第十四話 偽装
「蒼いな」
「うん」
「広いな」
「うん」
偉大な 森の亀から後ろ向きに飛び降りたアルトリオ達は、その視界一杯に果てしなく広がる蒼い空を目にしていた。
偉大な 森の亀の体高は最大で数百メートルにも及ぶ。
その背中から飛び降りた二人には、少しだけ景色を眺める余裕があった。
「ざまあみろだな」
「うん」
アルトリオが言及したのは、未だ亀の背中の端からこちらを覗き込む、追手の兵士達だ。
その顔はどれも驚愕と焦燥が浮かんでいる。まぁ、それも無理はない。
兵士達は勅命を帯びているのだ。このままイリアリアの生存が絶望的だとしても、確かめなければならない。
この高さから落下死もしくは亀に踏まれた人物を特定するのは困難を極めるのだから。
アルトリオ達の落下は止まらず、巨大な胴体と足の境目が見えてきた。
「さぁ、今だ! 紐を引け!」
「――!」
二人の体が胴体と足の境目を通る瞬間、アルトリオとイリアリアは腰の後ろに備えていた道具を射出し、亀の胴体に固定。
紐が伸びきる前に、二人は一気に紐を引いた。
――その瞬間、二人が元いた位置を亀の右前足が通過した。紅い飛沫を飛ばしながら。
「――くそ! 何てことだ!!!」
小隊長は毒づかずにいられなかった。自棄になった二人が飛び降り、あろうことか偉大な 森の亀の足に巻き込まれて木端微塵となってしまったのだ。
彼らを追い詰めた余りに自暴自棄にさせ、任務を全うする事が叶わなくなってしまった。
「第二分隊、聞こえるか! お前らも見ていたな!? ――よし、先ほどの地点付近を徹底的に捜索しろ! 痕跡一つ見逃すな! 見つけるまで母国の地を踏むことは出来んぞ! 第一分隊、俺達も行くぞ!」
「はっ!」
通信晶霊具で地上で並走していた分隊へ指示を出すと、彼らと合流するべく行動を開始する。
道中、この失態の責任が部下に降りかからないように、己一人の身で済ませられないかと思案しながら。
――それから五日後の、蒼の月十日。小隊長の想いは叶わなかった。
ランドール帝国がイリアリアのアッサム王国への旅路中の不慮の事故による死亡を公表。
この時の随行員及び護衛隊長以下数名を処刑した。
――アルトリオとイリアリアが出会って約一か月後の、紅の月十三日。
「リア! 左だ!!」
「アルト、下がって!」
先頭を進んでいたアルトリオが後ろに続くイリアリアへ敵襲を知らせる。
まるで貴族の庭園かのように両脇の花壇に生い茂る草花が、隠れ潜む者にとってはとても都合がよかった。
アルトリオの警告を受け、イリアリアが手に持って居る刺突剣を左手から飛び出してきた陰に向ける。
「――影縫い!」
二人に奇襲を仕掛けて飛び掛かって来ていた、人の胴体程はありそうな太さの蛇が空中で何かに縫い付けられたかのように静止する。
アルトリオはその隙を逃さず、イリアリアの脇を一瞬ですり抜けて止めを刺しに行く。
「後は任せろ! ――瞬歩 、一閃」
その一撃は鋭く、蛇の頭から胴体の半ばまでを縦に両断した。
蛇は絶命すると同時に塵へと帰り、跡には牙と親指ほどの大きさの欠片のような物が残された。
「まぁ、初戦にしては上々か? ドロップはまぁ、調べたとおりだな」
「油断禁物。先進む」
蛇からの戦利品を掲げてアルトリオがイリアリアへ気楽に話しかけると、イリアリアは無表情を崩さずばっさりと切り返した。
「はいはい、分かってるよ」
肩を竦めるとアルトリオは牙と欠片をミニストレージリングに仕舞い、再び先頭に立って庭園の先へと進み始めた。
――キオラ自由都市連合 迷宮都市バーズ、無星ダンジョン『箱庭』。そこに、二人は居た。