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1-4



ムスッとした表情を隠さずに僕は小学校の自分の席に座っている。


いくら久々でもそう何度も頭を叩かれたら良い気分はしない。

ロクな目に合わない家を早々に出て学校へとやってきたのだが、そこからまた大変だった。


残念な事に10歳そこそこの記憶なんて殆ど消えていた。

おかげで、クラス、自分の席は何処?など直ぐに解決しなきゃいけない問題が山のように発生したのだ。


クラスは自分の教科書とノートに書いてあり、席は幸運にも黒板横の掲示板に座席表が張り出されていた。


そういった小さい幸運の積み重ねのおかげで、こうやって無事に自席に座っていられる。


本来ならそんな下らない事に時間を取られたくはなかった。

考えなきゃいけない事が行列を作って待っているのだから。



「はぁ……」



思わずため息が漏れてしまった。

これからの事を思うと、気が滅入ってしまう。



「大丈夫?なんか顔色悪いよ?」



隣から声をかけられた。

反応するのも面倒だけどここで無視する訳にもいかない。


一応、ここは学校。

無視してイジメだとか言われたら堪ったもんじゃない。


仕方なく声の主の方へゆっくりと顔を向ける。

そこには一人の少女がいた。


肩まで伸びた髪、小さく整った顔や薄くて淡い色の唇。

真ん丸とした瞳や幼いながら上品に整った鼻筋。

名前は佐藤美紀。

確か……僕の初恋の人だ。



うん。昔の僕が恋してしまうのも、分かる気がする。

確かに可愛いや。


噂程度だけど、この子は大学卒業後、保母さんになる為に別の大学に入り直し、その夢に向かって努力している最中だと聞いたことがある。

それに、すごい美人になっているとも。


確かに改めて見ると“ああ、なるほど”と納得してしまう。

やっぱり美人になる子は、子供の頃から可愛いのだ。



「どうしたの?」

「ああ……考え事してたんだ、心配してくれてありがとう」



そんな思いを隠し僕は冷静に会話をする。

精神的に大人だから出来る芸当だ。


僕が当時……いや、年相応の精神年齢だったら、ロクに会話出来ないどころか頬を赤らめて黙ってしまっていただろう。

それくらい当時の僕は初心だった。



「そうなんだ。でも、もし何か困ったことがあれば力になるから相談してね」



ありがたいことだけど……子供相手に相談する気なんてさらさらない。

むしろ子供に心配されるなんて情けなく思えてくる。



「ありがとう。優しいんだね」



僕はこれ以上惨めな思いはしたくないので、会話はここまでだという意味を込めて社交辞令のお礼と笑みを浮かべる。


嫌な大人の知恵だ。



「そんなこと……ないよ。」



佐藤さんは、そんな僕の意図には気が付かず発言をそのまま……言葉通り素直に受け取ったのだろう。

恥かしがって下を向きながら小さく返事をする。

そんな初々しい反応を見るとズキリと胸が痛む。



「朝からラブラブだねぇ。いつから二人は付き合ってるわけぇ?」



今までのやり取りを見ていたのか、前の席に座っていた女子が嫌な薄ら笑いを浮かべてこっちを見ている。

おかっぱでメガネをかけた女の子。

たしか、野村とかいう名前だったと思う。


子供の頃、男女が少しでも仲良くするとクラスに一人は必ずこうやってからかってくる奴がいた。

面倒な奴だと思うが、昔は僕もからかう側の人間だったのでいまいち怒れない。

だけど、からかう側の人間だったからこそ分かる事もある。 



(こういうのは無視を決め込むのが一番だ。)



一時的には油を注ぐことになるが、長期的に見れば一番無難な方法だと僕の経験が教えてくれている。

当時の僕を含めてだが、ああいった連中は必死になるリアクションを見て楽しんでいるだけなのだから。



「あなたには、関係ないでしょ?」



ただ、僕のそんな思惑なんて佐藤さんは知る訳も無く

顔を真っ赤にしながらキッと野村さんを睨めつけていた。



(ぉー……さっきとなんか雰囲気違うな……)



