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3-3



「ねぇ……起きなさいよ」



何度も体を揺さぶられせいで、なんとか重い瞼をあげることが出来た。



「あんたよくこのクソ暑い中寝てられるわね」

「うーん?」



頭がぼーっとする。

なんだろう……何年も眠っていたのに急に起こされた。

そんな感じがしてしまう。



「ここは?」

「はぁ?あんた何寝ぼけてるの?」



あぁ……そうだ。

ここは大きな公園内の一角。


近くの木からセミがジィージィーと何かに追われるように必死に鳴く声が聞こえ

目の前のアスファルトからは陽炎が立ち上がり奥の木や建物をゆらゆらと揺らしている。


その焼けたアスファルトから立ち上がるまとわりつくような熱気で、私の上着はじっとりと汗で濡れていた。

これで、日除けのパラソルが無かったら熱中症で倒れていてもおかしくない。


そんな暑い夏の日。

こんな状況でよく寝ていられたと私自身不思議で仕方ない。



「まぁ、いいけど。交代の時間までは起きてなさいよ」

「はーい」



返事をしながら“ふぁー”と、大きな口を開けてあくびをしてしまう。



「あんたさぁ、誰もいないからって……口くらい隠しなさいよね」

「はーい、はい」

「はぁ~……あんたと私は周りより年上なんだからね。少しは自覚もちなさいよ」

「ごめんなさいー」



頭がまだぼーとするが、別段気にするほどでもない。

たぶん暑い中寝てしまったそのせいだと思う。



「しかしさぁ、何もこんな真夏にやらなくてもいいと思わない?」



隣に座っている夏美はうんざりとした様子で言った。



「夏美は名前と違って夏が苦手だからねー」

「好きで付けた名前じゃないからね。夏が苦手でも仕方ないでしょ」



夏美は、ゼミの全員が感じているであろう不満を漏らしながら、近くのクーラーボックスからお茶のペットボトルを2本取り出す。


私はその一本を受け取り火照った頬に当てる。

冷えた水滴がとても心地よい。


私達は今、大学のゼミの活動をしている。

ゼミのメンバー全員でいらなくなった私物を持ち寄り、それを公園内のフリーマーケットで販売しそこで得た利益を恵まれない子供達への寄付をする。

そんな活動だ。


一応皆、自主的に参加している事になっているが、教授からの“今年もやるぞ!”という強大なプレッシャーにゼミのメンバー全員がしぶしぶ付き合っているというのが本当の所。


ここで稼いだお金の使い道なんて末端の学生には分からないし、モチベーションなんて0に近い。


でも、ここで不参加になると卒論の判定が厳しくなるという噂が、まことしあかにささやかれ、結局誰一人欠ける事無く参加することになってしまった。


販売している物は特に珍しくはないのだけど……

女子大生が売っている。というだけで箔がつくみたい。

何に使うの?と思う様な謎の物体も意外と売れていくから不思議。


でも、私と隣にいる夏美は、一度別の大学を卒業してから、もう一度学校へ入り直しているので、純粋に女子大生と言われるのにはちょっと抵抗がある。


ただ、今は突き刺すような日差しと肌にまとわりつくような熱気が、つばの大きい帽子を私たちにかぶせ、その帽子の影が顔を隠してくれているおかげで、バレる事は今の所ないみたい。


ただ、その暑さが客足まで遠のけてしまい。

今は眠りこけてしまう程暇だったりする。



「まぁ、今年で最後だし。今日を乗り切ればもう2度と参加しなくて済むと思えば、多少は気が楽じゃない?」

「それもそうねー」



夏美も同意見みたい。

私だってこんなのもうやりたくない。



「あれ?これ美紀の?」



ふと夏美が、商品が並んだ青いビニールシートの上を指さす。

そこには薄汚い円形の金属があった。



「んー?なんだろ?」



見覚えのない物。

事前にチェックした時にはこんなもの無かったはず。

どこからか紛れ込んだのかしら。



(調べれば名前位書いてあるかな?)



