1-8
「はい、帰りのホームルームを始めます。」
担任から号令がかかる。
時間にして午後2時半を回った位だか、もう学校は終わりの時間らしい。
昼休みを考えると、会社で半休取得して帰宅する時間と殆ど変らない。
毎日が、半休みたいな夢のような生活をあたりまえの様に毎日送っていたと考えると、どれだけ贅沢をしていたか身に染みる。
「……おき、前に……しゃい」
そういえば、今日の会社はどうなるんだろうか?
無断欠勤になってしまうのだろうか?
「直樹くん、前に出てらっしゃい!」
っていうか!今思い出した!
今日の会議はどうなった?
プレゼンに進行にとやる事は沢山あったはずだ!
課長とかめちゃくちゃ怒ってるんじゃ……
「大矢直樹!」
「はい!」
肩がビクッと上下に震える。
担任から大声で名前を呼ばれたからだ。
そんな僕の挙動に、クラス中が注目していたのか所々から笑い声が巻き起こる。
「前にいらっしゃい」
担任も半ばあきれたような表情を浮かべている。
(えっ?僕は何をしでかした?)
前に来いということは絶対に何かある。
慌てて一生懸命自分の記憶を辿る。
小学生の頃やらかした事といえば……
赤ボールペンの芯を逆から吸引して口の中にインクをぶちまけ、救急車を呼ばれそうになったり……
友達の妹を友達と追い掛け回して骨折させた事もある。
時代が時代なら訴えられていたと思う。
そういえば、クラスで育てていたヘチマをもぎ取りを排水溝に詰めていた事もあった……。
だめだ……心当たりがありすぎて予測すらできない。
もう、仕方ない。
僕は覚悟をきめて先生の正面まで歩き、叱りの言葉を待つ。
「誕生日おめでとう!」
そんな担任の言葉を合図に、クラス中から拍手が沸き起こる。予想とは真逆の展開だ。
あまりの急な展開に困惑してしまう。
「今日で、直樹君も11歳になりました。」
その言葉に、僕は慌てて黒板を見る。
……黒板に書いてある日付。
間違いない。
確かに、今日は僕の誕生日だ。
「はい、これ皆からよ」
そう言って手渡された包み紙。
……そうだ。
思い出した……。
このクラスでは、誕生日の生徒に対してクラス中から事前にプレゼントを集めて
それを誕生日当日に、本人に渡す。
そんな決まりがあった。
もう、そんな事すっかりと記憶の隅に追いやられていたけれど。
確か担任の先生が発案だったと思う。
先生の引き出しに入っているプレゼントBOXに誕生日の人へのプレゼントをいれておく。
もちろんその箱の中身は他人から見えない様に配慮されていた。
ただ冷静に考えて人気のない生徒にはプレゼントが集まらないと思うが、その辺は先生がポケットマネーで補填するのだろう。
そう考えると教師という仕事も色々と大変そうで頭が下がる。
「じぁあ、みんなにお礼を言って」
先生は僕の背中をポンと叩き、皆に礼を言うように促す。
いきなりそんなことを言われても!と思うのだが、プレゼントをもらった手前断れる訳がない。
「えっと……この度は、この様な素敵なプレゼントを頂きまして本当に有難うございます。より一層皆さんと楽しい学生生活を過ごさせて頂きたいと考えておりますので、色々とご迷惑かけると思いますが、どうか宜しくお願い致します」
僕がそう言葉を言い終えると、クラス中から笑いの渦が巻き起こる。
何で笑われるのか分からなかったけど、男子生徒からの”おっさんくさい”という声で気が付いた。
子供のする挨拶じゃない……
担任は”どこのテレビで覚えたの?”と、苦笑ともとれる笑みを浮かべている有様だ。
すみません。と、僕は小さく謝り、背中を丸めて自席に帰る。
何歳になっても人から笑われるのは慣れる物じゃない。
「では、明日の予定ですが」
