第六話 落伍者の旅路
――アッサム王国東部国境砦。
アッサム王国は東西以外を険しい山脈で囲まれており、広大な盆地全てが領土になっている。
南北の山脈には強大な魔物が多数生息しており、西はドワーフ族が永世中立国を建国している。
東にはアッサム王国を含めた大国が多く国境を接しているため、数多の戦争の歴史を経て絶対中立地帯となった、マイノ大平原がある。
アルトリオは東部国境砦を背後に、マイノ大平原に延びる公道――どの国の所有でも無く、管理は近隣諸国が輪番で行っている――を沈痛な面持ちで見据えていた。
彼の脳内に渦巻いているのは、頭では理解できても感情がついていかない事だ。
「……ネフィ、グラン。 ――俺は」
それは、アルトリオが奉納の儀の騒動から彼の幼馴染達に助けられて逃れた際に、三人で結んだ筈の約束。
『『『俺(私)達三人、何時でも助け合おう』』』
その約束はアルトリオが奉納の儀を成し得なかったからこそ、再度友情を確かめた筈だった。あの隠れ家へ近いうちに集う事も話し合った。
それなのに、何故――何故、アルトリオの幼馴染達は現れなかったのか。
「――そんなこと、分かり切ってるんだ。二人には立派な立場がある。家族がある。それを捨ててまで、俺との友情を取ることなど出来る筈もない。分かってるんだ……」
アルトリオも端くれとは言え貴族だ。家の立場があるからこそ彼らは幼馴染となれたし、恐らくこの先の二人の未来には輝かしい道が拓いている事だろう。
それを子供の頃からの雑念で棒に振るのは馬鹿のすることだ。
「こうやってくよくよ引きずるのも、余程の馬鹿なんだけどな。思ったより、二人の穴が大きかった、か」
頭ではいざ別れが来たとしても、整理して、受け入れられているつもりだった。そう、つもりだったのだ。
別れの機会を与えられなかったことで感情を抑えられなくなり、自棄になって漸く自らの弱さを自覚した。
「ええい! やめだ、やめ! こういうのはやはり性に合わん!」
弱さを自覚して――爆発した。
「とにかく、予定通り次の宿場街に向かおう! 日が暮れる前に野営所に着かないと、それこそ道端で夜を越すことになるし」
意を決したアルトリオは、この場所に立ってからおよそ一時間が過ぎてやっと、一歩を踏み出すことが出来た。
そしてアッサム王国の国境砦が見えなくなるまで、アルトリオが振り返る事は無かった。
アルトリオがマイノ大平原の西方公道――マイノ大平原の中央部から見てアッサム王国へ通じる道――を進んで陽が落ちてきた頃、一つの異変に気付いた。
「そろそろ、野営場に着かないと本気で道端で寝る事に――! なんだ、あれは」
それは、アルトリオが目的地としている公道の都市間に設置されている野営場の方角から、火の手と煙が盛大にあがっていたのだ。
「野営場を襲う盗賊なら獲物に火は放たない。まさか……パニックパレードか!」
魔物の狂行軍――通称、パニックパレード。それは、アラジアに数多生息する魔物達が何らかの異変によって狂暴化し、集団で力尽きるまで暴走し全てを破壊しつくす、天災と言われている現象。
例え規模が小さくとも、防衛設備の無い野営場では成す術もないであろう。
「どうし……ようもないな、俺には。ほとぼりが冷めるまで、ここらで様子を伺うか」
そう、公道付近に出るような弱小な魔物数匹程度なら剣だけでなんとかなるが、パニックパレードは生半可なものでは無い。
精霊石を通じての精霊外殻の使役が出来ない落伍者たるアルトリオの出る幕は無いのだ。
――敢えて言うならば、その場に居なくて命拾いしなかったとも言える。国境でくよくよ悩んでいたのも無意味では無かったのだ。
「うん、そう考えると俺の悪運も悪くない、と言ったところか」
アルトリオが自嘲しながら腰を下ろそうとしたが、それは叶わなかった。
「――か! ――誰か! ――誰か助けて!!」
アルトリオの居る方向へ向けて、一台の荷馬車が何かに追われるように猛然と走っていたからだ。
馬車の御者を務める女性の声が聞こえた瞬間――アルトリオは、馬車へ向けて疾走した。