第十八話 看破
サラから冒険者ギルド中央本部の受付フロアで何故乱闘騒ぎが起こったのか、事のあらましを訊いたイレーネ本部長は一人頷いた。
「ふむ、なるほど。またお前の仲間の騒ぎか、サラ」
「仲間じゃありません! あの人たちが勝手に―ー」
「分かっている。冗談だ」
「――イレーネ本部長の冗談は分かりません……」
イレーネがサラをからかったのは、今回の騒動のきっかけである少年少女――ではなく、少年少女に絡んでいった厳ついお兄様達。サラ・ガーディアンズと名乗る野郎達の事である。
そのパーティー名通り、受付嬢のサラの親衛隊を名乗る――タチが悪い事に実力もある――熱烈なファン達だ。
見慣れぬものがサラに――親衛隊目線で―― ちょっかいや迷惑を掛けていれば、必ず一悶着起こすのだ。
サラも彼らに過剰な行為は控えるよう忠告しているのだが、逆に彼らの使命感を燃え上がらせる悪循環になってしまっている。
「で、バースは何処だ?」
「……それが」
親衛隊帳の居場所を聞かれ、サラが口ごもる。
何せ、周りを見渡せば死屍累々たる有様なのだ。当初は元気だった親衛隊で未だ立っていたのはその半数も残っていない。
集中砲火を浴びたバースは真っ先に海に沈んでおり居場所は不明だ。
「ふむ。まぁ後で叩き起こして連れてこい。で、その少年たちは――」
サラの居る受付カウンター付近にいた、騒動の切っ掛けとなった少年少女にイレーネの視線が突き刺さる。
「――そうか。この子達は私が一旦預かろう。ついてこい」
「うお、動いた。――分かりました」
「アルトが行くなら」
その奥まで見透かすような視線に、拒否権はない事を悟ったアルトリオ。
アルトリオが素直に承諾すると、イリアリアは迷わず彼に従った。
「素直な子たちだ。何、悪いようにはしないさ。後はできるな?サラ」
「は、はい!」
「では行こう」
体を動かせるようになったアルトリオ達がイレーネについて二階に上って行く。
三人の姿が見えなくなった途端、受付フロアが再び音を取り戻した。
「ち、バース達から巻き上げられると思ったんだがな」
「イレーネさんが丁度戻ってくるたぁ、ついてねえな」
「「兄貴!!!」」
率先してバース達親衛隊を狙い撃ちにしていた者達は、心底残念そうに。
生き残りの親衛隊達は、兄貴達の救助に向かった。
「さあ、自称親衛隊の皆さんは、私とイレーネ本部長の所へ行きますよ!」
「「……へい」」
流石に温厚なサラも相当なお冠だ。親衛隊達は大人しく彼女に従ってそれぞれ倒れている者達を担いで、二階へと向かっていった。
「他の皆さんも、良い大人なんですから良識を持って行動してくださいね!」
「はーい、サラちゃん。応援してるぜ」
「サラちゃん、凛々しいわ」
「お姉さん、貴女の成長がうれしい」
「「サーラ、サーラ!」」
「――まったく、もう!」
この乱闘騒ぎに参加した者達へサラが注意を促すと、殆どの者達がサラを囃し始めた。
いつもの光景に呆れたサラは、私怒ってますとばかりに、肩で風を切りながら二階に向かう。
サラと親衛隊の姿が二階に消えるころには、受付フロアは何事も無かったかの様に、いつもの賑わいを見せていた。
「で、少年。君にはどうして隣人が居ないのかね?」
「――! 何故」
場所は移って冒険者ギルド中央本部、本部長執務室。
革張りの高級そうな執務椅子に腰かけるイレーネが、開口一番衝撃の一言を放った。
アルトリオはイレーネのその態度から、誤魔化しが通用しない事に気づく。
となると、問題はどこまで事情を知っているのか、何故気付いたのか。
「おっと、何故わかるのかと聞くのは無粋だぞ? 見ての通り、私はダークエルフだ。我等が祖先が人界に受肉してから遥かな時を経たとはいえ、これでも精霊族の端くれ。それぐらい見ればわかる。無論、他言はしないさ。さぁ、話してくれるね?」
だが、そんな疑問を訊くことをイレーネが先に塞いでしまった。中央本部長の肩書は伊達ではない事が窺い知れる。
アルトリオが返答に詰まっていると、イレーネが急かしてきた。
「ほれほれ、早く話さないとサラや筋肉ダルマどもが来てしまうぞ? 聞かれても良いのか?」
「――くっ! 仕方ない。話すよ」
「うむ、子供は素直が宜しい」
イレーネの言う通り、時間の猶予は残されていなかった。アルトリオに選択肢は無い。
渋々話すことを承諾すると、イレーネは満足そうに頷いた。
「アルト」
「リア、大丈夫さ。任せて」
「……わかった」
アルトリオに不安げな表情をみせるイリアリア。彼女の手を握ってイリアリアを落ち着かせると、アルトリオは身の上話を簡潔に話し始めた。
――落伍者と呼ばれる事になった、あの出来事を。