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2-7



「はぁ……はぁ……」



4月の暖かい陽気。

それは、黄色やオレンジなど様々な色の花を芽吹かせ、世界は春独特の新しい生命力に満ち溢れている。


空は雲一つない晴天で、照りつける太陽はまだ4月なのにも関わらず夏のそれと変らない。


そんな素晴らしい陽気の中、僕は懸命に走っている。


当然、全身汗だく。

額から流れ出た汗は、我先にと地面へ飛び出していく。


今日は休日で学校は無い。

なのに何故、こんな必死な思いで走っているかといえば理由はひとつ。


約束を忘れていたからだ。


今朝起きた時、僕は高校生になっていた。

本来なら驚くべきなのだろうが、流石に3回目でしかも休日の朝であれば話は別だ。


まぁ……、要するに2度寝した。


相変わらず朝に弱いと自分でも思う。


気持ちよくベットの上で惰眠を貪っていると携帯が鳴った。

美紀からだった。


そして電話口から聞こえる“今何処にいるの?”という第一声を聞いて初めて今日デートの待ち合わせをしていた事を思い出した。


すでに起きた時には、待ち合わせの時間をゆうに過ぎているのだから言い訳も何もない。

ベットから跳ね起き、電話越しに必死に謝りながら服を着替え家を飛び出す。


それしか取るべき選択肢はなかった。


その結果、こうして必死で走っている。という訳だ。


結局、待ち合わせ場所に着いたのは電話を貰ってから20分後。

待ち合わせの時間から換算すれば30分の遅刻だ。



「遅い~!!!!遅刻~!!」



美紀の第一声。

ほんと申し訳ない。



「ごめん。寝坊しちゃってさ……」



膝に手を当て上半身を倒しながら息をしてしまう。

全身から噴き出した汗が、重力に従いポタポタと地面に向かってこぼれていく。



「もう、しっかりしてよ。後少し遅かったら帰ってたかもしれないんだから!」



美紀は文句言いながらも、僕にハンカチを渡してくれる。



「ありがとう」



僕は顔だけを美紀に向け短くお礼を言い、渡された薄いピンク色のハンカチで汗をぬぐう。

季節が春で本当によかった。


もし、今日が夏ならハンカチ一枚では到底拭えなかった。


僕は息を整えながら、薄めのジャケットを脱ぐ。

一気に風通しが良くなり、まだ少し冷たい風が火照った体をゆっくりと冷やしてくれる。



「もー、そんなになる位なら、きちんと目覚ましかけておけばいいのに」

「むー……、ごめん」



いきなり3年前から飛ばされて来たら、状況把握に時間がかかる!とは言える訳がない。



「結構そういう所ズボラだよね。直樹って」



怒られているのだが、美紀がごく自然な形で僕の脱いだジャケットを持ってくれている。

文句を言いつつも僕を気遣ってくれているのだ。



「こないだの朝も待ち合わせに遅れて二人で遅刻しちゃったじゃない」



美紀の文句が僕らの日常にまで及ぶ。

というのも、僕らは中学を卒業してから同じ高校へ通うようになっていた。


毎日駅で待ち合わせ、人の波が押し寄せる朝の通勤電車では、僕は美紀を守るように抱き抱え、夕方になればお互いの部活が終わるまで待ち手を繋いで帰る。

そんな幸せな日常を送っていた。


ただ、その待ち合わせに遅れるのは圧倒的に僕の方が多かったから、こうやって文句を言われている訳で。


でも、あんなに辛くて大嫌いだった通勤ラッシュでさえ美紀と一緒なら幸せな日常に変わってしまう。

それを実感する度に、嬉しくて楽しくてどうしても笑みがこぼれてしまう。



「って、聞いてるの?さっきから、ニヤニヤしてるけど……」

「うん、ごめんね。でも、嬉しくて」

「何が?」

「秘密」

「うぇ、気持ち悪いよ?」



