第十話 死神
――西方公道南方の泉のそばにて。
「隊長! 奴らが跳躍石で逃げた方角が分かりました!」
多数の兵士が一台の馬車の周辺で、夜明けにも関わらず慌ただしく動き回っていた。
「よし! 追手を掛けるぞ! 第一、第二分隊で追う。残りは既定の作業を準備しておけ!」
「はっ!」
「こちらは私がやっておく。必ず使命を果たせよ」
一人の兵士の報告を受けた小隊長らしき兵士――面倒なので以下小隊長――が胸をなでおろし、追手の準備に取り掛かった。
少女の従者だった筈のマリーは居丈高に小隊長へ
幸いにも跳躍石の残滓が完全に散る前に行方をトレース出来たようだ。
この機を逃せば、挽回する機会どころか自分の首すら無くなってしまうだろう。
どちらの意味でも、それは避けなければいけない。
可能な限りの速さで準備を終えた小隊長達は、アルトリオ達を追って朝日の中駆けはじめた。
――西方公道某所。
「――ここは?」
一人の少女が思わず閉じてしまっていた眼を開けると、そこは薄暗い洞窟の中だった。
風が感じられることから出口はあるのだろうが、水気も強く感じられる。
「一先ずは安全な場所、かな」
少女の疑問に答えたのは一人の少年。少女を此処に連れ出した当人であり、場所を選定したのも彼だ。
「――どこ?」
「印象通り言葉少ないのな。まぁ、良いけど。此処がどこなのかは、そのうちわかるさ」
少女の再度の質問にも、少年ー―アルトリオは肩をすくめて返した。
その態度に少女は――アルトリオには知る由も無いが――不満げな表情をした。
「そんな顔するな、当面の安全は保障してやる。俺は無駄な時間は嫌いだ。納得しろ」
優しいのか傲慢なのか、今一分かりづらい態度のアルトリオに、益々少女は不満げな顔をした。
「まぁ、あれだ。座ってこれ食え」
アルトリオが少女に比較的平坦な上部をしている石の上に座るよう促すと、徐にハンカチに包まれたサンドイッチを取り出した。
花柄のハンカチに包まれた、サンドイッチを。
「……女子?」
「違うわ! お袋のお手製だよ。ミニストレージに仕込んであったんだ。俺が用意したんじゃない」
少女がアルトリオの趣味か、と首を傾げると、即座にアルトリオが突っ込んだ。
「……マザコン?」
「全然違うわ! もう良いから食え! 食わないのなら没収だ」
「食べる」
再度の少女の疑問に、流石にアルトリオも額に青筋が浮きそうになる。
実際にアルトリオがサンドイッチを取り上げようとすると、少女は素早くサンドイッチを取り出して食べ始めた。
「まったく……手間とらせる」
「マザコンのサンドイッチ、美味しい」
「……このやろ、わざとだろ」
一旦は手を引いたアルトリオだが、少女の狙い澄ましたかのような暴言に、思わず拳を作る。
「はぁ。無駄だ、無駄。さっさと済ませちまおう」
アルトリオは時間を無駄にする事を嫌っている。意味のないやりとりは置いて、本題に入る。
「……もぐ。なに?」
「お前、神経太いよな。見かけによらず……」
少女がサンドイッチのクリームをほっぺにつけているのを見て、アルトリオは脱力しかけたが。
「どうしてこんな所にいるんだ? ――死神さん、よ」
アルトリオが険しい表情で少女を見下ろしながら核心に触れる。
少女はサンドイッチを食べるのを中断し、アルトリオを無表情で見返す。
「……何故、分かった。違う。何処まで、知ってる」
「あぁ、色々と知ってるぜ。何せ有名だからな、お前。ランドールの死神――ランドール帝国第七皇女、イリアリア・ヘブリスカ・ランドール」