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1-3

“ジリリリィィ”

けたたましい機械音が布団の横で鳴り響く。



「う~……」



……朝は苦手。

僕は目を瞑ったまま鳴り響く目覚ましを叩くようにして止める。


起きなければいけないのは分かるのだが、どうしても毛布の誘惑には勝てない。

毎夜寝る前に“明日こそは早く起きる。”と誓うのだけど、それが実行された事は一度もない。


結局”後少しだけ”という言い訳をして、毛布を頭までかぶりゆっくりと目を閉じる。

これが僕の朝の恒例行事。



「ねぇ、いつまで寝てるつもり?」



口調こそ穏やかだがかなり強い怒気をはらんだ声が毛布の外側から聞こえた……と思う。

次の瞬間“バサッ”という音と共に、被っていた布団が強制的にひっぺがされ“パァンッ!”と僕の頭を平手で叩く音が部屋に響いた。



「何すんだよ!」



叩かれた頭がジーンと痛む。

痛みのあまり涙目になりながら、平手が飛んできた方を見あげる。


そこには鬼の形相でたたずんでいる女性がいた。

僕の母だ。



「さっさと起きろ」



母は一言だけ反論を許さない威圧感を纏いながら言い放ち、忙しそうに台所へ戻っていく。



「うるさい。バーカ」



僕は、引っぺがされたシーツを手繰り寄せながら小さく消え入りそうな声で文句を言う。

絶対に母には聞こえないように。


それが僕に出来る精一杯の抵抗。

その時、布団の近くに落ちていた円形の金属の塊が手に触れる。



「痛っ」



“バチッ“っという音と共に、静電気の様な鋭い痛みと青白い光が走る。

その鋭い痛みのせいで、目が完全に覚めてしまった。



「……まだ寝てても問題ないのに」



そうは言っても目が覚めてしまった物はしょうがない。

僕はブツブツと文句を言いながらたぐり寄せた毛布をたたもうとするが、ふとある違和感に気が付いた。



(あれ?なんで毛布なんて畳もうとしているんだ?)



