第三話 落伍者
「やぁ、ネフィ。君は何処にいてもその輝きで人目を惹くね。まぁ尤も、誰よりも君を知っているのはこの俺だけどな!」
祭壇から降りて行くネフリスカとの入れ違いになった少年が、ネフリスカへと声を掛けた。
色白の肌に空色の髪と瞳。すらっとしたモデル体型ながらも武芸で引き締まった身体つき。黙っていれば、乙女が憧れる貴公子然とした姿だ。
口から出てくる言葉は、なんとも軽薄な為に期待を裏切ってしまうのだが。
「グラン、貴方はいつでも変わらないのね。馬鹿につける薬は無いって、本当なんだって、貴方を見てれば誰もが納得するわ。まぁ、いいわ。貴方もがんばんなさい」
軍よりも個の武勇として名高い名門である北方辺境伯ランダール準侯爵の長男、グラニア・ガロア・ランダール。ネフリスカやアルトリオからはグランと呼ばれる、彼らのもう一人の幼馴染だ。
ちなみにアッサム王国では辺境伯とは役職名であり、貴族位では無い。只、その重要性から政治的には侯爵家と同等の発言力を持つ。
ネフリスカがやりきれない思いから溜息を吐く。そんなネフリスカの態度には気付いてるが敢えて無視して、尚もグラニアは軽薄に振る舞い続ける。
「つれないなぁ、ネフィ。でも、ありがとう。ネフィの応援とあらば、全身全霊をかけて臨んでこよう」
「……馬鹿ね、ほんと」
「褒め言葉として受け取っておくよ。また後で、ネフィ」
いよいよグラニアが壇上へと上がる。彼らのやり取りは第三者から見ると親しげに話している様に見えていた。
その為、二人の実情を知らない者達はあれやこれやと詮索していたのだった。
「おかえり、ネフィ。良かったよ。グランもいつも通りで大丈夫そうだね」
「ありがと、アルト。まぁ、あの馬鹿はあんなんでもあの北方領の跡取りですもの。物怖じなんてするタマじゃないわ」
「それもそうか」
アルトリオの元へネフリスカが戻ると、グラニアの様子について軽く話す。二人共にあのグラニアが緊張する様など、想像すらできなかった。
「では、始めたまえ」
「はい」
中年男性に促され、精霊呼応石の前に来たグラニアもまた、ネフリスカと同様に両手を精霊石に掲げた。
「我、グラニア・ガロア・ランダール。我が名において、我と共に在らんとす御霊を希う。
我が身に預かりし懸け橋に依りて希望よ顕現せん!」
グラニアが言霊を発すると共に、ネフリスカ程では無いが強烈な光が渦巻いた。それは蒼と紺に彩られた、まるで精霊殿が海中に在るかの様だった。
「これが、俺の精霊石かーーうむ、まさに俺の為に在ると分かるな」
グラニアの手には群青色に輝くピアスが握られており、すぐさま自分の左耳に付けて満足そうに頷いた。
そんなグラニアの様子に、ネフリスカとアルトリオは頭を抱えていた。
「ったく、あの馬鹿は……あのまま黙ってれば、様になったのに」
「あはは、まぁグランだからね。彼らしいよ」
ーーその後も残りの者達も恙無く儀式を終え、皆左耳に精霊石を身に付けていた。そしていよいよ、最後のアルトリオの出番となった。
「では、次。アルトリオ・ディ・イシール! こちらへ来なさい」
「はい」
中年男性に呼ばれてアルトリオが席を立つ。
「アルト、頑張りなさいね」
「ああ、ありがとう」
ネフリスカの応援を背に受け、際壇上へと向かう。
「アルト、しくじるなよ!」
悪友グラニアの声援も届く。
これまでの皆と同じ様に、精霊呼応石の前に立つアルトリオ。
「手順は良いな? では、始めたまえ」
「はい」
中年男性はこれまで通り、アルトリオへ促す。
アルトリオも又、自然な動作ーー何十人もの前列を見たのだ、今更戸惑う事などないーーで両手を精霊呼応石へ掲げた。
「ーーん?」
その時、中年男性は精霊呼応石の煌めきに揺れが生じた様に感じたが、すぐに気のせいかと思い直した。
「我、アルトリオ・ディ・イシール。我が名において、我と共に在らんとす御霊を希う」
しかしアルトリオが言霊を紡ぐ度に、精霊呼応石の煌めきの揺れは段々と大きくなっていった。目をつむり言霊を紡ぐアルトリオ以外の者は、その異常に気付かぬ者は居なかった。
周りの動揺に気付かぬまま、アルトリオは最後の言霊を紡ぐ。
「我が身に預かりし懸け橋に依りて希望よ顕現せん!」
ーーその瞬間、精霊殿が震えた。精霊呼応石がまるで吠えるかの様に盛大な異音を発し、その煌めきがありとあらゆる色を発して瞬いたのだ。
驚いた者は椅子から転げ落ち、際壇上に居る大人達も転ばない様に這い蹲っていた。
そこで漸く、目を開けたアルトリオも異常に気付く。
「な、なんだ!? 何が起きてるんだ!?」
アルトリオの声に応えられる者は、人の中には居なかった。
ーー代わりに応えたのは、人ならざる者の声だった。
『我ら汝の希望に在らず。体言せよ。汝の希望を。我ら汝の隣人に在らず』
その声は、精霊殿のみならず、アッサム王国中の精霊呼応石のある都市に住まう者達全てに届いた。
その声がアルトリオ個人に向けたものだと分かるまで、王国が大騒動になったのは言うまでもない。
ーー尤も、分かった後も歴史上前代未聞の出来事であった為、落ち着く事もまた無かったのだが。
「ーーなん、だ、今の……?」
アルトリオは呆然としていた。皆と同じ様に儀式を終え、皆と同じ様に精霊石を身に付ける。
何も難しい事など無かったはず。なのにどうしてこんな事が、と。
精霊の言葉の通り、隣人と認められなかったアルトリオの手には精霊石が現れて居ないのだ。
先程の精霊の声と、アルトリオの様子を見てその場にいた誰かが恐れるかの様に叫んだ。
「ーーそいつは精霊から見放されたんだ! 人と認められなかったんだ、落伍者だ!!」
その声に敏感に反応したのは、呆然としていたアルトリオではなく、幼馴染のネフリスカだった。
「なっ!? 何を!?」
思わず激昂して立ち上がってしまったネフリスカが何かを言う前に、その言葉はこの場にいる者達に響いてしまった。
「そうだそうだ! 精霊の隣人ですらないなんて、人じゃない!」
「我らの隣人たる精霊が認めなかったんだ! ならば我らも認めるべきじゃない!」
「そうだ!」
「そうよ! 落伍者よ!」
「「「そいつは落伍者だ!」」」
人々の感情の爆発は過激なものだった。何せ、古来より精霊と隣人として生を紡いできた人々にとって、精霊に認められない者なぞ、魔物と大差ないのだ。
前代未聞という事も合わさって、得体の知れなさがより一層激情へと駆り立てていく。
「ーーお、俺は……」
「アルト! 出るわよ!!」
「二人共、こっちだ!!」
アルトリオがその激流に呑まれてしまう前に、ネフリスカがアルトリオの腕を掴み壇上から引き摺り下ろす。
普段は軽薄なグラニアも、この時ばかりは必死に精霊殿の裏口への道を確保していた。
時は精霊歴5225年蒼の月一日。アッサム王国史上初めて奉納の儀を成し得なかった者が現れ、人々からはこう呼ばれた。精霊の隣人になれぬ人ならざる者ーー落伍者、と。