そんな軽い気持ちで円形の金属物に手を伸ばす。



「いっ!」



その金属物を持ち上げた瞬間、パチッっと青白い光が発生した。

その静電気の様な痛みのせいで、その金属物は手の中からするりとこぼれて再び売り物が並んだ青いシートの上に落ちて行った。


ただ、その青白い光と共に、目には見えない色々な情報が入ってきた。

沢山の記憶、感情、思い出……全てが溢れんばかりに蘇ってくる。



そうだ……これは全部私が経験した物。

私の一番大切な記憶。


それに……これは……

私の大事な人が置いていった大切な時計。


思い出して……しまった。

あの日。


遊園地の事故以来、私は病院で意識もなく寝たきりの生活を送っている……はずだった。


でも、今こうして何不自由ない生活を送っている。

自分の足で、声で自分の人生を生きている。


貴方が言った通り保母さんになるという夢に向かって歩いている最中だ。


でも、何でだろう。

夢に向かって歩いている最中なのに、自分で人生を決めて真っ直ぐ歩いているはずなのに、全然幸せに思えない……。



「……嘘つき……」



貴方への本音が漏れてしまった。

同時に、大粒の涙がこぼれてしまう。



「え?ちょっと……どうしたの?」



夏美はそんな私の様子を目の当たりにして困惑している。



「なんで……もない……よ」



涙を堪える事も諦めて、ただうわごとのようにささやくのが精一杯だった。



「ちょっとまってて、今交代の人呼んでくるから。」



たぶん、この日差しと熱気に耐えられなくなったとでも思ったんだろう。

そうじゃない。

貴方が私の為にしたことを知ってしまったせい。


ふざけないでほしい……。

確かに私は寝たきりだったけど、貴方が言ったこと全部聞こえてた。


貴方が、あの日以来どんな風に感じて生きてきたか分かってしまった。


恨むかもしれない?

恨むに決まってるじゃない。


でも、それは事故を引き起こしたからじゃない。

貴方一人が犠牲になって私が幸せになれると思っていた事。


そんな事を考えていた事実が、何よりも腹が立つし、恨めしい。

なのに……貴方は、文句の一つも言わせてくれない。


私の為に命を懸けてくれた人に、言いたことが山ほどあるのに。


貴方じゃなきゃ、ダメ……って、伝えたいのに。


私は声すらかける事が出来ない。

ねぇ、私はどうしたらいいの?

私のこの気持ちを誰にぶつければいいの?



「あぁぁぁ………」



嗚咽が漏れてしまう。

貴方が私の事を大切に……何よりも一番に思ってくれてたことは凄く嬉しい。


なら、待っててほしかった。

私を信じて待ってて欲しかった。

例え、5年、10年かかってでも。


私は、貴方がいない幸せなんて欲しくは無いよ。

私の幸せは、貴方と同じ。


貴方と一緒に、未来を歩いていくことなんだよ?

それに、どんなに幸せなステータスや地位が手に入ってもね、隣に貴方がいなきゃ意味ないんだよ?

どうして……それを分かってくれなかったの……。



「すいません」



声が聞こえる。

客だろうか?

勘弁して、今はそれどころじゃないから。



「すいません~!」



もう!五月蠅いって!

乱暴に涙を拭い顔を上げる。

今精一杯で、それどころじゃ……



「あの、それって、売り物ですか?」



(えっ……!)