美紀は露骨に顔を歪めるが、もうそんな事気にならない。

ただ、どうしても気になることが……一つだけある。


中学生からの3年間というのは、これほどまでに人の見た目を劇的に変える物なのだろうか……と。

ショートカットにした艶のある黒髪や小ぶりの整った顔立ち、優しい印象を受ける目元に、10代特有のハリのあるきめの細かい白い肌。


そして、もう子供ではない。しっかりとした女性の体つき。

もう、抜群に可愛い。


この頃の3年間というのは、人生の中でも一番体も心も変化する時期なのかもしれない。


それに、学校での美紀は大人しいというか、凄くおしとやかな感じなのだが、僕の前だと凄く活発で……簡単に言うとちょっとワガママな感じになる。


そして、そんな様子を僕だけに見せてくれる。

たぶん、それだけ僕に甘えてくれているんだと思う。


そんな様子を見せられてしまったら、もう、世に出ているどんなアイドルだって美紀にはかなわない。

本気でそう思ってしまう。


こんな事、友達に話せば即否定。

もしくは、惚気バカと揶揄されてしまうのが関の山だろうが、そんなの関係ない。


世の中の全員が僕の意見を否定したって構わない。

誰が何と言おうと僕は“美紀が世界で一番可愛い。”そう思うのだから。



「ねぇ、ほんとどうしたの?」



美紀は心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

その表情を見れば見る程、こんな可愛い子が僕の彼女でいいのか?と、疑問を感じてしまう位だ。



「まぁ、いいじゃない。行こ。大分遅れちゃってるし」



でも、いま目の前にある現実が全てだ。

夢みたいに幸せで、現実味がない位嬉しいけど。

夢じゃない。



「だれのせいで……」



怪訝な顔を浮かべる美紀の手を半ば強引に握って、引っ張るように駅に向かう。



「ちょっと!」



美紀は、いきなり引っ張られた反動で転びそうになり、少し前のめりになりながら非難の声を挙げる。

そして、転ばない様に僕の腕をギュッと強く抱きしめる。



(なんか……幸せすぎる)



大好きな人が隣にいて、その人も僕の事が好きなのが手に取るように分かる。

その事実が僕を堪らなく幸せな気持ちにさせる。


僕はその幸せを確かめるように。

そして、決して逃げないように、握られた美紀の腕をしっかりと抱き寄せた。 





「うーん、気持ちいい~」



美紀は少し冷たい潮風を浴びながら、両手を空に掲げて体を思いっきり伸ばしている。



「そうだね、春の海って結構いい物かもね」



僕らは、遊園地の近くにある海岸で時間を潰している。

開園時間を調べてこなかったせいで、開園まで待つハメになってしまったからだ。


近くには同じ境遇なのだろう開園を待ちきれない子供たちが元気に走り回っている。

そんな子供達を美紀は目を細めて優しい目で見つめている。



「ねぇ、覚えてる」



子供達を見つめながら、美紀は言った。



「ん?何が?」

「私達が小学生5年生の頃の話」

「ん、覚えてるよ?一昨日の事みたいにね」



嘘じゃない、僕にとっては一昨日の出来事だ。



「えー?それを言うなら、“昨日の事”じゃないの?」

「あれ、そうだっけ?」

「そうだよー」



美紀は、ふふっと優しく笑う。



「でもさ、あの時はほんと嬉しかったよ」

「え?」

「もー、ほら、野村さんが私を馬鹿にした時怒ってくれたでしょ?」

「あー、うん」

「あれ、凄く嬉しかったの」

「まぁ、流石に酷かったからねぇ」

「そういえば、まだちゃんとお礼を言ってなかったね」



そういって美紀は僕の正面に立ち。



「あの時は、ありがとうございました」



両手を腿の前に重ね深々と頭を下げる。



(あ~、もう抜群にかわいい!)



