第四話 落伍者会議
アッサム王国王城 デ・アーロ
蒼白の宮と呼ばれる王宮を内包している王城 。建国の成り立ちから、王城は現在も要塞としての機能を損なっておらず、一度も陥落したことが無い。
そのデ・アーロ城の大会議室の場には緊急招集されたこの国の重役者たちが集まっていた。
普段は劇場に駆られることなどない重役達が、慎みを持たせる余裕もなく議論が紛糾していた。
「だから言っておろう! 精霊の隣人に在らず。即ち我らと同じ人たる資格無しなのだ! 今すぐ拿捕すべきである!」
場に集まった者の中でも、一際大柄で人一倍大声を発している人物――アッサム王国王都警邏隊総隊長、ウィンダム・ガル・バードミル。身長は二メートルを超え鍛え上げた筋肉の鎧を身にまとう熱血漢。
無手による捕縛術を古来より継承しているバードミル侯爵家当主。バードミル流無手術の現師範代であり、警邏隊員に手ずから熱血指導する手腕も卓越している。その職務上、国民からの認知度も高く人望も高い。
「早まってはなりませんぞ、ウィンダム侯爵。貴公の職責からすれば理解はできるが、我らがアッサム王国は法によって治められておるのだ。法的根拠のない拿捕は違法行為であり、国内外から野蛮者との誹りは避けられぬ」
ウィンダムを諌めるのは、アッサム王国法務局局長ダリアン・ガル・オリービア。小柄で人のよさそうなおじさんといった風情だが、その芯は強く揺らぎを見せる事は無い。
建国期より歴史があり国づくりに寄与してきた文官の名門、オリービア侯爵家当主。実力主義のアッサム王国において代々法務局長を受け継いできた名家だけあり、国王からの信頼も厚く、国民からもアッサム王国の法の番人とも呼ばれている。
そんなオリービア侯爵家における歴史の中でも、ダリアンは数十年に一度の天才と名高い。物怖じなどしないダリアンも、尊敬している彼の意見を無碍にする事など出来ない。
「そ、それはそうだが……では、どうするというのだ! 民草の間では、最早落伍者について知らぬ者等居ないのだぞ!」
ウィンダムはその実直な性格から猪突猛進なところがあるが、それだけで警邏隊の総隊長を務められる筈もない。アッサム王国史上初の出来事が、どのように王国に波及するのか、最悪を想定出来てしまうからこそ焦燥感に駆られているのだ。
「貴公の懸念も理解できる。しかし、法的根拠は何一つないのだ。となれば、影響を最小限に食い止めるには手立ては一つしかないと心得るが。どうですかな? ザッカード準公爵」
ダリアンがウィンダムへ返事しながらも、次に水を向けたのは会議が始まってより腕を組みながら沈黙を保っていた初老に差し掛かっている人物――アッサム王国内務局局長 マーカス・ラル・ザッカード。その寡黙な姿から、人からは不動騎士とも名高い。
ザッカード準公爵家は度々王妃を輩出している名門中の名門であり、国内のありとあらゆる力のバランスを保つのに非常に長けている。それは政治的にも、武力的にも、だ。
また、多産を貴ぶ文化の家柄なこともあり、国内に最も血縁者の多く。その影響力は王城内だけにとどまらず王国中の国民に及ぶであろうことは、周知の事実である。
「是非もない。可及的速やか且つ最小限に影響を抑えるには、オリービア侯爵の言う通り只一つ――爵位剥奪の上、国外追放しかあるまい」
不動がそう述べた瞬間、これまで騒々しかった大会議室に沈黙の帳が下りた――只一人を除いて。
「お待ち下さい! それでは、我が息子は……息子は!」
ベルージオ・ディ・イシール。イシール男爵家当主、アルトリオの父である。ベルージオは本来ならこのような国運を左右する会議の場に呼ばれる事は無いが、事は跡継ぎに関してなのだ。関係者として呼ばれているのである。
息子への処遇について趨勢が決まりそうになり、立場も忘れ思わず声を上げてしまったのだ。しかし、父としての想いが汲まれる筈もない事など、誰かに聞くよりも明らかであった。ベルージオの言葉は尻すぼみになってしまい、遂には力なく項垂れてしまった。
「――イシール男爵。済まぬ」
ベルージオへ声を掛けたのは、アッサム王国国王フィリップ・ノア・アッサム。
一国の王が言葉だけとはいえ謝意を表明した。それが如何に重大事か分からぬ者はこの場に居ない。
こうして、落伍者――アルトリオ・ディ・イシールが奉納の儀を受けた数時間後に、彼の国外追放が決定された。