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1-5


「では、問題解けた人から休み時間に入っていいわよー。但し、廊下に出ない事」



30代後半位のメガネをかけた小柄な女性が生徒に指示を出す。

このクラスの担任だ。

どちらかというと優しい先生なのだが、怒ると非常に怖い。

先生自身も2児の母なのだから当然と言えば当然かもしれない。



今は、2時間目の算数の時間。

計算ドリルと呼ばれる計算問題だけが並んだ教科書を数ページ解いたら休憩していい。

そんな素敵な提案が先生から発表されていた。


生徒に“休み時間”という餌をかかげ、授業に集中させるつもりなのだろう。

集中力の低い子供には適切な配慮だと思う。


それに、この配慮は僕にとって凄くありがたい事だった。

色々と考えたいことが山程あるのだから。


それに曲がりなりにも大学卒の社会人なら、問題を解く速度は小学生とは比較にならない。

分数程度の計算なら暗算で数秒で解ける。


大人が本気を出せば子供の……

小学校の授業レベルの問題なんてお遊びだ。


それなら、もうやることは決まっている。



(すぐに終わらせて、ガキどもに世の中は平等ではない事を教えてやる!)



そんな邪心を動力源に、一つの問題を2~3秒のペースで解く。

そして、先生の指示から数分後には全ての解き終え、僕はそっとドリルを閉じた。


これで落ち着いて考え事が出来る。

そう思った直後だった。



「先生、もう直樹君終わったみたいです」



その淡い期待は前に座っているあの女子によって簡単に打ち砕かれた。

さっきも絡んできた野村とかいう女子だ。



「凄い早いよねー。カンニングとかしなきゃ無理じゃない?いつもは、ほとんど終わらないのに~」



わざわざご丁寧に僕の方へ体を向けて挑発してくる。

流石にこの素敵な配慮にはイラッと来る。


ていうか、僕がドリルを終わった所をいつ見てたんだ?ずっと監視してたのか?

そこまでして嫌がらせがしたいのか?こいつは?



「ちょっとドリル見せてくれる?」



いつのまにか隣まで先生が来ていた。

不味い……

ここで断る訳にもいかない。


ドリルには、一切計算の途中式が書かかれていない。

暗算で解いたことが裏目に出てしまった。


しかも、全ての解答は個人で確認出来るようにドリルの裏に記載されている。

そして何より、僕は超が付くほどの問題児だということだ。


これだけの事実が揃えば……やっぱり。



「写したの?」



先生の一言。



(そうですよね……)



当然だ。

日ごろの行いを鑑みれば、僕が先生でも同じ結論を出す。


それに、本当の事なんて言える訳がない。

信じてもらえない所か、嘘つき扱いで滅茶苦茶怒られると思う。



(なんていうべきか……)



なんとかして納得して貰う理由を考える為に、少しの間沈黙してしまう。

それを、先生は悪いことを隠す子供の仕草と捉えたのだろう。



「どうして、カンニングなんてするのかな?」



少し呆れた様子で再度質問してくる。

……駄目だ。

日頃の行いが悪い分どう考えても言い逃れ出来ない。



「あの……」



隣からの遠慮がちな声がする。



「見てましたけど、直樹君カンニングとか一切してませんでしたよ?」



佐藤さんが予想外の援護をしてくれたのだ。

その言動が野村とかいう女子の野次馬魂に再び火をつける。



「わ~、佐藤さん庇うんだ~。なんだかすごく仲良いよね~。もしかして本当に出来てたりするの~?」



ワイワイと騒ぎ立て、それに便乗するようにクラス全体が盛り上がる。



(……ムカつくな。クソガキが!)



本気で腹が立ってくる。


配慮のない下らない発言。

それがこんなにも人を苛立たせるなんて、思いもしなかった。


案の定その下らない発言のせいでクラス中から僕と佐藤さんが注目の的になってしまった。

色々な所からヒソヒソと話声が聞こえてくる。


何を言っているか正確には分からないが、だいたい想像がつく。

別に子どもの戯言に付き合う気は毛頭ないし、どんな噂されても僕は全く構わないのだが佐藤さんは違う。

耳まで真っ赤にして今にも泣き出しそうだ。



「静かに!休み時間取れなくてもいいの?!」



先生が反論を許さない大きな声で一喝する。

事態を大きくしない為の配慮だろう。


それはとても効果的で、皆直ぐに黙り作業に戻っていく。


静かになったクラスで、先生は僕にもう一度ドリルを計算式を書いてやり直すように指示を出した。

ここで食ってかかるのも得策ではない。

そう判断し、僕は大人しく先生の言う事に従う事にした。


授業中なのも幸いしたのか、それ以降大きな騒ぎにもならず、散発的に発生するヒソヒソ話も時間と共に収束していった。



「はぁ……」



また溜息が漏れてしまった。


なんていうか……小学校ってこんなに面倒なところだったろうか?と思ってしまったからだ。

昔の記憶では、楽しい事だけしかなかったように思う。


だけど、子供は子供のルールや社会がありその中で生きていかなければいけない。

楽しい事だけではなく、嫌な事、ムカつく事、そういった物も数多く存在する。

ルールや責任の重さが変わるだけで、根幹的な部分では大人とそうたいして変わらない。


結局、子供の頃の楽しかった思い出なんて嫌な部分はそぎ落とし、良い部分だけを美化して記憶しているだけなんだと。

そう思わずにはいられなかった。



------------------------------------------------------------------------------------------------



