第三十二話 『箱庭』六階層・階層守護主
間が空いてしまい申し訳ありません。
体調見ながらとなりますので、気長にお付き合い頂けましたら幸いです。
今後とも宜しくお願い致します。
「ほんと、見れば見るほど……ぷぷ、似てる!」
「だぁぁ、うっせ! ネス嬢、気を抜きすぎだ」
「ふっふ~ん、私なら大丈夫だもんね~」
「はぁ~。ったく、ほんとその図太さは姐さんそっくりだぜ」
ネフェステスがバースを茶化している元凶が、アルトリオ達の進路にて待ち構えている。
武器も持たず、防具も身に着けず、見上げるほどの巨体と鍛え上げた筋肉こそが力の、禿頭の巨人。
「これが、マッスルジャイアントか。間近で見ると本当にでかいな」
「無駄なでかさ」
六階層階層守護主、マッスルジャイアント。
アルトリオとイリアリアが首が痛くなるぐらいに見上げなければいけないほどの体躯を誇る。
武器も防具も持たず、己の鋼の肉体のみで階層守護主を務めるこの巨人は、一言で表すなら文字通り壁だ。
生半可な攻撃では跳ね返され、未熟な者はその壁を乗り越えられず淘汰される。
五階層までの戦闘でパーティー連携を培った者達であっても、パーティーとしての総合力が一定以上に達していないと突破できない壁として立ちはだかっている。
その肉体は鉄よりも堅く、その存在力はマナの干渉を受け付けない。
要はマッスルジャイアントは、物理攻撃と晶霊術いずれにおいても、防御力が高いという事だ。
そして、その鋼の肉体が直接的な攻撃に用いられれば、相応の破壊力で敵を粉砕する。
まさに、高い壁ではあるが強敵なのだ。
「まぁ、俺達ならなんとかなるさ。イリア、ネス、頼んだぞ」
「余裕」
「アルトっちも、頼んだよ~!」
「お前ら、無理だけはするなよ。ここは俺は助けられないからな」
「わかってるさ。どうしても危ないときは引くさ」
アルトリオは一同の準備が整っていることを確認すると、バースを残して巨人の待つ部屋へと入る。
バースも愛着の出てきた後輩たちを複雑な思いで見守る。
五階層までは守護主の部屋であったとしても、戦闘中に部屋の外から入る事が可能だ。
しかし、六階層以降では戦闘開始時点で入室していた者以外は、後から入る事が不可能になる。
その為、いざというときにバースの手助けをこれからは期待できないのだ。
アルトリオも限界まで挑戦はするが、命を落とすつもりは無い。
本当に万が一の事が起きてしまうような場合には、試練を放棄してでも生き延びる。
生きていれば、挽回など後で考えればよい事なのだから。
「さぁ。戦闘開始だ!」
「ルウゥウオオオ!」
アルトリオが威勢の良い声を上げると、部屋の中央で待ち構えていた巨人も呼応して吠えた。
アルトリオを先頭に配し、イリアリアとネフェステスは所定の位置で既に詠唱を始めていた。
「先ずはヘイトを稼ぐ! 合図したらやれ! ――瞬歩、一閃」
そういうや否や、アルトリオが巨人の足元へと一足飛びに移動し、横なぎの一撃を足首めがけて放つ。
だが、確実に狙い通りの箇所を切りつけたにも関わらず、巨人の足首には傷一つついていなかった。
「ガァウ!」
ダメージは与えられなかったが、アルトリオは確りとヘイトを稼ぐことは出来たようだ。巨人が足元を飛び跳ねる羽虫へと拳を振りかぶる。
「そんな大振りじゃ当たらない――ぐお!」
巨人の大きな特徴である巨躯は、当たれば一撃が致命傷を免れない代物だが、初動が分かりやすい為に避けること自体は容易だ。
――但し、その余波までもどうにかしないと、反撃の一手には出られないのだが。
巨人の拳を紙一重で躱したアルトリオは、拳が通り過ぎて発生した凶悪な風圧により、吹き飛ばされる。
数メートル飛ばされたところで空中で体勢を立て直し着地するが、これで立ち位置は振出しに戻ってしまった。
