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「でね、それから」



相変わらずほぼ貸切状態の図書室で、僕と佐藤さんは雑談をしている。

ただ、正確に言えば雑談ではない。


主に佐藤さんが喋り、僕はたまに相槌を打つ。

そんな一方通行の会話だ。


少し意外だった。


それは、記憶の中の佐藤さんは大人しくてあまり喋らないイメージだったのだが、良い意味でその記憶は裏切られた。


人の記憶ってほんとあてにならないと思う。

でも、それは嬉しい誤解だった。



図書室では、昼休みに本を読んでいる生徒が数人いた。


だから、僕らはその人達の視線から逃れる様に、死角になる窓の傍の小さな本棚の裏。

その床に隣り合って座っている。

図書室に響かないような小さな声で会話する為に。


そんな声しか出せないから、必然的に顔の距離が近くなる。



「なんか、さっきの話本当に思えてくるね」

「ん?なにが?」

「直樹君が26歳って話」

「あー、ウソだよ?」

「そうだけど、なんだか今日はなんかお父さんぽい感じがするの」

「お父さん……」



予想外の言動がグサリと胸に刺さる。



「そんなにおじさんぽいかな……」



確かに……

小学生からすれば26歳なんてお父さんみたいな物かもしれない……。



「あ、悪い意味じゃないの。ほら、私お父さんいないから……」

「えっ?」

「あれ?知らなかった?」

「うん……ごめん……」



なんか触れてはいけない事に触れてしまった気がする。



「あはは……。気にしないで、私が2年生になった頃、お父さんが病気で死んじゃったから、こうやって男の人と二人で長々と話をした事があんまりないの」



佐藤さんは笑って見せる。

でも、それはただの強がりだって事位は流石に分かる。



「だからね、こうやって男の人と話すの凄く新鮮ていうか、久しぶりでついお父さんぽいなって思っちゃって……」



フォローしようにも口を挟むタイミングを逸して、僕は何も言えなかった。

ただ、沈黙が流れないように佐藤さんは話続けている。



「だから、いっぱい喋っちゃったっていうか……ごめんね……」



そういって、佐藤さんは視線を何もない床へと向けた。


辛いなら喋らなくてもいいよ。

そんな気の利いた言葉さえも出てこない。


子供の頃と変わらない。

僕は何もしてあげられない。



「それにね……結構……、お父さんがいない事をからかわれたりするんだ」

「え?」

「可哀想……とか、不幸だ。とか他にも色々。勝手に決めつけないでほしいよね。私は全然そんな風に思ってないんだから」



それは僕の想定を遥かに超えた話……だった。

それって、もう……イジメじゃないか……。


僕が小学生の頃、佐藤さんがそんな目に合ってるなんて少しも気が付かなかった。


でも、基本的に子供は残酷だ。

胸糞悪い話だと思うが、理解できない話じゃない。


いい意味でも悪い意味でも小学生なんてまだまだ純粋で、善悪の基準がまだあいまいなのだ。

だから、容赦なく人の痛い部分に踏み込むし、傷つける。



「もしかして、さっきの野村さんのも?」



佐藤さんが囲まれていたさっきの状況を思い出す。



「ううん。あれは違うの。でも、心配しないで。何か言われても気にしないから!」



佐藤さんは床に向けた視線を上げ、胸を張ってみせる。

その行為は、ただただ痛々しかった。



「ごめんね、変な話しちゃって」

「そんなことないよ」



僕は小さく首を振る。

それが僕の出来る精一杯だった。



「でもさ、私と仲良くすることで……直樹君まで被害が及ぶようなら私の事無視してくれていいからね?」

「えっ?」

「私の事は気にしないで平気だから。もう、慣れてるし」



そういった佐藤さんの声は、少し震えていた。



「きっと、私と仲良くすると直樹君まで迷惑をかけちゃうから」



震えた声のまま、薄く笑った佐藤さん。

なんで笑うのか理解できない。


子供の癖に。

沢山の我慢を抱えて無理をして……なんで笑っていられる。