(さて、どこいきましょうかね)



今は、2限目の算数が終わり待ちに待った休み時間だ。

小学校では、50分の授業を二つこなせば何かしら大きな休憩が入ってくる仕組みになっている。


小学生の集中力を考えての処置なんだろうが正直ぬるいと感じてしまう。

でも、そのぬるさも今はありがたい。

他人に邪魔されずに落ち着いて考え事が出来る時間が出来たのだから。


とりあえず何処か一人になれる場所を探した方が良い。

じゃないとまた何か思いがけない事で時間を占有されてしまうに決まっている。



「今日は外行かないの?」



佐藤さんの声。

視線を隣に移せば、佐藤さんは休み時間に読むと思われる本を出している所だった。



「ん?あぁ……今日はちょっとね。」

「体調悪いの?なんだか、いつもより静かだし」

「あはは……静か……ね」



その言葉から、僕の普段の行動が大体想像出来る。

なんだか情けない気持ちになる。


でも、確かに大抵の男子は20分休みに入ると、我先にとボールの争奪戦を行い外へ飛び出していく。

これが、男子の休み時間の使用法でいつもの僕も例外ではなかった。


女子はと言えば、半分は外で遊び残りは教室で雑談したり各自思い思いの事をしているのが通例だ。

そういう背景を踏まえると、確かに今日の僕の行動は異常かもしれない。



「佐藤さんこそ、外に遊びに行かないの?」

「うん。ちょっと読みたい本があるから。」

「そっかー」



そんな何でもないやりとりをしていると、あの野村とかいう女子とそのとりまきが僕らを見ながらコソコソ相談しているのが目に入った。


たぶん、さっきの事で佐藤さんと僕をまたからかう気なんだろう。

執念深いというか、暇だというか……そのマメな行動力には感心してしまう。


誰もいない所で一人黙々とこの状況について考えるつもりだったけど、このままでは残された佐藤さんがロクな目にあわないのが容易に想像出来てしまう。



「佐藤さん」



僕をかばったせいでこういう事態になったのだ。

それをそのまま見逃すことは流石に出来ない。



「僕も読みたい本あるから一緒に図書室に行かない?」

「えっ?」



佐藤さんは一瞬驚いた表情を見せ、間を開ける。

……嫌だったのかな?



「うん!いいよ!」



ただ、次の瞬間には、とびきりの笑顔と共に快い返事をしてくれた。



(……えっ?)



突然、僕の胸が跳ねた。

佐藤さんのとびきりの笑顔を見たせいだ……。


その衝撃は、僕の初恋の人への当時の気持ちをありありと蘇らせてしまい……

何か内側から押し出されるように、胸が焦がれる様な切ない気持ちがせりあがってくる。



(あれ……?いや、違うよ?これは、子供に対して可愛いとか思う奴で、そういうのじゃないよ?)



僕は自分の気持ち必死に追い出すように、首を真横に大きくブンブンと振って否定する。

その胸から溢れる気持ちがどんな感情であるか理解しているから。

もし……こんな感情を小学生相手に抱くようであれば僕は完全なロリコンだ。



「どうしたの?」



佐藤さんは、そんな僕の様子を不思議に思ったのか心配そうに尋ねてくる。

しかし、一度考えたら最後。

その疑念は容易には晴れてはくれない。

次から次へと色々な疑惑が浮き上がってくる。

僕は、その疑惑を俯きながら小声でブツブツ否定する。完全なる不審者だ。



「大丈夫?」



そう言って佐藤さんは、今度は下から僕の顔を覗きこんでくる。

そんな不意打ちに、また胸が高鳴ってしまう。



「違うよ!お兄さんは、そういう趣味はないからね?」

「えっ?なにが?」



佐藤さんは、キョトンとした表情を浮かべ首をかしげる。



「本当に大丈夫?」



そんな他愛もない仕草が、どんどん僕の疑念に拍車をかける。



「大丈夫ですーー。何でもないですぅーー」

「あはは、変なの。」



佐藤さんは、目を細めて楽しそうに笑いかけてくる。



「じゃ、じゃあ、先に図書室に行って席取ってるね」

「あっ、うん!」



もう、多少無理やりだけど、席を立ち図書室へと向かった。

疑惑が確信に変わる前。



(26歳が11歳に……いや違う。子どもに対しての可愛いって奴だから。絶対そうだから。)



図書室へ移動する間、僕の心の中では訳の分からない葛藤が続いていた。

はたから見れば同い年の子供同士で問題はないのだが、気が動転してまったくその事まで頭が回らなかった。



(そう、だから養子にしたいとかそういう感情で……養子にする手続きが煩雑だからこうやって否定しているだけだから)



結局、別のベクトルで回転し始めた頭は、そのままドンドン間違った方向へ突っ走っていき、暫くの間その無駄な回転をやめる事は無かった。


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