的に派遣事業みたいな元締めを指すらしい。
だから名無しの場所にはいなかったのか。確かにここでは儲からないだろう、なにせ金より食べ物のほうが大事だと思うやつらばかりらしい。
そしてここからはメルの情報だ。この世界には神様が複数いるらしく、憑依することで神様からの言葉を聞くというのが一般的らしい。
そして、そろそろ新しい聖女の選定が行われるそうだ。聖女は各国ごとに一人ないし二人いるらしい。今年は代替わりするらしく、ジャンビス皇国の聖女が新たに選定されるらしい。
この聖女の選定に対しては、教皇や各国の王など偉い方が授与するらしい。ちなみに、教皇は現在各国を回っていて、宗教の頂点という事は言うまでもないが、宗教国家は存在しない。
あくまで、各国にある協会の土地が教皇の治める土地という事に決まっているらしい。なんとも変な世界情勢だと思う。
「ちなみに旦那様、聖女は選定後一年間、お供を連れて旅をするのです。必ず決まっていることではないですが、基本的には歩いて旅をさせるそうです。」
「つまり、色々な国を見て回ったりするのか。
けど、休戦中とはいえ、聖女を歩かせるなんて危なくないのか?」
休戦中の敵国に聖女が捕まった、あるいは殺されたともなれば戦争は避けられないだろう。そう考えると、なぜわざわざ敵国に重鎮を送るのか理解ができない。
「それは戦争の引き金になるからです。」
「それはおかしくないか?なんでそんなしきたりが残ってるんだ。」
「それは…昔からとしか言えません。相手に聖女の首を送り付けることで戦争開始の合図となるらしいです。その昔、聖女を殺さずに戦争を挑んだところ、大敗したという話があるので、基本的にはゲン担ぎとでも考えてください。」
魔法なんてある世界だから、運や呪いに頼る世界であってもおかしくはないのか。
俺のイメージの聖女は、回復ができて、教会で象徴となっていると思っている。だがしかし、この世界の聖女は命を懸けた旅をしているのか。
その後も様々な当たり前を聞いていたが、途中でアリアの部下が来たことによって会話は中断された。
なんでも夕食を用意しているから来てほしいとのことだ。
「もうこんな時間か…明日はオルダムの家に帰って話の続きでもしようか。」
区切りのいいところまで話したところで、いいタイミングで夕食を作ってくれるアリアは本当に気が利くと思う。
ただ、あの性格がなぁ…
………
……
…
「ご馳走様でした。」
「その“ごちそうさまでした”とは何ですか?」
そう聞いてきたのは隣に座っているアリアだ。宗教関連のイメージでは、神様にお祈りを捧げてから食事…なんてことがあるのかと思っていたが、みんな普通に食事を始めてた。
現代でもいただきます、ご馳走様でしたと言えない子は増えてきているかもしれないな。では、答えさせていただこう。
「俺の世界では、食事に挙げられたすべてのものに感謝するという意味で言うんだよ。」
「なるほど、異文化とはいつも驚きにあふれていますわね。旦那様とはもっと色々なことをお話したいですわ。」
アリアの笑顔が眩しい。いつも俺にだけ本心を向けてくれているような気がするが、どうしてそこまで俺にこだわるんだろう。
「アリア、どうして俺に好意を抱いてるんだ?俺は好かれるようなことをした覚えはない。異世界人だからなのか?」
一通り食事を平らげた俺たち。この食事の後が分からない今、この質問だけは直接アリアから聞いておきたかった。
「そうですわね…異世界人という色眼鏡で見ていたことは認めますわ。ですがそれは出会うまで。
出会ってからは…そうですわね。一目ぼれでしょうか。旦那様の笑顔は反則級にずるいですわ。
そう思うでしょう?メル。」
そう言うとすぐにメルに話をふった。メルは客人と同じ、つまり俺達と同じ扱いを受けているため、アリアの向かい側に座っている。
「はい、賛同します。」
「メル、私はもう貴女の主人ではないの。対等…とまではいかなくても、もう少し肩の力を抜いてほしいわ。」
そういいつつ、アリアは俺のほうを向きなおした。瞳には、どうだ!と言わんばかりに言っているように見えた。
「自覚無いんだが…この世界では異世界人はモテるのかな…ははっ」
さりげなく漏らしたそんな言葉に、アリアは固まった。そしてメルも手が震えている。図星でも疲れた手前、何とも言い出せないのだろうか。
「旦那様、私は他の異世界人に会ったことはありません。ですが、黒髪黒眼というだけで私は好きな人を決めませんよ。
そんなに安い女ではありません。」
「メルもです。今まで色々な男性を見てきましたが、本気で男性だと思えたのは旦那様だけです。」
メルも優しいな。俺に気を使って持ち上げてくれる。この子は俺が命を救ったという色眼鏡がまだあるのだろう。
「ふん。」
なぜかルクスが一人、黙々と食事をしていたが、唐突にこちらを向いたかと思えば、すぐに鼻息だけ残して再び食べ始めてしまった。
ルクスを見ていたアリアは、「春だわ。」など言っていたが、理解できないまま、俺たちの食事は終わった。