第十三話 作戦決行
「偉大な 森の亀だと!? 何でそんなとこに反応が出るんだ!!」
「分かりません! しかし、確かにあの時使用された跳躍石の反応に間違いありません!」
「ーーくそ、仕方ない。第二分隊は亀を囲め!前には出るな、潰されるぞ。 第一分隊は俺と上に行くぞ! 奴等も退路はない筈だ。合図を待て!」
「「はっ!」」
そこは偉大な 森の亀と呼ばれる巨大な亀の背中にある森の中。
アルトリオ達は眼下に追手の兵士達が迫って来たのを眺めていた。
彼等は包囲組と突入組に合わせるようだ。
「来たな。イリアリア、準備は良いな?」
「ーーほんとにやる?」
「もちろんだ。準備が良いなら俺に合わせるんだ」
「分かった」
先程アルトリオから段取りを聞いたイリアリアは一抹の不安を覚えたが、少年に少しも不安が見られない事から安心する事が出来た。
彼なら、全てを任せられる。何故だか、そんな気がした。
「イリアリア皇女殿下! 悪足掻きも此処までですぞ。お覚悟を!!」
遂に、小隊長の指揮で亀の背中に尻尾伝いで登って来た兵士達が、待ち受けていたアルトリオ達を取り囲んだ。
「おい、お前ーー」
「ーー私はもう、皇女じゃない。ただの、イリアリア。貴方の要求には応えられない」
小隊長にアルトリオが苛立ちをぶつけようとした所、イリアリアが先んじて想いをぶつけた。
生まれてから恐れられ疎まれてきた。誰とも対等に話した事も心配された事もない。
言うなれば、生きる意味が分からなかった。
あの事件で、諸外国の重鎮達も死傷させてしまった。如何なランドール帝国という強大国の皇帝とて、最早庇い立ては出来ない。
早晩、自分がどうなるかの結末は知っていたし、興味も無かった。
生きる意味も無ければ、死なない理由も無かったのだから。
でも、今は違うのだ。漸く自分を見てくれる存在に出会えたのだ。
全ては、これからだ。
「私は死なない。死んであげられない。だから、帰って」
イリアリアの気迫を真正面から受け、小隊長は驚いた。
彼の知っている第七皇女殿下は、一度たりとも私情を口にしなかった事で有名なのだ。
先程、少年に邪魔される直前まで、自分の境遇すら無関心な様子だった。
それが、一夜明けてまるで別人の様な強さーー生への執着を見せた。
だが、皇帝からの勅命が撤回される事は有り得ない。
今この時も小隊長の視界を通じて上層部は視ている筈なのだ。
指示に変更が無い以上、すべき事はただ一つ。
「!! 驚きましたな、皇女殿下。そんなにお喋りになられるとは存じ上げなかった。しかし勅命は曲げられぬ! お覚悟を! かかれ!!」
小隊長の号令で第一分隊の者達が一斉にイリアリアへ襲い掛かる。
精鋭中の精鋭である彼等の剣筋は、確かに少女の命を絶つ筈のものだった。
ーー落伍者と居なければ。
「俺を忘れてるな! 行くぞ!!」
アルトリオはイリアリアの手を引き、間一髪で兵士達の攻撃から救い出す。
二人は示し合わせたかの様に、小隊長達から背を向けて一目散に走り始めた。
「無駄だ、逃げ場なぞ無いぞ! 追うぞ!!」
小隊長達もまた、すぐさま後を追う。幾ら亀が巨大とは言え、隠れ潜める場所など無い。
それにイリアリアを連れてでは、地上へ降りるのも一筋縄では行かない。
万一地上に降り立つ事が出来たとしても、下には第二分隊が待ち構えている。
ここに跳んだのが、そもそもの失敗なのだ。
「言っただろう、逃げ場は無いと! 抵抗せねば、せめて痛くせず送ってやろう。諦めろ」
悠々と歩みを進める亀の頭が覗ける甲羅の端で、アルトリオ達は小隊長達に半円状に囲まれて居た。
正に万事休すといった状況だ。
しかし、少年は皮肉げに笑っており、少女は生きる希望をまだ失って居ない。
子供達が相手とは言え油断なく包囲を狭めて行く小隊長達。
いざ幕を下ろそうと小隊長が号令を掛けるべく息を吸う。
「今だ!」
「はああああ!?」
小隊長は号令を掛け損ね、驚愕の声をあげるしかなかった。
少年と少女が、後ろ向きーー小隊長達の方を向いたままーーに亀の背中から飛び降りたのだから。