第一話 奉納の儀
奉納の儀。それは、アラジアと呼ばれるこの世界では15歳になる人は必ず受ける儀式である。
各都市に必ず一つ設置されている精霊呼応石を通じて、己の精霊石を生成する為だ。
アッサム王国王都アルジオでもまさに今、王都中で奉納の儀が執り行われていた。
王都であるアルジオは一国の都である事もあり、その人口からして毎年儀式が必要な者もかなりの数に上る。
その為、王都では街区毎に精霊呼応石が用意されており、ここ貴族街第七区も例外ではない。
ーー貴族街第七区精霊殿。そこに、この第七区に住む貴族の子弟達が集っていた。
その中には三日後には貴族では無くなるアルトリオも居た。
「ほら! 早く来なさいよ、アルト!」
「分かった、わかった、落ち着けよ、ネフィ」
儀式を執り行う祭壇の最前列から、アルトリオに大きく手を振って涼やかながらも溌剌さを感じさせる声で呼び掛けるネフィと呼ばれた少女。
色白の肌に良く映える紅色の髪と金色の瞳。女性にしては高めの身長でスレンダーだが、出るところはしっかり出ている、同年代の中では一際大人びている美少女だ。
その元気な様子に苦笑いしながらも、アルトリオは幼馴染とも呼べる彼女が確保してくれていた席に着いた。
「ネフィ、仮にも準公爵のご令嬢なんだから、もう少し上品に出来ないのかい?」
「ふん! 上品にして欲しかったら、約束の時間に遅れない事ね!」
「――それは、全くもってすまん」
アッサム王国は封建制国家であり、王族及び貴族と平民の身分制度がある。只、他の諸外国とは異なりアッサム王国は文武問わず実力が重視されるため、貴族と平民の垣根は存外低い。
但し、それも高位の貴族となれば話は別で、平民から高位の貴族になった礼は極僅かしかない。当然、高位であればあるほど求められる素質も役割も責任も伴って来る。
ネフィことネフリスカ・ラル・ブランカはそんな高位貴族の中でもさらに上位に位置する準公爵の長女だ。
アッサム王国での貴族位は王族で所領を持つ大公爵、王族かつ所領を持たない公爵、王家の血筋に連なり、王都に次ぐ大都市を所領に持つ準公爵がほぼ最高位の貴族と言っても良い。ちなみに、準公爵以降は侯爵、準侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵および騎士爵――文官は準男爵、武官は騎士爵が最低位となっている。
つまり、ネフィは王族を除けば最高位の貴族の御令嬢なのだ。アルトリオが小言を言うのも致し方ないものである――但し、約束を破ったのがアルトリオ自身でなければ、だが。
「それに、アルトが朝に弱いのは分かってた事だから、こうやって私が特等席を確保してたのよ! 感謝しなさい!」
「それはそれは、ブランカ準公爵御令嬢直々にお手配頂けるとは、身に余る光栄で御座います」
「もう! 怒るわよ!」
「あははは、ごめんごめん」
アルトリオがネフリスカを茶化すと、ネフリスカはほっぺを膨らませ「私怒ってます!」と言わんばかりのポーズをとった。
ここからさらに茶化すと本当に怒らせる事を知っているアルトリオは、なんだかんだ世話を焼いてくれる幼馴染に感謝しつつ、彼女に謝罪した。
「分かったのならいいわ――ほら、もうすぐ始まるみたいよ。緊張するわね」
「あぁ、そうだな。いよいよ、俺らも一人前ってわけだ」
あくまでポーズであったネフリスカがアルトリオを直ぐに許すと、白と青で整えられた厳かな祭壇の袖から幾人かの人物達が進み出てきていた。
アルトリオもそれを確認すると、ネフリスカと共に緊張した面持ちで祭壇上を見つめ始めた。
最前列に位置するアルトリオ達以外の者達も気付き始め、徐々に精霊殿内は静寂に包まれ、祭壇上の人物達の物音以外の物音は聞こえなくなった。
祭壇上の人物たちの内、頭一つ高い如何にも聖職者といった中年男性が、祭壇に設置された精霊呼応石の前に立ち、集まった貴族の子弟らへ口上を述べ始める。
「古来、この大地には精霊はおらず、人が数多の災厄に見舞われながらも細々と命脈を紡いでいた時代。我らの祖先は日々の糧を得る事すら多大な困難を伴い、希望を胸に抱く事すら許されなかった」
中年男性が語り始めたのはアッサム王国では幼子の時から親が語り聞かせる、誰しもが知る有名な話。
「――アルト、これ、誰でも知ってる話――」
「ネフィ、静かに!」
感じたことがそのまま口に出てしまうネフリスカに、流石に場を弁えているアルトリオがすぐに口を塞ぎ注意する。
中年男性は最前列の彼らのやりとりにちらと目を向けたが、すぐに続きを語り始めた。
「人々が希望を忘れ幾千年、あわや人という種が絶えてしまうかと思われた時、彼ら彼女らは現れ、人々に手を差し伸べた。こんな言葉と共に」
『我らは人に在らず。されど汝らの隣人である。我らと汝らが共にある限り、我ら精霊は汝らの希望となろう』