第二十四話 『箱庭』・五階層守護主
アラジアの世界におけるダンジョンは、必ず入口に入場用の転移装置が設置されており、転移した単位でダンジョンの次元が固定される。
つまりは、転移巣地が利用可能な最大七名毎に、専用のダンジョンが用意されるという事だ。
その為に得られる報酬――素材や晶石など――を横取りされるリスクは無い。
しかし、逆を言えば如何に強力な敵が立ち塞がろうとも、限られた人数で突破するしかない。
無謀な者達は誰にも最期を看取られる事も無く泡と消え、慎重さと大胆さを兼ね備える者達は実力に見合った報酬を得る。
冒険者とはかくも厳しい世界なのだ。
多くの初心者冒険者が躓くのが、迷宮主や階層守護主と呼ばれる様な強力な魔物だ。
迷宮主はその名の通り、その迷宮の最深部にて待ち受ける強力無比な魔物だ。ダンジョンの踏破を目指す者にとって最後の試練となる。
階層守護主 は、階層型ダンジョンにおいて、次の階層へ進む為に攻略が必須の強力な魔物の事だ。
次の階層への通路や階段に立ち塞がっていたり、フロアボスを倒さないと次の階層への道が拓けなかったり。
各階層に現れる魔物達とは一線を画した魔物で、実力の伴わない挑戦者たちを蹴散らす。
フロアボスをパーティーで倒せるか否か。それが、ルーキーたちへの試金石となっている。
「さて。漸く、フロアボスのお出ましだ」
バースがフロアボスの待つ大部屋への入り口前でアルトリオ達へ声を掛ける。
アルトリオ達が攻略している無星ダンジョン『箱庭』は、五階層からフロアボスが出現する。
殆どのルーキー達が通った道であり、数多くの未熟者達が散って行った場所だ。
「お手並み拝見と行こう」
「あぁ、任せておけ」
「問題ない」
「私が居れば楽勝だよ~♪」
アルトリオ達が各々にバースに答えると、アルトリオを先頭として大部屋の中に入って行った。
バースは大部屋に入らず、入り口で様子を見守るべくその場に残る。
「これまで通りいこう。リア、支援を。ネス、見逃すなよ」
「任せて」
「私の一撃、とくとご覧あれ~。ってね!」
アルトリオが二人に基本通り戦うように指示した頃、大部屋の中央に突如巨大な影が浮かび上がった。
影が徐々に実体を表し始めると、そこには五メートルを超えようかという、巨大なミノタウロスがアルトリオ達を睥睨していた。
無星ダンジョン『箱庭』五階層守護主、ナイトミノタウロス。右腕にはその巨大な身の丈に似合った長剣を携え、左腕にはその巨体を覆い隠せるほどの盾を持つ。
ずば抜けた耐久力と、巨体から繰り出される一撃は計り知れない威力を誇る。
別名、ルーキーキラーと呼ばれる強力な魔物だ。
「――でかいな、いい的だ! 行くぞ――瞬歩」
先手必勝、アルトリオが出現したばかりのフロアボス、ナイトミノタウロスの左側へ回り込む。
「――一閃!」
ナイトミノタウロスが盾を構える前に、アルトリオが一撃を加えようと一撃を放った。
『グウウウウウウウウウモオオオオオオオ!』
アルトリオの剣がナイトミノタウロスの脇腹を切り裂くかと思った瞬間、巨体からは想像できない反応速度で盾が割り込んで傷を負う事を防ぐ。
「っ! くそ、そう楽じゃないか――うお!」
盾に剣を弾かれて身を泳がせたアルトリオに、ナイトミノタウロスの長剣が迫る。
反撃に備えて武器を持たない左腕側に回り込んだアルトリオだったが、ナイトミノタウロスの剣速は彼の予想を超えていた。
「――影縫い!」
「すまん、助かった!」
ナイトミノタウロスの長剣がアルトリオの目前に迫った一瞬、僅かな時間停止した。
アルトリオが体勢を立て直す時間を稼ぐべく、イリアリアがナイトミノタウロスの右腕に影を放ったのだ。
そのわずかな時間でアルトリオはすぐさま後退し、再度の仕切り直しとなる。
『グモウ!!』
次に先手を取ったのは、ナイトミノタウロスだった。
正面に対峙する小さな人へと、油断なく盾を構えながら長剣を横なぎに一閃する。
その間合いは広く、人の力では到底打ち合うことなどできない。
アルトリオの取れる手段は逃げ場は無かった。
「――瞬歩」
それは、長剣が最大速度を迎える前に、懐へ飛び込む事。
当然、そこにはナイトミノタウロスの盾が待ち構えている。
『モオオオオ!!!』
懐へ飛び込んできたアルトリオへ大使、ナイトミノタウロスがその巨大な盾で、壁に押しつぶされるかのようなシールドバッシュをアルトリオへ仕掛けた。
「――っく、瞬歩!」
未だ長剣を放ったままの右腕を潜り抜ける形で盾を躱すべくアルトリオが加速する。
急加速中に方向を変えて更に加速する事は、肉体への負担がとても大きいものとなる。
アルトリオは歯を食いしばり、ナイトミノタウロスのがら空きの右脇腹を間合いに捉えた。
「影針!」
先ほどのようにナイトミノタウロスがアルトリオに反撃を加えられないよう、先んじてイリアリアが陰でできた針を数本、ナイトミノタウロスへ飛ばす。
これは難なく盾で防がれてしまったが、至近距離にいるアルトリオへの注意を弱める事が出来た。
「一閃!」
『グモモモモモ!!!』
今度こそ、アルトリオの一撃がナイトミノタウロスへ直撃し、血飛沫が飛び散った。
傷をつけられたことにナイトミノタウロスは激高し、流血を筋肉の収縮で塞ぎ止める。
「ち、浅いか――ネス!」
その様子を見て、ナイトミノタウロスの急所へ攻撃を加えられない自身の長剣では決め手に欠けるとアルトリオは判断。
これまで一言も発していなかったネフェステスへ声を掛ける。
「盾が邪魔よ! どうにかして!」
既に詠唱を終えていたネフェステスだったが、斜線にどうしてもナイトミノタウロスの盾が入り、狙い打てないでいた。
彼女自身は晶霊術に集中する必要があり、身動きは取れない。
アルトリオ達が、ネフェステスの晶霊術が届くようにナイトミノタウロスを誘導するしかない。
「くそ、簡単に言ってくれる! やるぞ、リア」
「いつでも」
基本戦術は通用しない。となれば、次の一手を打つ必要がある。
アルトリオがイリアリアへ声を掛けると、打てば響くように集中した彼女の声が返ってくる。
『グモオオオ!』
体勢を立て直したナイトミノタウロスもまた、自らに傷を与えた矮小な者への復讐心に燃える。




