男装公爵令嬢サマは、堅物ウブな令息サンに悶える
最強な公爵令嬢っていいよねーって思って書いてたらいつの間にか暴走しちゃった……ま、まあ、気にしたら負けだよな、うん。
とある春が近づく冬空の下、王立ストリウム学園競技場の中心で向き合う影が二つ。
「クラインっ、次こそはお前に勝つ!」
「ふふっ、懲りないね」
睨み合っていた二つの影の間を風は吹き荒れ、一枚の木の葉がはらりと落ちた。
一瞬にして西側の影がもう一方に肉薄してロングソードを振るう。軽々しく避けた東側のクラインと呼ばれた人影は、さも愉快そうに笑った。
……………
クライン=マクシミリは由緒正しいマクシミリ公爵家の変人である。
青みがかった黒髪は肩にかからない程度に切り揃えられ、長い前髪から覗く切れ長の目とその灰色の瞳は絶妙にマッチして、鋭いながら同時に色気を醸し出している。すっきり整った鼻梁に薄いピンクの唇、色白な肌という恵まれた顔立ちは中性的な雰囲気を漂わせ、長身と柔らかな物腰から王子と称されることも少なくない。
さらに容姿のみならず学問武道どちらも出来る文武両道、大会の優秀賞に輝く才能を持っている。
では何が変人なのか。問題は性別にあった。
完璧な男子に思われるクラインだが、生物学上は女性なのだ。
つまり、クラインは男装好きな変わり者公爵令嬢だった。
私服は全て男性用のシャツやズボンを着用し、女性物のドレスで着飾った姿は貴重で両親ですら滅多に見られないと言うほど。
普段の言葉づかいも男っぽく、思考回路だって男性寄り。
どんな女性に対しても褒めあげることを忘れず甘い賛美が飛び出し、常に彼女の周りはハーレム状態だ。…別に同性愛者って訳ではない。クラインは至ってノーマルである。
……………
「ほら、どうしたんだい? 威勢のいい君は俺を倒すんだろう?」
「くっ、わたしだ、って、」
「諦めたらどうだい、レオンバルト」
なぶるようにロングソードの二刀流で応対するクラインに、銀髪紫眼のレオンバルト=サンロイズは負けじと急所を突こうとする。
王宮騎士団の長を父にもつレオンバルトは長きに渡って剣の指導を受けてきた。男にしては小柄な体躯を活かした素早い動きで敵を圧倒するレオンバルトの実力は、剣士科で一番といわれているのだ。
なのに、とレオンバルトは唇を噛む。なのにクラインには一度も勝てたためしがない。
初めて剣を交えたときは、女子だからと油断していたのもあるが、力強い一振りで剣を弾かれて急所に刃を当てられた。二度目以降は決して油断しなかったというのに、結局負けてしまっている。
「考え事なんかしてていいのかな?」
「ぅわっ」
余裕ある斬撃がレオンバルトを襲う。受け流すには強すぎるそれらに耐えきれず、レオンバルトの足はずりずりと後退していき、ついにはいつものごとく喉元に刃が当てられた。
「グッ」
「はい、俺の勝ち」
「なんでだ…なぜ勝てないんだ…」
「君はスピード重視だろう? パワーもスピードも上な相手には通用しないってだけのことだよ。それよりも…約束、覚えてるだろうね?」
クラインとレオンバルトの勝負はこれで50回を迎える。しかし、ただ戦うのではつまらないというクラインの提案で、勝者は敗者に命令をできる約束をしていたのだ。
レオンバルトは悔しげに、己より高い位置にあるクラインの勝ち誇った顔を見上げ、睨み付けた。
「覚えている。騎士に二言はない」
「それはよかった。じゃあ…これ着て♪」
クラインの差し出した紙袋を素直に受け取って中身を覗いたレオンバルトは、何が入っているのかを目にして赤面した。
「なんでドレスなんだ!」