僕は堪えきれなくなり、美紀に近寄り強引に抱きしめてしまう。



「ちょっと!」



美紀は突然の出来事に文句を言いながら抵抗していたけど、暫くすると僕に体を預けてきた。

暖かい体温と、柔らかな感触が僕を包む。



「あの日さ……野村さんが私のラブレター見つけなかったらどうなっていたと思う?」



抱き合ったまま美紀が言った。



「間違いなく。今より不幸だね」



僕は即答する。考えるまでもない。



「どうして?」

「美紀と付き合ってないもん」



それは、今までの僕の人生が証明していた。

僕の人生において、こうまで幸せを感じたことは一度としてなかったのだから。



「……ほんと、直樹ってたま~に、物凄いキザな事言うよね。恥ずかしくないの?」

「言われれば……」

「まぁ、いつもそんな事言われたら気持ち悪いけど、たまになら……良いかな」



そういって美紀は、僕の胸に顔をうずめる。



「ほら、今日の僕は大人だから」

「その冗談、昔から言ってるけど面白くないって」

「そうだね。僕もそう思う」



僕らは抱き合ったまま笑った。

まだ少し冷たい海風が美紀の温もりを際立たせ、その暖かな温もりがこれからもずっと続いていくと僕は信じて疑わなかった。


遊園地が開園したのは、それからしばらくした後だった。





「うーん、やっぱりそっちにすればよかったかなぁ?」



美紀は遊園地特有の味の割に割高なパスタを半分以上残し、僕のハンバーガをじっと見つめている。

僕らは遊園地内のフードコートで少し早い昼食を取っている。


お昼時になればきっと混むから今のうちに済ませてしまおう。

そんな美紀の提案に僕が従った結果だ。



「いやぁ、そんなに美味しくないよ?食べてみる?」

「うん」



美紀は嬉しそうに返事をし、僕は持っていたハンバーガを包みごと美紀へ渡す。



「う~ん、普通だね」



美紀は、僕のハンバーガを一口食べそんな感想を漏らす。



「大体そんなもんだよ。うん」



大抵遊園地の食べ物なんてアトラクションのおまけでしかない。

値段は高く味はそこそこというのが定番なのだ。



「でもさ、タバスコとか味を変えたら……」



そう言うと、美紀はテーブル脇に置いてあったタバスコを僕のハンバーガに勝手に振りかけ始める。

ほんとは“僕のハンバーガだよ!”と、怒るか注意しなきゃいけないのだけど。


……なんていうか、そんな美紀の自由でわがままな様子が堪らなく愛おしくて仕方ない。

僕は目を細めその様子を脳内へと刻みつける。



「うっ……辛くて……不味い」



美紀は、案の定というべきが。

”うぇ……”といった感じで顔を歪めている。



「あーぁ、ほら残り食べちゃうから貸して」

「うん……ごめん」



いたずらが露見してしまった子供の様に、シュンと小さくなってしまう美紀。

そんな可愛らしい仕草ひとつひとつが、僕の中の幸せの鐘を鳴らす。



(やっぱり、こんな人と結婚したいな)



