第九話 逃走劇
「ちっ、ここからじゃ声までは聞き取れないか。タイミング見計らうしか無いな」
一個小隊の兵士達を何ら戸惑うこともなく受け入れ、隊長らしき人物と話し合うマリー。
アルトリオはマリー達へギリギリまで接近していた。
マリー達から見て泉に向かって左手には小ぶりの岩が少しあるのだ。
アルトリオは岩の裏に隠れながらマリー達の様子を伺う。
「――! 動いたか」
アルトリオがマリーと兵士達の様子を伺い始めて十数分後。
話の決着がついたのか、マリーが馬車の扉に手を掛け、小隊長らしき兵士が扉前で腰の剣に手を添える。マリーが小隊長の準備を確認し終えると、お嬢様と呼ぶ少女が乗る馬車の扉を勢いよく開けた。
「奴らも余裕がないな! 仕方ない」
どうやらアルトリオが予想したよりも、連中は焦っているようだ。
段取りが狂ったことに調子が外されてしまったが、すぐに気持ちを持ち直してアルトリオはまた疾走し始めた。
馬車から兵士たちに乱暴に連れ出され、小隊長らしき兵士が少女の首を落とすべく剣を高く掲げる場面へと。
「――何者だ!」
当然、兵士たちは小隊規模もの数が揃っており、周囲の警戒も怠っていない。
隠れていた小岩から飛び出して接近するアルトリオに、兵士たちが気付かない道理が無かった。
「お邪魔虫だよ、っと!」
哨戒の兵士達が抜剣しアルトリオを攻撃する。
しかしアルトリオは速度を落とさない為に武器も抜かず、ひらりひらりと次々に突き出される剣を回避しつつ前進し続ける。
この時兵士達が良くアルトリオを注視していれば、彼の全身を淡い濃紺の膜が張っていたことに気付き、隊列を整えることを優先出来ていれば結果は異なっていただろう。
「何の騒ぎだ、お前ら! ――ええい、数で囲め! そいつは晶霊術を使っているぞ!!」
いよいよ少女が目と鼻の先となった時、小隊長らしき兵士がアルトリオの様子に気づき、晶霊術士への対抗措置を指示する。
だが、時すでに遅かった。
「残念! そいつは貰っていくぞ! ――瞬歩!」
アルトリオは完全に囲まれる前に言霊を唱えると、一瞬にして兵士達を置き去りにし少女の真横に異動した。
「貴方は――」
「下賤の者がおめおめと! 死ね!」
「貴様! 邪魔するか!! 諸共に死ねい!」
首を落とされそうな状況だというのに無表情だった 少女は、困惑の色を表し。
従者だった筈の女性は苛立ちと共に乱入者へ自慢の刺突を加え。
任務を完遂すべく男性は邪魔者を排除しようとする。
――そして。
アルトリオは少女の手を掴み、手に準備していた宝石の様に輝く紅い石を地面に投げつけ砕く。
二人を中心に 紅い幾筋もの光が渦巻き、一際強く輝くと二人の姿は消え去っていた。
「跳ぶぞ! じゃあな!」
「下賤の者が! 跳躍石なぞ!」
「いかん! 探知陣を用意せよ!! まだ遠くには行っておらん! 何としても探し出せ!」
跳躍石はその有用性から各国の管理下にあり、決して一人で行動を歩いている様な流浪の者が持てる代物では無いのだ。
マリーは怒りが頂点に達し、小隊長らしき兵士は青ざめながら部下たちへ追跡の指示を矢継ぎ早に出す。
これがアラジア中を巻き込む激動の時代の中心となった、落伍者と呼ばれた少年と死神と呼ばれた少女が出会い道を共する事となった出来事である。