壁役として、後衛陣の近接位置で戦闘を行う訳にはいかない。
「くそ、もう一度だ! 瞬歩」
再度、アルトリオが巨人の足元へと迅速に移動し、先ほどと同じ個所へもう一撃加えようとする。
「ばかやろ! そりゃ悪手だ!」
アルトリオが再度巨人に接近し、その狙いを察知したバースが思わず声を上げる。
魔物は確かに知能が低い者達が多い。人型の魔物は知能が高くなりやすいが、巨人族は総じて本能的な思考をしている為、基本的には真っ向勝負でしか戦闘を仕掛けて来ない。
だが、魔物とはいっても生きているのだ。鬱陶しい事が起きれば、次からはそれを防ぐあるいは回避するのは生物としての本能である。
「ルオオオ」
「なに!? ぐっ」
足首に再びまとわりついた羽虫を払いのける為、巨人はその足でもって虫を蹴り飛ばそうとした。
巨人にとっては軽く足を振っただけであっても、人の身にとってはトラックが突っ込んできたような者だ。
まともに喰らえば、その衝撃は計り知れない。
「ぐっ、くそ! 一閃!」
咄嗟にガードしたアルトリオだったが、その衝撃までは殺しきれずにまた吹き飛ばされる。
せめて一矢報いようと、吹き飛ばされる瞬間に苦し紛れに一撃を入れるが、先ほどと同様有効打にはならない。
そして三度、戦闘が振出しに戻る。
せめてもの救いは、これまで敵対行動を取っているのはアルトリオの為、順調にヘイトを稼げているところだろうか。
イリアリアやネフェステスが攻撃するのに足りているかと言えば、お世辞にも十分とは言えないだろうが。
「アルトっち! ヘイト管理に集中して、後はまっかせて!」
「ん。アルト、気負いすぎ」
入り口で待機していたイリアリア達が見かねてアルトリオに声を掛ける。
真面目なアルトリオは気合を入れすぎて、肩の力が入りすぎているのだ。
ここまでやってきたように、皆がそれぞれの力を役目に応じて発揮すればよいのだ。
何も、一人で孤軍奮闘する必要はない。
「――そうだな、悪い。二人ともありがとう。頭冷えたよ」
「アルトなら、できる」
「じゃあ、今度こそ頼んだよ、アルトっち!」
「あぁ、任せてくれ」
アルトリオ達との間合いを詰める事も無く、巨人は挑戦者を待ち受けるかのように超然と佇んでいた。
「ここからが、本番だ! 瞬歩」
無駄に入っていた力が抜けたアルトリオは、瞬く間に巨人の足元へ移動する。
ここまでは先ほどまでの攻防と同じ――だが、その先も同じとは限らない。
「ルウオオ」
巨人が再び、アルトリオを蹴飛ばそうと足を動かす。
アルトリオはその場から動かず、巨人の蹴り足を待ち受ける。
その質量さから考えて、アルトリオでは巨人の蹴りを受け止めることなど到底出来そうもない。
だが、動じずにその瞬間が来るのを見定める。
「――ここだ! 回刀」
目前まで迫った巨人の足先にガーディアンズブレードをあわせ、相手の力を利用して弾き返す。
「グオア!?」
「まだ終わってないぞ!」
弾いた力を利用してそのまま一回転し、相手の力をそのままカウンターとして解き放つ。
「グルウウウオオオ」
「よし、効いたな!」
流石にこれには痛みを覚えたのか、この戦闘で初めて苦痛の声を巨人が上げる。
「この調子で俺が抑える! リア、ネス、頼んだ」
「待ってました~! いっくよ~」
「任せて」
これで壁役としての役目を十分果たせると判断したアルトリオが、待機していた二人へと合図を出す。
気を集中させて待機していた二人も、待ったましたとばかりに詠唱を始める。
「グオオオオオオ!」
巨人も漸くアルトリオ達が自身に傷を付け得る脅威だと判断したのか、怒りの方向を上げて身構える。
両者の気が弾けそうな程高まり――遂に、熾烈な戦闘が繰り広げられることになった。