文句を言おうとして顔を上げた先に……。

貴方が……いた。


本当に驚いたときっていうのは、声すらもでない。

ただ、そんな人の気持ちは露知らず目の前の貴方は、呑気にシートの上に落ちた懐中時計を指さしている。



「え?あっ、これは……」



いっぱい伝えたいことが……言いたい事があるのに、なんて声をかけていいかわからない。

そうだ!!私の顔を見てくれればきっと気が付いてくれる。


また、一緒に笑いながら話す事が出来る。

そう思い私は被っていた帽子を慌てて取る。



帽子をとった次の瞬間、きっと貴方の喜ぶ表情が見れる。

そう信じて。



「売り物じゃないんですか?」



帽子を取った私を見て貴方は言う。

その一言が、私の微かな希望さえも取り去ってしまう。


彼は私の事覚えていない……。

その事実を容赦なく突きつける。


もう、貴方は……私の知っている貴方じゃない。



「あぁ……えっと」



返事なんて出来る訳がない。

私の知っている貴方は、やっぱり……もうこの世界にはいない。


目の前にいる貴方は……まぎれもない本人だけど……別人。

このままだと、彼が私に気が付いてくれることは……もう……ない。


でも、やっぱり私はそんな簡単に諦められない。

もしかしたら、この時計を彼に渡せば気が付いてくれるかもしれない。


私の記憶が戻った様に、彼の記憶も戻るかもしれない。

どうしても、そう……考えずにはいられなかった。



「一つ聞いても良いですか?」



でも、その賭けは凄く危険な物だと思う。

もしかしたら、この時計を渡す事で、彼が命を懸けてまで守ったものが全部無駄になってしまうかもしれない。


貴方が命を懸けてまで変えた今を壊してしまうかもしれない。

だから、一つだけ確認したい。



「はい、いいですよ」



そう答えた貴方は、爽やかに笑いかけてくる。

それが凄く気持ち悪い。


そんな他人行儀の笑顔、私を傷つけるだけだって分かれ。バカ。



「今、幸せですか?」



今の貴方が幸せなのであれば、もう私の出る幕じゃない。

貴方は私の知っている人とは……もう……別人なのだから。



「あぁ……えっと……」



貴方の困った様な顔は全然変わらない。

その表情一つで何を考えているのか、感じているのか分かってしまう……。

きっと、なんかあやしい勧誘とかだと変な勘違いしているに決まってる。



「違います。ごめんなさい。変な意味じゃなくて」



そう言った途端、貴方は安堵の表情を浮かべる。

もう、本当に分かりやすい。



「この時計を売る為の条件みたいなもので……本音でお答えして欲しいんです」



もし、今貴方が“不幸だ。”と答えるなら、私は迷うことなくこの時計を渡す。


そのせいで最悪の結果を招いてしまったとしても、貴方は“幸せだった”と思えた人生を送ったのだから。

私は貴方とは違う。


貴方に“誰かと幸せになって”なんて言わない。

もし、貴方が命を懸けてまで変えた全てが、元通りになってしまって貴方が死んでしまう結末になってしまうのなら。


私も一緒に死ぬ。

それ位の覚悟はあるの。


だから、貴方の口から正直な思いを聞かせて欲しい。



「うまく言えないけど、不幸じゃない。だけど、幸せでもない……。って答えになってないよね……」



なにそれ……。

ほんっっと、優柔不断!



「じゃあ、質問を変えますが、過去に戻って人生やり直したいですか?」



もうストレートに聞くしかない。

貴方ってそうじゃないと決められないもの。



「はは、そうだね。出来るならね。でも、世の中の全員がそう思ってるんじゃないかな?」

「そう……ですよね。」



……そうだよね。

私も出来る事なら戻りたい。

あなたが死なないように、人生を変えてみたい。

貴方との未来を考えるだけで、胸が一杯になるんだもの。


だから、また貴方と幸せな未来を築けるように、この時計をあなたに渡してもいいよね?

また、一緒に笑える日が来るように懸けてみてもいいよね……。



「でもさ、凄く偉そうな言い方かもしれないけど、幸せは自分で努力して築いていかないとダメだって。そう思うかな」



(えっ……)



その言葉。

それは、私が貴方に言ったはずの言葉。


もしかして、貴方は記憶が戻っていて私をからかっているだけなの?

そう思い顔を見ると、貴方の瞳は怖いくらいに透明で、真っ直ぐで、ほんと子供のころから変わらない。


嘘なんてついていない事が簡単に分かってしまう。



「ってちょっと、カッコつけすぎかな……」



直ぐに我に返って恥ずかしがるその仕草。



(そっか……覚えてくれてたんだ。)