ホームルームは淡々と続いていく。
そんな中僕は、さっき渡された皆からのプレゼントを見つめていた。
記憶がより明確に蘇ってくる。
確かこの中には、この時代で流行っているゲームキャラクターの対戦型鉛筆
ペンギンなど可愛いキャラクターを模った消しゴム等色々な物が入っていたと思う。
子供の頃に貰ったら一番嬉しいプレゼントだ。
ただ、それだけじゃない。
この中には人生で最初で最後のラブレターも同封されていたはずだ。
そして僕はこの後、最低な失敗を犯す。
それは、僕がこの中に入っているラブレターをみんなの前で破いてしまうのだ。
いきさつはこうだ。
ホームルームが終わった直後、クラスの男子は僕の周りに集まってくる。
そして、皆とプレゼントの中身を確認してしまう。
ただ、プレゼントの中には、ギザギザに縁どられた赤いラブレターも入っていた。
それを見つけたクラスの男子は盛り上がり、みんなからかわれる事を恐れた僕は……
あろうことかそのラブレターを読みもせずに破いて捨ててしまった。
相手も内容も不明なままだったけど、今考えると最低な行為……。
相手の気持を考えると、心底申し訳ない気持ちで一杯になる。
でも今は、そんな過ちを繰り返す事なんてない。
中身が分かっているし対応策も打てる。
少なくても人の気持ちが込もった贈り物を破り捨てる様な過ちは犯さなくて済む訳だ。
「じゃあ、これにてHRは終わります。日直は、掃除が終わったら報告に来ること。いいわね」
そんな事をあれこれ考えている間に、ホームルームは終わり本日のお勤めは終了となった。
「プレゼントの中身見せてよ」
「何が入ってた?」
ホームルームが終わった途端、クラス中の男子が集まってきてと次々と質問を浴びせかけてくる。
全て記憶と同じ。
想定通りだ。
みんな何が入っているか気になるのだろう。
隣に座っていた佐藤さんでさえソワソワしているし
先ほどから突っかかってきた野村さんは、僕じゃなく佐藤さんをじっと睨めつけるように見ているし。
うーん、子供の心理は本当によく分からない。
まぁ、今はそんな事気にしている場合じゃない。
「この鉛筆の争奪戦やろうよ。ドッチボールで対戦して勝ったチームにこれ全部あげる。それで対戦しよう!その方が盛り上がるよね!」
僕はプレゼントに入っていたこの時代で大流行している対戦型鉛筆を広げ、そう提案した。
「おぉ~!」
男子は歓声を上げ、校庭に飛び出していく。
タダで対戦型鉛筆を貰えるチャンスを得たんだから当然の反応だ。
想像以上に単純。
素直すぎてなんだかこっちまで嬉しくなる。
まだまだこの年代の男子は単純で純粋なのだ。
「僕は日直だから、先に始めてて」
僕は景品の対戦型鉛筆を友達に渡しと遅れていく旨を伝える。
皆には悪いが、これで裏口からさっさと帰れば問題ないだろう。
それに、僕はその景品にまったく興味はない。
所詮鉛筆なのだから書ければ何でもいい。
当時はなんであんなに熱中していたのか自分でも分からない。
でも、これで残る問題はあと一つ。
“日直”という仕事だ。
さっき担任も言っていたが、日直は掃除が終わるのを見届け先生に報告する。
そんな義務があるのだ。
この際、少々面倒だか掃除を手伝って少しでも早く終わらせてしまった方が良い。
掃除が長引けば鉛筆の振り分けが終わった男子が戻って来る可能性が出てくる。
そうなれば、プレゼントの中身をまた探られる事態になりかねない。
そうなったら本末転倒。
鉛筆をあげた意味がまったく無くなってしまう。
(なら、さっさとやるに限る)
自分の忘れたい過去を書き換える。
忘れ去りたい過去を消し去る。
その思いを叶える為に僕は掃除用具を取りに向かった。