第十九話 契約
「――落伍者が死神を助けたか。数奇な出会いよの」
アルトリオに隣人がいない理由を聞いたイレーネが、感想をポツリとつぶやいた。
「――!」
「やっぱり、気付いていたか」
イレーネが死神という言葉を使ったことに、アルトリオとイリアリアは反応した。
「ふん。お主に隣人が居ない事が一目でわかるように、その粗末な鞘に納められておる隣人も分からない筈がない」
イリアリアの腰にある漆黒の武装型精霊石が収められた木鞘へと、イレーネは視線を向けながら切り返した。
「そう、か。じゃあ、リアがどうしてここにいるかも」
「無論、分かっておるさ。だが安心せい、今すぐお主らをどうこうしようというつもりは無い」
「……この先はあるかもしれない。そういう訳ですか」
イレーネの言外の圧力に、遂にアルトリオが口調を改めた。彼女を敵に回す訳にはいかない。
「話が早いの。帝国の布告があったとはいえ、未だ死神への関心は依然として高い。巷では何処かに潜んでいるのでは、という説もある事だしの。お主らが一息つくには、後ろ盾が必要よの」
イレーネがそれまでの軽い口調から一転し、アルトリオ達を射抜くかのような視線を向けた。
アルトリオは真正面からそれを受け止め、イレーネに核心を訪ねた。
「俺達は、何をすればいいんですか」
「私がお主らへ庇護を与えるには、二つ成し遂げて貰いたい事がある。一つは、お主らで五星のパーティーになること。もう一つは――」
「――貴女の指定する未踏破ダンジョンを攻略する事、ですか」
「そうじゃ。察しが良いの」
「えぇ、五星のパーティーが条件となる事なんて、他にないですからね」
「勤勉じゃの」
冒険者には個人とパーティーの格付けがあり、クエストの達成度や昇級試験、ダンジョン攻略等を経て星の数が決まる。
そして、五星以上のパーティーにのみ、未踏破ダンジョンへの挑戦が認められているのだ。
イレーネの思惑にアルトリオが気付くのも当然である。
ちなみに、イリアリアは冒険者の知識が無かった為に気付いていなかったが。幸い、無表情な為二人には気付かれていないようだが。
「当然、期間の指定もあるのですね?」
「勿論じゃ。ずっと鋭意努力中です、などと言われても業腹だしの――一年じゃ。一年で、攻略して貰う」
「一つ星を上げるのに数年は掛かると言われているのを、ですか」
アルトリオは嘆息した。それがどれだけ神がかり的な行いとなるのかを悟って。
「そうじゃ。それだけの種であると、お主ら自身で私へ売り込め。出なければ見限り、ランドールの糞餓鬼へ引き渡す」
イレーネの眼には同情などは一欠けらも存在していなかった。あるのは、利用できるか、否か。
「強国の頂点に位置する人物を糞餓鬼、ですか……流石、冒険者ギルドの本部長ですね。貴女は敵に回したくない。只、味方になれば心強い。乗りましょう。尤も選択肢は端から無いのですが」
冒険者ギルドはアラジアにある中立国の盟主であり、その影響力はランドール帝国でさえも比較にならない。
果たして、その本部長に目を付けられたことが吉と出るか凶と出るか。それは、今後のアルトリオ達の努力次第となった。
「分かっておるなら良い。指定のダンジョンは五星のパーティーとなってから、改めて指示しよう」
「分かりました。リアも良いね?」
「アルトに任せる」
「よし、一先ず話は仕舞いじゃ。そろそろ馬鹿共が来る頃合いじゃろう。――あぁ、二人にはこれを渡しておこう。お主には、追加でこれもじゃの」
サラがバースを連れてそろそろやってくる頃合いだと、イレーネが場を締めくくろうとした。が、急に何事かを思い出して、アルトリオとイリアリアに机の引き出しから物を幾つか放り投げた。
「ピアス?」
「紐?」
二人にそれぞれ、片耳ずつの無色透明のピアス。イリアリアには更に、紅の紐が渡されていた。
「うむ。疑似精霊石じゃ。擬装用でしかないがの。二人分で一対になっておる。どちらかが死なぬ限り、他の精霊の末裔に出会ってもお主らの事がすぐにばれる事はなかろう」
二人の持つピアスについてイレーネが説明する。さらっというが、そういうものが実在すること自体、常識を覆す代物だ。
アルトリオが固まっている間に、イリアリアがイレーネに尋ねる。
「これは?」
「それは同化の紐じゃ。それをそのレイピアの柄に細工すれば、先のピアスとあわせて武装型精霊石に気付く事はできぬじゃろう」
疑似精霊石以上にとんでもない代物だった。どちらも安易に渡してよい物では無い。
それを貸してくれたという事は、無論――
「――勿論これは、先行投資。ですか」
「うむ。利子つきじゃ」
「はぁ、わかりました。ありがとうございます」
最早何も言う気力が無くなったアルトリオ。イリアリアは貰っとけばいいと単純に考えているのか、動じて無さそうだ。
「うむ。分かればよろしい。後で忘れず紐は細工するんじゃぞ――お、丁度馬鹿共が来たようじゃの」
イレーネが最後にイリアリアに釘を刺すと、執務室の扉をノックする音が聞こえた。
「――イレーネ本部長、サラです! バースさん達を連れてきました」
「うむ、入れ」
扉が開き、受付嬢のサラに続いて厳ついお兄様達が恍惚とした表情で入室してきた。




