第十二話 下準備
「都合?」
イリアリアが首を傾げる。
「あぁ、そうだ。今はそれはいい。それよりも、これからどうするかだ」
イリアリアはアルトリオの話を追求したかったが、一先ず状況が落ち着いてからでも遅くは無いだろうと相槌を打った。
「――うん、逃げる?」
「いや、それはダメだ」
「簡単さ。何故なら――」
アルトリオはイリアリアの案を即座に却下した。
何故なら、恐らく相手はランドール帝国そのものとなる。そうすれば、周辺諸国では軍事国家として強大な大国相手に、少年少女のみで逃げ切る事は難しい。
死神と恐れられている皇女だからこそ、追手は最精鋭の者達が差し向けられて居る筈だ。
いずれ身を隠すにしろ、追跡の手を誤魔化さないとジリ貧になって追いつめられる。
「だからこそ、これから一芝居する」
「芝居? ――騙せるの?」
「お嬢様にしては察しが良いな」
こういった荒事とは無縁である筈の皇女でありながら、アルトリオの言葉ですぐにその意図を理解したイリアリアに、アルトリオは予想外で感心した。
「お嬢様は余計」
「それは済まんな。種に関しては俺に任せてほしいが、西方公道だからこそ何とかなるさ」
「――私には何もない。任せる」
「あぁ、任せとけ。一先ずは少し寝ろ。その後は寝る暇もないからな」
アルトリオはそう言うとミニストレージリングから寝袋の予備を取り出し、イリアリアに渡した。
「何、これ?」
「流石に知らないか。寝袋だ。それに包まって寝れば地面で寝るより快眠できるだろうさ」
「アルトリオ、寝る?」
「いや、俺は少し下準備があるからな。それに数日寝ない程度問題ない。俺の事はいいからさっさと寝ろ」
「……分かった」
イリアリアはアルトリオに物言いたげな様子だったが、自分が言えることが何も無いのも一番理解している。
アルトリオに教わった通り寝袋に包まると、すぐに寝息をたてはじめた。
「すぐに寝やがった。姫様にしては肝が据わってるな。――死神、か。胸糞悪いな」
流石に年相応の寝顔を見せるイリアリアを見て、この少女を死神と呼ぶ者達への苛立ちが募った。
「俺も、同情が過ぎるな……さっさと準備を済ませとこう」
アルトリオは頭を振ると、ミニストレージリングから必要な道具を取り出して、一芝居の為の小道具を黙々と用意し始めた。
「――おい、起きろ。頃合いだ。出るぞ」
「……んぅ。分かった」
アルトリオがイリアリアを揺さぶって起こすと、意外に寝起きは弱いのか、イリアリアは少しの間ぼうっとしていた。
すぐに自分の置かれている状況を思い出すと、寝袋から起きだしてアルトリオへ畳んだ寝袋を返した。
「……几帳面だな、おま――」
「イリアリア」
「――イリアリア。とにかく、そろそろ時間だ。行くぞ」
イリアリアが自分の名前を呼ぶように圧力を掛けると、アルトリオは素直にイリアリアの名前を呼んだ。
アルトリオの先導で二人は洞窟の中を歩み出す。暫くは二人の足音だけだったが、次第に外からと思われる小動物や風の音などが聞こえてきた。
「――外?」
「あぁ。まぁ、外と言えば外だな」
「?」
微妙な表現をするアルトリオに、首を傾げるイリアリア――アルトリオと出会ってからは本人の自覚がないままに、感情表現が少しずつ豊かになっている。
「すぐにわかるさ」
「わかった」
アルトリオがそういってから、十分ほどでアルトリオが言葉を濁した意味をイリアリアはその目にした。
「!! ――亀の、上?」
「そうだ。マイノ大平原西方公道の守護主、偉大な 森の亀の上さ」
イリアリアが瞠目するのは無理もない。
アルトリオとイリアリアが出てきた洞窟は、生半可な城よりも巨大な森をその背に生やした亀の上にあったのだ。
イリアリアの眼には地上を走る動物がすごく小さく見え、いつもより雲が近く感じる。
今の事きもこの巨大生物は歩みを続けいるが、なぜその振動は背中にいる二人には届かない。
その常識の埒外の状況と光景に、暫しイリアリアは茫然自失となった。