第十一話 イリアリア・ヘブリスカ・ランドール
ランドールの死神。それが、少女ー―イリアリアへの世間の目だった。
アッサム王国とはマイノ大平原を挟んで東側にある強大な君主制国家、ランドール帝国。
そのランドール帝国現皇帝バトラス五世の五男七女の末っ子、第七皇女。それが彼女の身分である。
皇族である筈の一人の少女に、何故死神という恐ろしい呼び名が定着したのか。
――時は現在より十六年前の精霊歴5209年、闇の月三十日。
ランドール帝国皇室が待ち望んだ新たな皇族誕生の日から始まった。
後にイリアリアと名付けられた赤子を産んだ第三妃が産後危篤に陥り、帝国最高の治療を施しても助からず。
イリアリアを取り上げた産婆が翌日変死体となって見つかり。
イリアリアの乳母となった女性が一年と持たず相次いで原因不明の病に倒れ。
十歳の誕生会での初のお披露目の席では、イリアリアに触れた男児数名が命は助かったものの、三日三晩高熱にうなされ。
十五歳で受けた奉納の儀では史上初の漆黒の精霊石を授かった。それは只珍しかった訳ではない。
アッサム王国ではピアス、ランドール帝国では指輪といった風に、精霊石は装飾具型しか確認されていなかった。
イリアリアの精霊石は、史上初の――武装型――漆黒の刺突剣だったのだ。
そして皇帝陛下勅命による、武装型精霊石の実証実験が決定打となった。
武装型精霊石の実証実験は当初秘密裏に行われる筈だったが、政治的な駆け引きの末、周辺諸国の在帝国大使達も招いて行われた。
その実証実験で悲劇が起きたのだ。
通常、精霊石を通じて精霊に呼びかける事で人と精霊が同調し、精霊外殻を形成して様々な力の恩恵を得ることになる。
イリアリアもまた、精霊石を通じて精霊に呼びかけ、精霊石が呼応して明滅し始めた。ここまでは問題なかった。
そしてイリアリアと精霊が同調する段になって、異変が起きる。
精霊がイリアリアの呼び掛けを無視し、無作為に周囲へその荒ぶる力を解放したのだ。
その力は凄まじく、漆黒の光が渦巻いた実験場は半壊し、帝国貴族はおろか、諸外国の大使達も大勢死傷する大事件となった。
その生まれから生涯に渡って自身の意思とは関わらず、周囲の命を刈り取っていく少女。
それが、少女が死神と呼ばれるようになった所以である。
「まぁ、それが俺の知ってる全てだな」
アッサム王国もまた招かれており、当事国の一つだ。当時は死神の噂で持ちきりだった。
「……そう。全て事実。 ――でも、怖くない?」
少女は無表情を心なしか固くした雰囲気で、アルトリオの飄々とした様子について尋ねた。
これまで、この少年のように接して来た人物は居ないのだ。
家族である他の皇族達でさえも、イリアリアを極力避けてきた。
「ん? お前を怖いかってことか? あぁ、全然怖くないな」
アルトリオが即答したことに、少女の眉がピクリと動いた。
「何故?」
「何故ってそりゃお前、俺に何かしたか? そもそも、怖かったらお前を助けねーよ」
そのやや恥ずかしげに答える少年に、少女は言葉を失った。
暫し呆然としたイリアリアを、この時のアルトリオは急かすこともなく、口を開くのをじっと待った。
「私、イリアリア。お前じゃない。――名前?」
これまでの自身の事さえも傍観していたかのような少女の目つきが、変わった。
「俺か? 俺は、アルトリオ。只の、アルトリオだ」
「……アルトリオ。ありがとう」
少女が、生まれて初めて花の様な笑顔を浮かべ、少年の目をみつめてお礼を言った。
「うぇ!? お、おう。なんだ、いきなりは照れるな。いいさ、俺の都合で助けただけさ」
素直でない少年は、照れを誤魔化すようにそう嘯いた。