第二十一話 ネフェステス
「私はネフェステス、ネスって呼んで!」
呆然とするアルトリオ達の前で仁王立ちしながら自己紹介する、発展途上なダークエルフの少女。
皆の驚愕する顔に満足したのか、イレーネが補足した。
「まぁ、私の妹と言っても実の姉妹では無い。私達ダークエルフの里の種――人間でいう子供だ」
「私ももう四十年以上生きてるのよ、子供じゃない! 立派なレディよ。姐さんはいつまでも子供扱いするんだから」
「私にとってはいつまでもお前は種のままさ。実際、人間でいえば十四、五歳といったところ。子供で良かろう」
「……もう!」
「あはは。拗ねるな、ネス。ほら、アルト達も自己紹介せんか」
「え、あ、ああ。はい」
暫しダークエルフ二人の仲睦まじい姿を見ていたアルトリオだったが、イレーネに促されて我に返った。
「俺は、アルト。こっちは、リアだ。二人で冒険者になったところだ」
「宜しくね、アルト! リア! 私も冒険者になりたかったの! 仲良くしてね」
アルトリオが自分とイリアリアを紹介すると、ネフェステスが元気よく答えた。
しかし、アルトリオは如何にイレーネの指示に従うしか無いとはいえ、確かめねばならない事があった。
「ああ、宜しく頼む。だが、ネス。一つ確認したい。物腰を見ればそれなりに腕は立ちそうだが、血の匂いがしない。何故だ?」
「ほお、流石に気付くか」
「当たり前だ。馬鹿にするな」
イレーネがアルトリオの言葉に感心した様子を見せた。
確かに、ネフェステスはそれなりに武術を嗜んでいる者が見れば、その物腰からそれなりの実力であることが窺える。
それなのに、どうしてか血の匂い――つまりは、覚悟が感じられないのだ。
アルトリオであれば、大切なものを守る為に。
イリアリアであれば、自分の生まれた意味を確かめる為に。
戦う力を持つという事には理由があり殺し合いをする覚悟がいるのだ。それが、ネフェステスからは感じられない。
「ふうん、流石姐さんが引き合わせたことだけはあるようね。でも、本当に知りたいの?」
「……何?」
ネフェステスがそれまでの活発な少女といった様子から一転、張り詰めた雰囲気を放ちながらアルトリオに聞き返した。
「ネス、やめておけ。アルト、その答えはすぐに分かる。良いな?」
「はぁい」
「――分かった」
アルトリオが言葉を繋げる前に、イレーネが二人を静止した。
「まぁ、もう十分だろう。後はバース、任せたぞ」
「分かりやした。おい、行くぞ。着いてこい」
「バースさん、アルトさん達を宜しくお願いしますね」
「リア、行くぞ」
「ごはん。ベッド」
「あれあれ、リアちゃんってば食いしんぼさんなのかな~?」
イレーネがこれ以上話は無いと、皆を解散させた。
バースは他の親衛隊員には暫くの自由時間を与えると、アルトリオ達を促して執務室を出る。
アルトリオとイリアリアも、ネフェステスという新入りを連れてバースの後に続いた。
「――ったく、やっと行ったか……で、どうだ?」
アルトリオ達が出て行った静かになった執務室で、只一人残ったイレーネがぽつりと呟いた。
すると、どこからともなくイレーネに答える声があった。
「可能性はある。だが、今は飛沫のような可能性でしかないな」
「……そうか」
その声の返答を予想していたのか、特にイレーネは反応することなく、その後執務室にはイレーネが書類仕事を片付ける音だけが響いた。
「なぁ、サラさん。結局、晶石は換金してくれるの?」
執務室を出たアルトリオが、傍らのイリアリアの無言の圧力を受けサラに本来の目的だった、晶石の換金について尋ねた。
「アルト君達はバースさんと今後の話があるでしょう? えぇ、そうね。今回は特別に私がやってくるわ。後で――酒場で良いのかしら、バースさん――届けるわね」
「わかった」
サラはすぐさまバースへ予定を確認すると、アルトリオから晶石の入ったコブクロを受け取って一同と別れた。
動揺しなければ、彼女は優秀な職員なのだ。その後ろ姿を見て相好を崩していたバースが、アルトリオ達に向き直って口を開いた。
「さて、ともあれ我々は一週間という制限下で成すべき事を成し遂げなければならない。謂わば、戦友だな」
「で?」
アルトリオが素気なく返すと、そのつれなさに肩を落としながらもバースは続けた。
「ったく、お前は冷たいな、アルトよ――まぁいい。即席のメンバーがする事と言えば一つだ――酒と飯だ!」
その一言に誰よりも早く反応したのはイリアリアだった。
「ごはん!!」
「リア……」
「リアちゃん、見た目と結構違うのね」
「……はぁ」
イリアリアの魂からの叫びにアルトリオは脱力し、ネフェステスも呆れて苦笑している。
「がはは、元気で良いじゃないか! さぁ、一階の酒場に行くぞ!」
そんなバースの先導で、一行は一回の酒場スペースで一つのテーブルを囲んでいた。
「我等のこれからに! 乾杯!!」
「「「乾杯」」」
バースの音頭にあわせて、アルトリオ達もジョッキを掲げた。




