第五話 離別
ーーアッサム王国首都商業街第三区
後に落伍者会議と呼ばれるアッサム王国首脳部が、アルトリオに国外追放を決定してから三日後。
アルトリオは今まさに、国を出るための準備をしていた。
「父さんも何だかんだ言いながら餞別くれるあたり、優しさを隠しきれてないよなぁ」
アルトリオが苦笑いしながらも確認しているのは、父ベルージオが餞別として渡してくれた荷物だ。
「簡易倉庫の指輪に、五万ルシオの入ったルシオリング。此れだけでも破格だな。後は俺が使ってた鋼の剣か。旅路に必要なものは買えば大丈夫か」
ミニストレージリングは30キロまでの道具を保存出来る、長旅には必須とも言える晶霊具だ。貴族では持ってて当たり前だが、平民での普及率は価格もあって半々といったところだ。
ルシオリングは世界通貨を管理するルシオ公国の発行する、地球で言う電子マネーみたいなものだ。これがあれば、重い通貨を用いなくても売買が可能となる。
一ルシオは十円程である。つまり、餞別として五十万円渡されたのである。無一文で放り出されてもおかしくなかった現状を考えると、十分大金である。
鋼の剣はその名の通り、アルトリオが剣術の稽古で使っていた剣だ。護身用に必須であろう。欲を言えば、霊銃があれば良かったが。
「国境迄は転送して貰えるらしいから、その先の都市までの分を何とか昼までに揃えるか」
ちなみにアルトリオは無駄に独り言を呟いている訳ではない。その背後に佇む国から送られた見送り役にこの先の予定を話しているのだ。
無為に行動してしまえば、準備する間も無く強制送還されてしまうだろう。
そうならない為にもこの商業街へ繰り出して来たのだ。
ーーそれからアルトリオは必要だと思われる物資を買い込んでは、ミニストレージリングへと格納していった。
「野営セットに調味料と保存食。魔物除けと道導の晶霊具。これだけあれば十分かな。残金は一万と少し、か。晶霊具は値が張ったけど、命大事にだしな。仕方ない」
魔物除けの晶霊具は文字通り、この世界アラジオに存在する魔物達を避ける効果がある。勿論、万能では無いが。
道導の晶霊具はコンパスみたいな道具で、近くの精霊呼応石に反応して都市の方角を示してくれる。
「良し、残る用事は後一つ」
アルトリオは身支度が済むと、いよいよ国を出る前に外せない場所へと向かった。
ーーアッサム王国商業街第三区某所。
「久々だな、ここは」
そこは、アルトリオが幼馴染達と隠れ家として使っていた一軒家だ。そこの主人とアルトリオ達はひゃんな事から知り合い、隠れ場として良く遊びに来ていたのだ。
「もう二人は来ているかな?」
アルトリオがイシール男爵家本邸を出る際に、幼馴染の間で通じる緊急招集の合図を出していたのだ。
奉納の儀で騒動に巻き込まれる事なく脱出出来たのは、幼馴染達のお陰である。
せめて、二人に助けられたアルトリオは最後の別れを告げたかったよだ。
意を決して、ドアノッカーを鳴らす。
「俺だ! アルトリオだ、皆いるか?」
ーー暫く待つが、誰からの返事も無い。まさかと思いながらも、再度鳴らす。
「ネフィ! グラン! アルバス爺さん! 誰も居ないのか!!」
ーーそれから何度か声を掛けるが、国の見張り役から時間切れを伝えられる迄、アルトリオが求めた幼馴染達の声が返って来ることは無かった。
「時間だ、アルトリオ君。さぁ、行こう」
「ーーっ! ……はい」
アルトリオも心の内では分かっていたのだ。しかしそれを真剣に考えるにはあまりにも辛く、逃避するかのように空元気を出して出立の準備をしていたのだ。
悲痛な面持ちとなったアルトリオは促されるがまま、転移施設を経由してアッサム王国より追放された。