第七話 魔物の狂行軍ーパニックパレードー
「――きゃぁあああああああ!」
「ち、くそ!」
馬車の御者を務める女性から悲鳴が上がる。
アルトリオから見ても分るほどに、恐らく速度に優れた小型魔獣が多数馬車のすぐ後方まで追い縋っているのだ。
馬車へは魔獣の歯牙の方が先に届いてしまう事を見て取ったアルトリオは、咄嗟に御者の女性へと指示を出す。
「南だ! 公道を外れて南へ走れ!!」
果たしてその声は届いたのか――馬車は公道を外れ、南へ向かって走り始めた。
「いけ! 後は任せろ! この先の泉で待ってろ!!」
馬車が横へ逸れたことで、アルトリオと魔獣達の間に遮るものは無くなった。
アルトリオが魔獣たちへ向かって疾走し続けるのを見て、馬車より組し易いとみた魔獣たちがアルトリオへ狙いを定めた。
「――よし、全部来たな!」
最大の懸念事項であったのは、魔獣達がアルトリオを無視するか二手に分かれるかして、馬車を狙われ続ける事だった。
幸いにもアルトリオの狙いが的中し、互いを目標にしている両者が相手の息遣いも聞こえるほどの距離になった時。
「こいつを喰らえ!」
アルトリオはミニストレージリングから黄色の玉を取り出すと、魔獣達の眼前へ向かって放り投げた。
普段なら警戒心の強い小型魔獣ならば、さっと距離を置いて様子を伺ったことだろう。
だが、パニックパレードと化した魔獣達は本来の習性も忘れ、只ひたすら血と肉を求める狂獣に成り果てていた。
『グギャギャギャ!!!』
アルトリオが放り投げた黄玉は強烈な閃光と爆音を伴って炸裂し、更には黄色の煙を周囲に振りまく。
これに巻き込まれた魔獣達は目を焼かれ、鼓膜を揺さぶられ、強烈な臭いに酩酊し、その場で蹲り苦しむ事になった。
数対の魔獣達を一時的に無力化したアルトリオは、魔獣達に止めを刺す――事もなく、馬車の後を追って南へ向かった。
「流石五千ルシオもした魔獣殺しだな! じゃあな」
アルトリオが去った後に魔獣殺しの効果が薄れて我に返った魔獣達が、アルトリオ達を追って南下する事は出来なかった。
――西方公道近郊の泉。
「……はぁ、はぁ。追っては、何とか、撒けた、ようですね」
極度の緊張からひとまず解放された馬車の御者の女性は、後方から追手がない事を確認して何とか息を落ち着かせていた。
「……お嬢様!!」
息を落ち着かせた女性は御者台から慌てて降りると、馬車の扉を開けて中を確認した。
「お嬢様、ご無事ですか! お怪我は!!」
「私は大丈夫です、マリー。 貴女こそ大丈夫ですか?」
「お嬢様がご無事で何よりでした……。私は大丈夫です、お気遣い頂き有難うございます、お嬢様」
馬車の中に居たのは黒髪黒目のショートボブの髪形をした一人の美少女であった。
白いシャツに黒のブレザーとスカート、赤のネクタイ。愁いを帯びた表情が、その外見と相まって儚くも美しい揺らぎを表現している。
「マリー、魔獣達はもう来ないのかしら? 先ほどのお方は?」
「はい、お嬢様。魔獣共の追っては無く、先ほどの少年が引きつけてくれている様です」
「……そう。無事なのかしら」
「はい、ここまで一度距離を開ければ、一先ずご安心頂けます。例えパニックパレードでも小型魔獣程度なら、この馬車を嗅ぎ付ける事は出来ないでしょう」
少女がマリーと呼ばれた女性へ確認する。
この時マリーは気づかなかった。普段感情を表に出すことが滅多にない少女が、心配そうな素振りをしていたことを。
マリーはそれを、パニックパレードに巻き込まれて不安になってしまっているのだろうと早とちりしてしまったのだ。
「そうでは無いわ、マリー。私は――」
「――おぉい! 無事かー!」
少女がマリーの勘違いを訂正しようとすると、遠くから先ほどの少年が声を掛けてきた。
こうして、マリーが自身の勘違いに気づくことなく、少女の内面の変化を見逃してしまった理由である。
少年の顔が良く見える距離まで近づいて来たところで、それは起きた。
それまで少女を心配していたマリーが、剣を抜いて少年へ向けて牽制したのだ。
「少年よ! それ以上近づくな!! 不審な動きをすれば斬る!」