「母が俺の夜会用に注文していたものなんだけど、知ってのとおり俺にはドレスよりもタキシードのほうが似合うでしょう? 勿体ないし、それならレオンバルト、お前に着てもらおうってね」
「ふ、ふ、ふざけるなっ!」
「大丈夫、絶対似合うよ。騎士に二言はないんだろう?」
無理矢理更衣室に押し込まれ、逃げ場を無くしたレオンバルトは、恐る恐るドレスに手を掛ける。
フリルとレースをふんだんに使った空色のドレスに頬がひきつるが、「騎士に二言は…」と腹を括り、練習服を脱ぐと袖に手を通した。
「く、クライン……」
「ん~?」
「こ、これでいいのか…?」
「着替え終わった、の………」
振り向いた先にいたレオンバルトに、クラインは言葉を失った。
恥じらいを見せる銀髪の乙女。忙しなく動く紫色の両目、朱が差した艶やかな頬。
さらに上目遣いでクラインを見つめてくるというコンボに、クラインは衝動を抑えきれずレオンバルトへ飛び掛かった。
「ひゃあっ!! な、何をするっ!」
「レオンバルト…可愛い…」
「や、止めろ……」
耳元で囁かれたアルトにレオンバルトはビクッと身体を震わせ、ますます色付く。そしてクラインはますます興奮する。
「可愛いなぁ…もっと顔を見せて?」
「や、やだ…」
「レオンバルト…お願いだよ。俺に可愛いところ見せて…ね?」
「う……」
ホスト並みの甘さを誇るセリフと優しく顎に掛けられた手を払えず、おずおずクラインと視線を合わせる。
クラインの灰色の瞳に、頬を真っ赤に上気させた自分が映り、レオンバルトは恥ずかしくなって俯きかけるも反らしてはダメだと元に戻る。しかし、クラインの瞳を見るなり恥ずかしさがぶり返してきて俯き、またダメだと元に戻る。
チラチラチラチラ。
さながら恋する乙女なレオンバルトに、クラインは悶えている。
「ああぁぁ可愛いいぃぃぃっ! レオンバルト可愛いっ! お持ち帰りしちゃいたい! いやもういいよね持ち帰っちゃってもいいよねこれはアリだよね!?」
「持ち帰り…? もう、帰るのか…?」
「ぐはあぁぁぁぁああっっ」
無自覚らしい寂しげなレオンバルトの言葉に、クラインはグラッと身体を傾けた。
ゲーム風に言うなら
▼レオンバルト は クライン に 言葉攻め
▼クライン に 大ダメージ
という感じだ。
王子の異名はどこへやら、もはやクラインは変態さんである。
「よし帰ろう! 誰が何と言おうが帰る!! 俺の可愛いレオンバルト、今すぐ一緒に帰るからねっ」
「え、女装は」
「もちろんそのままだよ! 安心して、俺がたあっぷり可愛がってあげる。それとも…こんな俺と一緒はイヤ…?」
悲しげな表情をしてみせるクライン(100%演技)に、即座にイヤだと返そうとしたレオンバルトはたじろいた。
「別に、イヤじゃない…」
「…ここでツンデレ発言キタ! レオンバルト、君ってやつは俺をどうしたいの萌え死にさせたいの!? ああああぁぁ…理性もつかな?」
「?」
クラインはレオンバルトを大事に、いわゆるお姫様だっこで抱き上げると、実技試験中にさえ出さないようなスピードで帰路を駆けていった。
尚、これを目撃した男子生徒は、次のように語っている。
「あの、僕、ちょうど帰宅しようと学校を出たんです。そしたら地響きみたいなドドドドドって音が聞こえてきて。急に突風が吹き上げたと思ったら、目の前を水色のドレスのお姫様抱えた長身の魔王が駆け抜けていったんです。なんかどこかで見覚えある気がしたんですけど…あれ、どこだったかな?」
レオンバルトがその後どうなってしまったのかは、彼のプライドをこれ以上傷つけないために記述を控える。
ただ、マクシミリ公爵家で翌日、ぐったりしたレオンバルトと満足げなクラインが見られたとだけ、言っておこう……。
注意)忘れがちですがクラインは女性です。