彼があの日

……私が事故にあってから自分を責め続けたように、この思いも貴方の心がしっかりと覚えていてくれたんだ。


やっぱり、貴方は私の事をしっかりと想ってくれていて……。

記憶が無くなっても、あの時に交わした約束は忘れてないの。


いつもは、凄い子どもの癖に、たまに……本当に、ごくごく偶に、めちゃくちゃな位大人な貴方。

やっぱり目の前の彼は貴方で……そして悔しいけど。


私はそんな貴方が大好きみたいです。


ホントにさ……いつもそんなキザな事いってたら気持ち悪いけど。

たまになら……本当にカッコいいと思う。



「なら、この時計は売ることは出来ないですね。我慢してください。直樹君」



だから、私も決意する。



「えっ?」



貴方の驚いて顔はいつも変わらない。



「どうして僕の名前を?」

「ふふ、気が付かないんですか?」

「あれ?えっ?あ~~!もしかして、佐藤さん?」



“佐藤さん”その一言が、鋭い刃物の様に深く胸に突き刺さる。



「お久しぶりです」


私は言った。

気持ちを悟られないように、軽い笑みを浮かべながら。



「あ、お久しぶりです。って、何してるの!」

「ちょっと、大学のゼミでチャリティーに出ることになって」

「あ~、そうなんだ。凄いね。OGとかも集まるんだ。」

「いや、私まだ学生だから」

「あっ……」



露骨に“しまった“という顔をするの辞めてくれないかな?

