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フリーマーケットでは、様々な物が売られていた。

古着はもちろん、使い古されたクラシックギターや手作りの調度品。

使い方すら想像できない謎の日用品など統一感のない品物が無造作に陳列されていた。


僕はただプラプラとガラクタから掘り出し物まで多種多様な品物をみていた。

すると、一つの古びた懐中時計に目がとまった。


酷く汚れた年代物懐中時計。


なんでだろう。

理由はないけれど凄く惹かれてしまう。

なんだか、ずっと前から知っていたような……不思議な感覚だ。



「すいません」



僕は店員に声をかける。

その時計を手に取ってじっくり見たい。

そんな衝動を抑えられなかったからだ。


何故こんなに引き付けられるのか。

その原因は何なのか?

直に触って確かめたかった。


ただ、店員は動かない。

地面に置かれた小さな椅子に座り微動だにすらしなかった。


しかも、大きなつばの麦わら帽子を被っているせいで、表情すら分からない有様だ。



「すいません~!!」



僕はもう一度さっきよりも大きな声で店員に呼びかける。

ただ、聞こえなかっただけかもしれない。

そう思ったから。


すると、今度は店員が顔を上げてくれた。



「ちょっとこれ見ても良いですか?」

「え?あっ、これは……」



店員は僕を見るなり驚いた声をあげ、そのまま暫く僕を見つめていた。

そして、慌てて被っていた帽子を取る。

店員は若く可愛らしい女性だった。


そして、たぶん性格も良いはずだ。

だって、若い子が人と話す時にわざわざ帽子を取るなんて中々出来る接客じゃない。


ただ、その女性はこの暑さのせいで沢山の汗をかいていて、なんだか泣いているようにすら見えてしまう。



「この時計、見せてもらってもいいですか?」



僕は営業用の笑顔を浮かべもう一度尋ねる。

可愛い年頃の女性には紳士的に対応する。

それが健全な大人の男の対応だ。



「あぁ……えっと……」



その女性店員は困ったような表情を浮かべていた。


……もしかすると、売り物じゃないのかな?

それならそうと言ってくれればいいのに。



「あの!一つ聞いても良いですか?」



女性店員は、突然声を上げ僕を見つめてくる。

まるで何かを決意したような強い瞳だった。


ちょっとその意外な反応に戸惑ってしまうけど、こういう時は



「はい。いいですよ。」



僕は軽く笑いかけるように返事をする。


余裕のある行動の出来る大人の男をアピールする為に。


たぶん、男性の9割は僕と同じ事をすると思う。

可愛い子の前だと、どうしても見栄を張りたくなってしまうのは男の性なのだから。



「今、幸せですか?」



女性は言った。

その目は、真剣でとても冗談で言っているとは思えない。



(は……?)



一瞬前に見せた余裕が吹き飛んでしまった。

それくらい予想外の質問だった。


もしかして、宗教の勧誘とかだろうか? 

いやでも、最近の宗教団体でもこんなストレートな質問はしてこない……。

“まずは、手相を”とか言うのが常套手段だ。



「あぁ……えっと」



何て返事をしていいか分からない。

見た目が可愛いからって完全に油断していた。


ここで、変な回答をしようものならきっと面倒な事になる。

この後、不幸の相が出ているだとか、あなたには天賦の才があるとか言われるに決まってる。



「違います。変な意味じゃなくて真面目に聞きたいんです」



若干呆れた様子で女性店員は言った

あれ?なんで僕の考えている事が分かったの?



「この時計を売る為の条件みたいなもので……本音でお答えして欲しいんです」



まぁ、宗教の勧誘では無いみたい?だから考えが読まれた事は、とりあえず置いておこう。



「うーん……」



だけど……正直言ってなんて答えていいかわからない。

というか、僕が幸せかなんて初対面の人に言う事じゃない。


でも、その女性店員は相変わらず真剣な眼差しで僕をじっと見つめながら答えを待っている。

そんな大切な質問なんだろうか?



「うまく言えないけど、不幸じゃない。だけど幸せでもない……。って答えになってないよね」



何て言っていいか分からない。

そもそも、幸せの定義なんて曖昧で口に出せるようなものじゃない。


でも、今の僕が”幸せです。”なんて即答できる訳がない。

……毎日が辛くて堪らないんだから。



「じゃあ、質問を変えますが、過去に戻って人生やり直したいですか?」

「はは、そうだね。出来るならね。でも、世の中の全員がそう思ってるんじゃないかな?」



今度は即答する。

間違いない。もし過去に戻れるなら。

絶対にもっといい人生を送れるようにする。


もっと、いい大学に入って。

もっと、いい企業に就職して。

もっと、楽で高い給与も貰って毎日を過ごす。


たぶん、世の中のほぼ全員がそう考えると思う。



「そう……ですよね」



それだけ言うと、その女性は眉間に皺を寄せなんか難しい顔をしている。

それは高い物を買う時にどうしようか迷う。

そんなありきたりな悩みを抱えているようにも見えるし、人生の伴侶を選ぶような人生の大きな決断を迫られているようにも見える。


それから暫くの間、女性は考え続けた。



「これ、差し上げます」



顔を上げ女性は言う。

なんていうか、覚悟……いや、決意にも似た何かが秘められている様な目で。



「え?いいの?」

「はい」



うん。

どうやら、受け答えは正解?だったらしい。



「えと、いくらかな?」

「差し上げます。これは元々なお……いえ、私の物でしたから」

「いや、悪いよ!!」



慌てて僕は言う。

古ぼけた年代物の懐中時計だけど、絶対に価値は高いと思う。



「……じゃあ、条件を付けます。この時計はお守りみたいなもので、きっと、あなたを幸せにしてくれます。だから、お金はいらないので大事にしてください」

「でも……」



食い下がる僕を見て、女性は小さく首を振る。



「いいんです。人の好意は受け取っておくものですよ?それにしつこい男性は嫌われます」



嫌われます。

その一言に僕は折れてしまった。



「……じゃあ、有難く頂きます。」

「はい。そうして下さい」



その女性は笑顔を浮かべ僕に古い懐中時計を手渡してくれた。

手にずっしりと重い感触が感じられる。



「ありがとうございます」



僕は頭を下げる。

女性は何も言わずただ笑顔だけを浮かべ、さっき脱いだつばの大きい帽子を深くかぶり直してしまった。


ただ、帽子を被る前。

ほんのわすかな時間だったけど。


一滴の水滴がその女性の瞳から頬を伝い地面に消えていくのが見えた。

汗と見間違えたのかもしれないが、なんだか笑顔を浮かべているのに……やりきれない位切なくて悲しい。

何故かそんな風に見えてしまった。




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