第二十六話 ネフェステスの理由
「これは……広いな」
「広い」
「ひっろいね~!」
五階層守護主を倒し休息を取ったアルトリオ達は、今日中に七階層まで到着すべく、六階層にやって来ていた。
六階層に着いた途端、三者三様の反応を見せるアルトリオ達。
「まぁ、お前たちが驚くのも無理は無いな。なんたってここは、『箱庭』の中でも唯一、一部屋しかない階層だからな」
苦笑いしながらバースが言ったのは、この六階層の最大にして唯一の特徴である。
六階層から七階層への入口が遠方ではあるが目視出来ているのだ。
この階層には壁は無く、ダンジョンの名の通り只々庭園が広がっている。但し、腰上程の高さの生け垣が通路を作っており、一直線に七階層入口まで到達できるという訳ではない。
魔物が見える事を除けば、この階層こそが無星ダンジョン『箱庭』を最も表していると言える。
「この生垣を乗り越えていけたら、あの階層守護主の所まで一直線なのにな」
「不便だね~~」
アルトリオとネフェステスがいう通り、人の腰ほどの高さの生け垣であれば無視して進んで行けそうなものだ。
但し、あくまでもここはダンジョンである。そうは問屋が卸さない。
「不可侵の空域。まさしく神秘だな」
「神秘」
バースが相槌を打ち、イリアリアが首を傾げながら生垣の上に手を伸ばしていた。
その手が生垣の上に差し掛かったところ、何故かそれ以上手が進まなくなる。
壁があるわけでもないのに、生垣を越えようとするとその先へ行けなくなるのだ。
只そう在るとしか納得するしかない現象。ダンジョンならではの特異性の一つだ。
「あの階層守護主、バースさんに似てるな」
「双子?」
「禿っぷりが、ぷぷぷ」
三人の視線の先には、この六階層の番人、階層守護主が遠目に見えていた。
武器も持たず、防具も身に着けず、見上げるほどの巨体と鍛え上げた筋肉こそが力の、禿頭の巨人――マッスルジャイアント。
その立ち姿は三人の後方に居る厳ついお兄様と、とても良く似ている。
「てめえら……いつまでも喋ってねえで、さっさと行け! とっとと倒してさっさと寝るぞ!」
「「は~い」」
バースが本気で切れる前に、アルトリオ達は先へと進んだ。
意外とツボにはまったのか、イリアリアが口を閉ざしてはいるが口の端がピクピクしていたが。
「なぁ、ネス」
「何? アルト」
この階層には一定距離ごとに待ち受ける強力な魔物が数体と、極めて強力な階層守護主しか敵は居ない。
その為、広大なフィールドにも関わらず、アルトリオ達は接敵するまで会話をする余裕があった。
「どうして、冒険者になろうって思ったんだ? 昨日は面白そうって言ってたが、それだけじゃないんだろ?」
「あれれれ? 今それ聞いちゃう?」
昨日の自己紹介を兼ねた晩餐で、ネフェステスが冒険者を目指す理由として、面白いからと言っていた。
だが、それだけでは無いと、実際に一緒にダンジョンへもぐってみてアルトリオは感じていた。
「あぁ。ネスの一発の威力は相当なもんで、実際大助かりさ。それは感謝してる。でも、晶霊術の一発の威力をそれだけ高められるって事は――」
「ネスは友達想い」
「あはは。リアっち、その言い方は少し恥ずかしいかな」
隣人を持たないアルトリオは自己強化系の晶霊術しか扱えない。これは、精霊という存在が居ればこそ、自身の体外において晶霊術を行使できる媒介となるからだ。
精霊にも千差万別であり、火力や補助、回復が得意な者や、一通りそれなりに扱える者、特殊な術を行使できる――イリアリアの隣人シーアはこれに該当する――等、その能力もまた一概ではない。
但し、全ての隣人を必要とする晶霊術において共通して言えることは、術の効果をより強く発揮するためには、術者と隣人との同調率、つまりは繋がりの深さこそが重要となる。
あらゆる学者たちがこの同調率を少しでも上げるノウハウを蓄積、体系化しようとしているが、精霊歴五千年以上たった今でも、有効な手段は確立されていない。
今現在最も有力な一般論は、術者の隣人への想いへ隣人が応えるのだ、と言われている。
イリアリアが友達想いとネフェステスを評したのはそういった背景からだ。
「否定はしないんだな」
「無粋だよ、アルト。レディのプライバシーに踏み込んじゃ駄目よ」
「そうか。それだけで、十分だ。悪いな」
「イレーネ姐さんの試練を乗り越えられたら、話せるかもね? ほら、そろそろよ。私の一発をお披露目するには、アルト達に頑張って貰わないと!」
「あぁ。宜しくな」
「任せて」
里では種扱いされるネフェステスは、見た目は少女でもはアルトリオ達の数倍は生きているのだ。
これまで歩んできた道のりに、隣人に関連した重大な出来事があった。それが分かっただけでアルトリオには十分だった。
隣人の居ないアルトリオだからこそ、隣人を大切に想う人物は尊敬に値するのだから。
ネフェステスが指示した通り、アルトリオ達は六階層に幾つかある小部屋の一つ目に到達していた。
その部屋には一体の魔物が待ち構えており、既にアルトリオ達に向かって戦闘態勢を整えていた。
「行くぞ、リア」
「いつでも」
アルトリオがイリアリアに声を掛けて、先頭になって魔物へ向かっていく。その手には新たに手に入れたガーディアンズブレードを携えて。
「影縫い!」
アルトリオと魔物が接敵する瞬間、イリアリアの晶霊術が発動し、六階層において初めての戦闘の幕開けを告げた。