別に気にしてないんだから。



「そ、そうなんだ。でも、何年ぶりだろう。懐かしいな~」



相変わらず誤魔化し方も下手で。

そういった所も全然変わってない。



「ええ、かれこれ10年以上会ってないですもんね。」

「そうだよねー。うわぁー、懐かしい。みんなどうしてるかなぁ」



そう言った貴方は、昔を懐かしむように目を細め遠くを見つめるような表情を浮かべている。

きっとその思い出の中の私は、他の同級生と変わらない。

ただ一人の同級生……ただそれだけの存在なんだと思う。



「ねぇ、今度同窓会……やらない?」



それならそれでいい。

今から、また作ってみせる。


今まで経験したどんな記憶よりも、もっともっと幸せな記憶を彼と今から作ってみせる。

そんな事出来る訳がない。無理だと笑われるかもしれない。


でも、もう決めたの。

だって、私の幸せは、貴方と一緒にいることなんだから。



「あ、いいね!」

「じゃあ、直樹君幹事ね?」

「え~!」

「いいじゃない、私も手伝うから」

「本当?ならやらせてもらおうかなぁ」

「でも、一つお願いがあって……」

「何々?」

「同窓会、来年にしない?私今年卒業だから、色々とやらなきゃいけない事多くて、忙しいの」



嘘じゃない。

今は忙しくて……たぶん……明日からの私がきちんと手伝えないと思うから。



「うん、そういうことなら、来年で構わないよ」

「ありがとう」



もう一度……そこから貴方を好きになってみせる。


貴方が別の人の所へ行ってしまうかもしれない。

また、お互いすれ違ってしまうかもしれない。

そんな心配で胸が押しつぶされてしまいそうになる。


けどね、これだけは分かるの。

私が紫のチューリップを渡すのは貴方だけなんだって。

貴方以外に有り得ないんだって。



「じゃあ、連絡先教えてくれる?」

「ああ、もちろん」



そう言って私は携帯を取り出す。



「約束忘れないように、来年の今日直樹君から連絡してね?」



お互いの連絡先を交換しながら私は言った。



「ん?来年の今日?」

「うん、忘れないように」

「えーと、うん、了解」



きっと何で来年の今日って聞きたいんだと思う。

そう顔に出てるから。

でも、あまり深入りしない貴方の配慮に少しだけ感謝する。



「ありがとう」



色んな意味を込めて私はお礼を言う。



「えっと、そろそろ交代の時間だから」

「あぁ、ごめんね。忙しい所」

「ううん、会えてうれしかったです。また来年。楽しみにしてますからね」

「うん、また来年」

「はい。連絡してくださいね」



そう言って私は立ち去っていく貴方の背中を笑顔で見送る。

その背中が小さくなっていくにつれて、強烈な寂しさが襲ってくる。

これが、貴方の姿を見る最後だと思うと……。


もう、やりきれない位切なくなってしまう。


それでも、背中が見えなくなるまでは、笑顔を絶やせなかった。

もう一度でも、この笑顔を崩せば……もう二度と笑顔を作れないから。


貴方の言っていた事……一日だけ過去に戻れるという話本当だった。

私の場合、未来になってしまったけれど。

ただ、一つ貴方は勘違いをしていた。


貴方は、あの不思議な出来事は昨日……つまり貴方が大学生の時に終わると思っていたけど、実際は今日終わるはずだった。


その証拠に、もうこの時計は動いていない。

全てが今日の日付のまま止まっている。


だから、この不思議な現象は今日でおしまい。

そして、明日になれば私は貴方との全ての記憶を失ってしまうのだと思う。

小学校の頃庇ってくれた事。

中学校の頃公園で浮気してた事。

高校生の頃必死になって助けてくれようとした事。

そして、大学生の頃全てを投げ出して私を救ってくれた貴方の想い。


その全部を失ってしまう。


そして、私も明日には別人になってしまう。

どうしようもない……。


全部無かったことにされてしまう。

それでいいのかもしれない……。

頭では理解しているけど。


だけど、やっぱり私はどうしても貴方の事が好きで……忘れたく無くて……一緒にいたくて。

その気持ちを抑える事が出来ない。


でも、もう時計の力には頼らない。


貴方が決断したように。

私は、彼をもう一度好きになって今までより、もっと幸せだと思える未来を自分の力で築き上げてみせる。

明日には、この記憶も思いも何も覚えていない。


……来年の今日、私はまた貴方に恋をするの。

だから、この気持ちを忘れない為に!



「もう一回好きになってやるからー!。覚悟しときなさいよー!!」



そう大声で宣言した。

当然、まわりの人達からは生暖かい視線が届き、近くにいた子どもからは指をさして笑われてる。


顔から火が出るほど恥ずかしかった。

きっと、泣きはらした顔が真っ赤に染めあがっていると思う。


でもこれでいいの。

この恥ずかしさだけはきっと心に残るから。


貴方が自分を責め続けたように。

貴方が記憶を失っても私の言葉を覚えていたように。


きっと私の心が覚えていてくれる。



(絶対、ぜっったい好きになってやる!)



って、ほんの少しでいいから、今の気持ちを覚えていて欲しい。

そんな……願いを込めずにはいられなかった。





「んー……」



手を大きく掲げ体を伸ばす。

久しぶりに時間を気にすることなく寝ていたので、このストレッチが凄く心地よい。

時計をみれば、短い針が真上を指していた。

朝というより昼と呼んだ方が良い時間帯だ。


今日は久しぶりのお休み。

保母さんになれたのはいいのだけど、休みが少ないのがこの仕事の数少ない不満の一つ。



「ふぁぁ~」



私は大きなあくびを隠すことなく広げ、ベットから出る。


今日はとても気分が良い。

それは、夢を見たせいだ。


私がまだ小さい頃の夢。

父が死んで、その事で周りからからかわれ、苛められて……独りで体育館の裏で泣いていたその頃の夢。


その夢の中で、私は赤いチューリップを貰った。

実際にあった出来事だけど、もうすっかりと忘れていた。


ただ、そのチューリップをくれた男の子は、凄くやんちゃで落ち着きがなくて。

しかも、花壇に咲いてた赤色のチューリップをハサミで切る悪戯っ子だった。


そのせいで先生からは、凄く叱られていたけど。

でも、私は凄く嬉しかった。


私が辛い時、誰にも頼れず一人膝を抱えていた時に不意に訪れた人の善意。

それに何よりも救われ、心が温かくなった。


そんな気持ちが、夢とともに蘇ったところで目が覚めてしまったのだ。

心がほんわかとした優しい気持ちが、まだ継続している。

こんな気持ちになったのはいつ以来だろう。


凄く最近な気もするし……一度も経験していない気もする。

本当に人の記憶なんて曖昧なんだと実感する。


“ガタガタガタ”


不意に机の方から何かが振動するような音が聞こえる。

視線を移すと机の上で携帯が机の上で小刻みに震え移動していた。


どうやら電話がかかってきているらしい。

仕事の可能性もあるので、無視するわけにもいかない。

慌てて携帯に手を伸ばす。



「運命の人……?」



手に取った携帯の画面には、そう表示されていた。



「新しいイタズラかしら?」



こんな名前で登録した人は思い当たらない。



「まぁ、出てみれば分かるよね」



そう思い通話ボタンを押した。

その時、聞こえた声は何故だろう……

夢の時と同じ、懐かしくて暖かい……そんな感じがした。



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