異世界に行ったと思ったら異世界じゃない上に石鹸になった
俺はひろき。
30になったばかりだが、今日はイメトレをしている。
もし俺が異世界に行った場合、だ。
大体のやつは、気づいたら突然異世界にいて、「ここは一体?」とか、「夢だと言ってくれ!」なんてあわてふためくが、俺はそうはしない。
仮にクモになっていようが、「クモね、了解」とクールに装えるし、スライムになっていようが、「スライムか、分かりました」と現実を受け入れることができる。
まあ、これも先人たちの功績あっての話だから、感謝せねばなるまい。
目が覚めた。
男の寝息が聞こえてくる。
まったく理解できない状況に、俺は「キタキタキター」とテンションマックスである。
とうとう異世界にやってくることができたのだ!
ところが、姿を確認しようにも、全く体が動かない。
「ちょ、待てよ……」
キムタク風に言ってみたが、無理だ。
周りを見渡すと、何やら蛇口が近くにある。
横にはコンロがあるし、「キッチンか?」と思った。
ガチャリ、と扉を開けて出てきた男がこういった。
「やっべ、だいぶ食器たまってら、洗わねえと」
と言って蛇口をひねったのである。
そして、俺をつかみ、油まみれの食器群に突っ込もうとした。
「おいおい、うそだろ?うそだといってくれ、ぎゃあああああ」
俺はどうやら一人暮らしの男の部屋に、石鹸として生まれ変わったようだ。
男はがさつで、スポンジというものを使わない。
更に、直で食器にあてがわれるせいで、体の損傷がハンパない。
しかも、シャワーを浴びていると突然、「シャンプーがねえ!」とかわめきたてて、俺をつかみ、体中に押し当てられる上に、あそこの毛を食わされまくるハメになる。
俺はそんな趣味はねえ!と叫びたかったが、なにせ声が出ない。
俺は日に日にやせ衰えて行った。
俺が求めていたのとは全く違うこの状況。
俺にとって何のメリットもない上に、完全なる受動。
つまりは自分の力ではどうすることもできないのである。
「石鹸って、スライム以下じゃねえか?」
と俺は石鹸に生まれ変わり、人間に戻りたいよお、と1日目にして思た。
だがチャンスはやって来た。
俺の体が小さくなることで、ある脱走経路が見えてきたのだ。
それは、キッチンのシンクの穴から逃げ出す、という方法だ。
その日も、たまった食器に俺を突っ込もうと男がつかんだ。
俺はその瞬間、体をひねり、男の手から抜け落ちた。
そして、うまくシンクの穴に飛び込むことができた。
「あっ」
という男の声が最後に聞こえ、俺はそのままどこかに消えた。
終わり