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1-9


「失礼します」



掃除は予想よりも早く終わった。

後は担任に最後の確認をしてもらえば何の憂いも無く帰宅できる。


少しでも早く帰りたい僕は、掃除が終わった事を担任に伝える為に今職員室に来ている。

端的に言えば、掃除終わったから早く来い。と、担任を急かす為に。


放課後の職員室は、古びた鉄製の机がズラッと並んで座っており、なんだか零細企業の事務所の様な雰囲気が滲み出ている。



(まぁ、一応公務員だからなぁ)



自分の職場に比べれば随分フランクな環境で緊張する必要もないのだが、やはり子供の目線では感じる威圧感が違う。


そんな張りつめた雰囲気の中を潜り抜け、僕は担任に掃除が終わったことを伝えた。



「直ぐ行くから教室で待ってて」



担任から帰ってきた言葉はコレだった。


正直一緒に来てほしかったが、色々な書類が積まれたデスクを見ると邪魔出来ない気持ちの方が勝ってしまう。


なまじ社会人の経験があるだけに、キリの良いところまで仕事を進める重要性も理解している。

まぁ、すぐ教室に来るだろうしここで駄々をこねてもあまりいい事はない。



「先に戻ってますね」



僕は、一言残し指示通り教室へ戻った。





「あ、来た来た!」



教室へ戻るなり複数の女子に腕を掴まれ自分の席まで連れて行かれる。


同年代の女子に囲まれ腕を引っ張られるという状況は本来なら嬉しいはずなのだが、全然嬉しくない。

むしろ嫌な予感しかしない。


それもこれも、引っ張られる先には野村さんとその取り巻きがいるからだ。

それに、佐藤さんも僕と同じように複数の女子に囲まれている。


教室には、その他に2,3名女子が残っていて遠巻きにこっちを観察している。

男子は外へドッチボールしているか、帰宅したのだろう、僕以外誰もいない。



(今度は何でしょうかね?)



何かあるな……。

というのはわかるのだが、まるで良い期待が持てない。



(本当に面倒だなぁ……こいつ)



小さく溜息をついてしまった。

その拍子に、不意に自分の机に目をやる。


僕のランドセルが開いていた。

さらにいえば、中に入れていたはずのプレゼント袋が破られ中身が散乱している。



「なっ……」



唖然としてしまう。

まさか人の物を勝手に漁るような事をするとは想像もしていなかった。



「良いこと教えてあげる。」



そんな僕の様子を無視して、野村さんがニヤニヤしながら僕に告げる。



「この子さ、あなたの事好きなんだって」



野村さんは、佐藤さんを指差しその反対の手で赤い厚紙を、頭の位置までかかげヒラヒラと振って見せる。



「はぁ?」



予想外の発言に、僕は呆けた声で返事をしてしまう。

その様子に耐えかねた佐藤さんが、机に顔を伏せて泣き出してしまう。



「あらら、泣いちゃった。大丈夫?でも、こんな綺麗なラブレターを渡すなんて凄いよね~。しかも “大好きです”なんて書いちゃって。読んでるこっちが恥ずかしくなっちゃう」



そういって野村さんは、頭の位置まで掲げていたラブレターだと思われる赤い厚紙を床に投げ捨てる。



「あ、ごめんなさい。手が滑っちゃった」



そう言って床に捨てられたラブレターは、淵がギザギザにカットしてあり色鉛筆などを使い様々な色で装飾されていた。

遠目から見てもかなり手が込んでいるのが容易に分かる。


瞬間的に怒りが沸点に達してしまう。

それでもなんとか、怒りを抑え状況を確認する。



「これ、全部お前らがやったのか?」



怒りを抑えるのに精一杯で、抑揚のない声で問いかけてしまう。



「知らない~。私達が気付いた時にはもうこうなってたわよ~。私は偶々このラブレターを拾っただけ」

「違う!あなだが勝手に!」




野村が笑いながら答え。

佐藤さんは泣きながら必死に反論する。



「えー、人のせいにするの~?証拠もないのに、人を犯人扱いするなんて、やっぱり“父親がいない子”って簡単に嘘つくのねー」



そして周りにいた野村さんの取り巻きが”最低~”と一気にはやしたてた。



「おまえ……今何ていった?」



沸々と湧き上がる黒い感情を必死に抑えながら僕は尋ねた。



「えー?父親がいない子は、簡単に嘘をつくって言ったの。あなたも気を付けた方がいいんじゃない?」



ヘラヘラと笑いながら野村は答える。



「ほんと、気持ち悪い」



その瞬間“ブチッ”と頭の中で何かが音を立てて切れた。

僕は野村に飛び掛かりその横顔を思いっきりグーで殴りつける。



「きゃあぁぁーーー」



野村はその場から吹き飛び床に倒れ、甲高い悲鳴が周りの女子から発せられる。

僕はそんな事は全く意に介さず、床に倒れている野村さんに近づき胸ぐらを掴んで無理やり立たせ。



「謝れ」



一言だけ命令した。



「なんで私が謝らなきゃいけないのよ!」



野村さんは大声で反発する。

殴れた痛みだろうか、野村さんの目からは涙が溢れていた。



「お前さ。人に嫌がらせするのがそんなに楽しいのかよ!人を心底傷つけて何ヘラヘラ笑ってんだよっ!!」



感情を抑えることを忘れ、自分の出せる最大の声量で怒鳴りつけていた。



「“親がいない子はすぐ嘘つく。”だと?お前何様だ!どうしてそんな簡単に人の傷口を抉れる?人が“痛い。痛い。”って言ってるのがどうしてわからない!」

「みんな言ってる!父親がいないから可哀想だって。不幸だって。みんな言ってるじゃない」



野村は僕に負けないように必死に叫んでいた。


きっと、野村の周りの人間は、佐藤さんの事を父親がいなくて可哀想だとか、片親の子は躾がなってないとか色々な陰口を言っているのだろう。


まだ、この年代の子どもは自分で善悪を判断する事が出来ない。

親や周りの人間が言う事は、100%正義で間違いのない事なのだ。

だから、悪びれることも無くああいった発言が出来てしまう。


それは頭では理解している。

本当の原因は野村さんに無いことも。


でも、感情の部分でどうしても我慢が出来なかった。



「それが何なんだよ!お前に迷惑がかかったのかよ?!父親がいない事でどれだけ辛い思いをしているか、お前に分かるのかよ?ふざけんなよ!お前!」



大粒の涙をこぼしながら、野村さんは必死に何か言おうとしていた。

ただ、しゃっくりの様な引き戻しのせいで、もはや言葉になっていなかった。


そんな様子を目にして何だか馬鹿らしくなる。



「佐藤さんは僕の大事な人だ。次こんなことをやったら、タダじゃおかない」



そう宣言して、胸ぐらを掴んでいた手を放す。

凄い事を公言しているのだが、頭に血が上っていてそんな事は全く気にならなかった。



「だって、わたじだっで……」



野村さんは、必死になって何かを言おうとしているが、そんなことはどうでも良かった。



「何をしている!!」



悲鳴をききつけたのか、他クラスの男の先生が入ってきて、一目散に僕の首根っこを掴む。

こっちは無抵抗なのに先生はかなり力を入れている為、正直かなり痛い。


なんで僕がこの騒動の原因だとわかるんだろうか。

大人と子供では筋肉量が違うんだから、少しは手加減しろと思う。


それから少し遅れて担任がやってきて、僕はそのまま強制的に生活指導室まで連行されてしまった。


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