僕は一人暮らしをしている26歳の会社員。

毎日ベットで寝起きを繰り返し、毛布とかはそのまま……。

こんな風に毛布畳む習慣なんてない。


子供の頃は、ベットなんて無かったのでよく毛布や敷布団を畳んでいたりはしたが……。



「え……」



眠っていた頭も徐々に普段の思考回路を取り戻していく。

そして、今感じている違和感……つまり周りの異常性に気が付いてくる。


有り得ない……全てが有り得ない。

何度も言うが、僕は一人暮らしをしている26歳の会社員。


独身で彼女も無く今日も会社に行きただ退屈でキツいルーチンワークをこなす。

そんな何処にでもいる普通の男だ。


それに、母はここから遠く離れた実家にいるはずで、物理的に母が僕を起こすなんてありえない。

だけど、実際に母はさっき僕の頭を叩いて僕を起こした。

この見覚えのある懐かしい場所で……。


コンクリートにペンキを塗っただけの粗末な壁や薄汚れた木目の低い天井。

落書きやお菓子のシールが張られた木製の箪笥、荷物置きにしかなっていない子供用の勉強机……。

僕が子供の頃住んでいた家だ。



今ではもう取り壊され存在しないはずの集合団地の一室。

自分でも信じられないが、僕は今まさにそこにいる。


これだけの事実が重なれば、誰でも今の状況について一つの結論を出すはずだ。

よく映画とか……であるような。



「子供の頃に……戻っている?」



そんなバカみたいな事を口に出してしまう。

そして口に出せば出す程、現実離れした出来事に呆れてしまう。


そんな有り得ない状況を目の当たりにし、ただただ呆けていると見慣れない物が一つ枕横に落ちているのに気が付いた。


さっき触った円形の金属の塊。

昨日買った……いや、正確にいえば26歳の僕が休日にたまたま行ったフリーマーケットで貰った年代物の懐中時計だ。


もし、僕が子供の頃に戻っているのなら、これがこんな所にあるのは有り得ない。



「なるほど、夢だな」



過去の出来事と現在の出来事がごっちゃになっている。

最近仕事で徹夜が続いていたし、細かい嫌味などで精神的にも相当疲れていたのだろう。


夢の中での出来事だとしても、今は寝ていた方が良い。

疲れているんだ。

それに、夢の中でもまだ寝ていられるのは幸せだ。


数時間後には、仕事という地獄が待っているのだから、今は……今だけは寝ていられる幸せを謳歌したい。

まるで奴隷の様な思考回路だ。


でも、それは僕の心からの本音。

やっぱりギリギリまで寝ていたい。


だから、僕は再び毛布を被り、目を閉じる。



「いい度胸だな……」



抑揚のない静かな声が聞こえた……と、思う。

同時に“ガッ!”という音と共に鈍い激痛が頭を襲う。



(グーだ、間違いなくグーだ!)



痛みの具合と音で確信する。

その理不尽な痛みを引き起こした人物へ僕は批判の目を向ける。



(いくら親でも暴力はいけない!)



そんな文句を言おうとしたが



「早く来い」



上からの鋭い目線。有無をいわせない圧力。



「はい!」



そんな光景を目の当たりにし、出てきた第一声がそれだった。

母への恐怖は、なによりも優先されるらしい。


僕はよく訓練された兵士の様に居間へ向かった。

眠気や文句など微塵もないしっかりとした足取りで。


それに、有難いことにジーンと痛む頭が見事に夢の可能性を打ち消してくれていた。



--------------------------------------------------------------------------------------------



(うーん、夢ってわけじゃないのか……)



用意された朝食を頬張りながら現在の状況に関して色々と考えを巡らす。


起きたらすでに朝食が出来ている。

そんな、幸せな状況にいちいち感動している暇や余裕はない。

なんせ自分の体が明らかに子供のそれだったのだから。


普通に考えれば過去に戻ったとしか思えない。

よく本や映画では見るが、実際に遭遇するなんて考えてもみなかった。

こんな有り得ない状況に出くわして余裕などある訳がない。


ただそんな状況下でも、母親に怒られると条件反射で“ビクッ”としてしまう自分が少し可笑しかった。


これは、子供の頃に培われた条件反射の一つなのかもしれない。

母親から大声で怒鳴られた事なんて、中学を卒業して以来十年以上経験していない。

でも、久々に経験してみてあれ程の脅威を持った物だとは思ってもみなかった。


間違いなく部長クラス。いやそれ以上だ。

昔、親が怖くて怖くて仕方なかった事を今更ながらに思い出す。


もしかしたら仕事で部長や課長から怒られても”まぁ、仕方ないか。”で済ませられるのは母の教育?の賜物なんじゃないか?

そう考えると親から叱られる事は、社会に出る上での必要事項の様な気もする。



「ボケッとしてる暇があるなら、さっさと学校へ行け!」



そんなどうでも良い事考えている様子が気に障ったのか、再び怒られる事になってしまった。

どうやら母は、何時になっても学校へ行く用意をしない事が不満らしい。


本来なら学校なんか休んででも現在の状況を考えたかった。

だけど“休みたい”なんていったら“グー”じゃすまない。と僕の防衛本能が警告している。


状況を説明しても、まぁ……理解してもらえないだろう。

どうせ学校を休むための嘘程度にしか思われない。

逆の立場なら僕でも同じ判断する。


結局、僕は学校へ行くしか選択肢がない訳で……。



「母さん!」



でも、その前に最低限確認しておくことがある。



「なに?」



母は台所で洗い物をしながら視線も変えずに答える。



「僕の名前は、大矢直樹でいいんだよね?」



名前や年齢などの基礎情報の確認は必須事項だ。



「はい……?」



何を言ってるの?という感じで洗い物をしている手を止め顔を僕に向ける。

どうやら間違いではないらしい。



「年齢は?」

「10、いや、11歳でしょ……?」


なるほど、僕は11歳の頃に戻ったらしい。

学年で言うと、小5、か小6か。



「大丈夫……なの?」



あれ?母は少し心配そうな顔をしている。

もしかして、僕の異常を察してくれている??



(これならイケるか?)



僅かな希望が僕の胸に宿る。

それなら!と思い、僕は賭けに出た。



「母さん!今日学校休みたい!」

「そういうことかーー!」



母の叫びと“パシィィン“という、朝から数えて三度目の鞭が僕の頭にとんだ。


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