佐藤さんからトゲトゲしいというか、他人を拒絶する様な雰囲気が感じられる。

なんでだろう、自分も関係してるのになんか他人事みたいだ。


まぁ、子供の痴話げんかなんて特に気にする必要もないからだろう。

ていうか、喧嘩するなら余所でやれ。余所で。



「キャー、こわ~い。関係ないってどういうことぉ~、何?本当に出来ちゃってるわけぇ~?」



案の定、佐藤さんの行為は野村さんの野次馬魂に火をつけてしまった。

人を小馬鹿にしたような態度でさらに挑発してくる。


正直、めんどくさい。

子供の痴話喧嘩なんて本当にどうでも良い。


だけど、僕は知っている。

この騒ぎが周りに飛び火してもロクな事にはならない。と


周りから下手にからかわれて自分の時間を奪われる事にさえなりかねない。

勘弁してほしい。

余計な荷物をこれ以上増やされたら堪ったもんじゃない。



「そうだねぇ、佐藤さん位美人ならこっちからお願いしたいよ。でも、野村さんも負けない位可愛いから、よかったら僕と付き合ってみる?」



僕は言った。

両者に配慮しつつ適当にはぐらかして問題をうやむやにしようと試みたのだ。



「えっ……」



野村さんは、僕の言葉に戸惑い言葉を失ってしまった。


そんな野村さんの様子を見て少し安堵する。

どうやら、この試みはある一定の成果があったみたいで、これ以上問題が大きくなる事はない。と思う……。



「あはは、冗談だよ。僕みたいな奴が付き合える訳ないよね」



そういうと二人は完全に黙ってしまった。

こんな風に平気で嘘をついてごまかすなんて当時の僕には出来なかったが、今の僕なら嘘の一つや二つ簡単につけてしまう。


大人になれば誰しもが大小関わらず嘘をつく。

その経験の賜物だ。


そう考えると、大人になるという事は嫌な事だな。

と変な所で実感してしまう。


その時、ガラガラと扉を開ける音が響き、先生が教室へ入ってきた。

いいタイミングだ。


これでこれ以上話が広がることは無い。

とりあえずこの問題は終わりだ。


でもなぁ……と僕は思う。


なんだか、今のやり取りを見る限り今日一日平穏に過ごせる気がしなかった。

子供の頃は、男女で会話すれば他人からからかわれ、帰ろうものなら親に連絡。


平穏無事に過ごそうとしても、周りがそれを許さない環境。

子供の頃なんて楽しい思い出しかなかったはずなのに、いざ経験してみると実社会と変わらない。

色々な制約が満載だ。


そう考えるとゆっくりと自分の時間を取れるかすらあやしい……。

その事実が僕を暗い気持ちにしてしまう。


でも、クヨクヨしても仕方ない。

切り替えが大事!


うん、仕事でミスした時だってそうだ。

いつまでもウジウジしている訳にはいかない。

どんな時でも時間は平等に進んでいく。


そう心に言い聞かせぞんざいな扱いを受けてボロボロのランドセルから、一時間目の国語のノートと教科書を取り出す。


ただ、そこには現代アートと間違える位、前衛的な作品が描かれたボロボロのノート。

何を意図しているのかさえ分からない神秘に満ちた抽象画が描かれ、もはやまともに解読すら出来ない教科書。

この二つのアートがあった。

その芸術作品は、たった今僕が決意した思いを無残にも打ち砕いていく。



(何このノート……ふふ……超問題児じゃん、僕)



僕は、自分の小学校時代にしてきた事を思い出してしまった。

遠い昔に黒歴史として封印したはずの数々の思い出。

そして、引き起こしてきた数々の愚行。


そう……僕は贔屓目に見ても”普通の生徒”では無かったのだ。

子供の頃にしてきた行いを鑑みれば……今日という日を平穏無事に過ごせる訳がなかった。


問題をおこさなかった日の方が圧倒的に少ないのだから。

その事実を思い出した僕にできる事は、薄らと涙を浮かべ何事もなく時間が過ぎていく事をただただ祈る。


そんな事しかできなかった。


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