馬鹿じゃないのか?!と本気で思う。


でも、それは佐藤さんへ向けた言葉じゃない。

僕自身にだ。


僕は子供の頃いつも佐藤さんと毎日顔を合わせていながら何も気が付けなかった。

それは、子供だから仕方がない事かもしれない。


それどころか、僕は佐藤さんの顔を見るのすら恥ずかしくて、恥ずかしさを誤魔化す為に仲間とイタズラをして……ちょっかい出して……からかって……。


その時の佐藤さんが、どんな気持ちだったか。

それを想像するだけで心が砕けてしまう。

本当に、有り得ない位最低だった。



「ごめん……」

「ううん、いいの。その方が直樹君にとって良い事だから」

「違うよ!!」



うわずった声。

自分でも分かる。



「もし、だ、誰か……」

「えっ?」



言葉が上手く紡げない。

言いたい事が口から出てこない。


気持ちばかり焦る。

ここから逃げ出したい。


そんな衝動に駆られてしまう。

恐らく、小学生の僕なら逃げ出していたと思う。


でも、それじゃあダメだ。

もう、僕は子供じゃない。


自分のした事の反省と責任は取らなきゃいけない。


僕はパンと顔を殴り、自分を叱咤し、呼吸を整える。



「今までちょっかい出してごめん。でも、もう辞める」



うん。

言葉はしっかりと紡げた。


でも、まだそれは最低限だ。



「僕がなんかが何が出来るかわからないけど。僕は佐藤さんの傍にいるよ。親の事で嫌な思いをしたら僕に言ってよ。絶対に守るって約束する」



佐藤さんの顔を見れば、目は大きく見開かれ、小さな口がポカンと開いている。



「だから、僕を頼ってよ。もしかすると、守れないかもしれなけど……一緒に虐められる位なら出来るから」



そこまで言って、僕は初めて足や手が震えている事に気が付いた。

尋常じゃない位、ブルブルと震えている。


たぶん、感情が限界を超えたんだと思う。

僕の体や心はまだまだ子供で、きっと僕の今発したキザなセリフに耐え切れなかったんだ。



「あ、ありがとう……」



佐藤さんは、顔を真っ赤に染めながらうつむいてしまう。


そのまま。

俯いたまま……佐藤さんの手が、僕の震えた手そっと添えられる。



「えっ!!」

「声大きい……」

「ご、ごめん」



思わず大声を上げてしまった僕を、佐藤さんが責める。

ただ、その顔は赤く相変わらず俯いたままだけど。



「でも、ありがとう」

「ううん……、なんかごめん……」

「何で謝るの?」

「分かんないけど、僕……限界っぽい」

「ふふ、私もだよ」



不意に目が合った。

それはとても綺麗な潤んだ瞳だった。

……きっと僕も同じ目をしてるんだと思う。


熱くなりすぎた僕の手を握りながら、佐藤さんはふっ笑う。

その潤んだ瞳を細めながら。



(あ……)



その瞬間、僕の胸の中で何か得体の知れない物がパァンと音を立てて弾けた。

なんていうか、その笑顔が……凄く可愛くて……愛おしかったからだ。


窓から差し込む光に透けて輝いている髪やまつげ、少女特有の透明な肌や瞳。

その一つ一つが、触れば壊れてしまう位繊細で儚い物に思えて仕方なかった。


……きっと、これが初恋なんだと思う。

同じ人に2度の初恋だ。


どうやら僕の感性は、子供のままで。

様々な経験から得られる余裕そういった物はまったくない。


ただただ、胸の奥がきつくきつく締め付けられる。


忘れていた。


ただただ、好きな人を見つめていたい。

そんな純粋な感情。


こんなのもう……とっくに忘れ、捨て去ってしまっていた。


これはきっと、経験や成長と共に消えてしまう。

本当に純粋な思い。


……なんだと思う。



「ねぇ、このまま喋ってても良い?」

「うん。私も喋っていたい」



溶けてしまいそうな手をきつく握り返し、僕らは一分一秒を惜しむように、どうでも良い事を話し続け、そして笑いあった。


ただ一つの本当に純粋な感情。

“この人と一緒にいたい”

その思いを叶える為だけに。



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