そんな美紀の様子を見てふと思ってしまった。

26年間生きてきて辿りついた一つの結論が、絶対に結婚なんかしない。


そう思ってたはずなのに。


その理由は、世の中の父親達を客観的に見れば考えるまでも無い。

世の中の父親たちは、高校生のバイト以下のおこずかいで日々の生活を強いられ。


“家族を守る”そんな押しつぶされてもおかしくない責任感の元、理不尽な要求や責任の割に薄給な仕事を、文字通り朝から晩まで強いられそれに耐える。


そして、やっとの思いで得た数少ない休日では、家族サービスという名の肉体・精神労働が待っているのだ。

そんな必死な思いで守っている家族、とりわけ思春期の息子や娘からは、ウザいだの臭いだの様々な文句を言われてしまう。


事実僕だってそうしてきた。

これだけの客観的事実を見れば、どう考えても取るべき選択肢ではないのは明らかだ。


自分が同じ立場になった時に耐えられる自信なんてない。

そう思っていた。


だけど、今はどんな犠牲を払ってでも美紀と一緒にいたい。

これからの人生における変化や困難、楽しみを美紀と分かち合って過ごしていきたい。

そんな風に思ってしまう。


もしかしたら、間違った選択なのかもしれない。

世の中の父親達と同じ様に、辛い未来が待っているのかもしれない。


それでも……どんなマイナスな事を考えたとしても、やっぱり美紀と一緒にいたい。

この気持ちだけは3年前のあの日から全くブレてくれない。


美紀となら辛い未来だって、文字通り不幸になったって良い。

美紀と一緒じゃない方がどんな不幸よりも辛いと思ってしまうから。


例え、どん底に落ちたって美紀と一緒ならきっと笑っていられる。

そんな確信がある。



「どうしたの?ボーとして」

「あっ。ううん。なんでもないよ」

「ふーん」



美紀は不満そうに唇を尖らせている。

しまった……。

今の言い方は不味かった。

何か隠してる。と疑われてもおかしくない。



「もしかして、怒ってる?」

「べぇつにー」



あぁ、怒ってないまでもちょっと拗ねているのは間違いない。



「何か誤解してない?ただ、考え事していただけだって」

「じゃあ、何考えていたの?」

「えっと……」



……言える訳がない。

美紀と結婚したいと考えた。なんて恥ずかしくてとてもじゃないが話せる訳がない。

普通に考えてプロポーズじゃないか!



「凄く恥ずかしい事なんだけど、言わなきゃダメ?」

「ダーメ」



美紀はじっと僕の目を見てくる。

こうなったら最後、美紀は絶対に折れてくれない。



「あのね……」



僕は渋々言葉を続ける。



「今日みたいな幸せな日がずっと続いてほしい。って考えてた」



 凄くキザで恥ずかしい事をいっているが、さっき考えていたことよりはまだマシだ。



 「なっ……」



 美紀の頬が熟れたほおずきみたいに真っ赤に染まる。



 「よくそんな恥ずかしい事言えるね……馬鹿じゃないの?」 

 「だから、恥ずかしい事だっていったじゃない」



照れ隠しだろうか、残っていたパスタを次々と口へ運ぶ美紀。

そのパスタを口に運ぶ素早い動作が、なんだか小動物みたいでとても可愛らしい。


でもまぁ、これで誤魔化せたとは思う。

ただ、僕はこんなに幸運でいいのか。

もしかしたら、たった一つの幸運から得た今の幸せな時間は、たった一つの不幸によって崩れてしまうんじゃないか?


そんな不安も考えていた事を、美紀には言えなかった。


どうやら僕は、どんな幸せな状況にいても悩み事を抱えてしまう厄介な人間らしい。

でも、仕方ない。

今が幸せすぎるから明日が怖い。


不幸になる可能性を恐れている。

それだけの事だ。


いくら考えても解決する悩みじゃない。


それにもう、僕の中で結論は出ている。

昨日……美紀と喧嘩したあの日に決意したように“幸せは自分で努力して築いていく。”それしか方法はない。


きっとこの決意は僕の人生を左右する位大切な事なんだと思う。



「まぁさ、次は何処行く?」



それに、そんな事を考えて今の幸せを逃す方がよっぽど不幸だ。

だから、今はこの幸せな時間を精一杯楽しむ。

その方が絶対に良い。



「ふふーん」

「どうしたのさ、急に?」

「もうきめてありますよーだ」



美紀は遊園地のパンフレット開き、ある一点を指差す。



「チューリップ祭り?」



指さされたその先には、アトラクションでは無く客寄せの為に期間限定で開催されているイベントが記載されていた。



「うん。4月といったらチューリップでしょー!」

「いや、わからないけど……」

「え~、小学生の頃入学してくる新入生の為にチューリップの球根植えたりしたでしょ?」

「あぁ、そういえば」

「そう、だからチューリップなの」



美紀は、”ふふん”と鼻を鳴らす。

自信満々といった感じだ。


理由はわからないけど、そういった態度も言動も全てが愛おしく思えて仕方がない。

ほんと“恋は盲目”とはよく言った物だと思う。



「じゃあ、食べたら行こうか。」

「当たり前だよ。既に決定事項なの」

「はいはい」



そう言って、僕は少しだけ微笑んだ。

それは場の雰囲気を感じ取った作り笑いでは無く、心の底から思わず漏れたそんな笑みだった。





「わ~、なんかすごい豪華だね」


美紀は驚いた声が上げていた。

今僕らは期間限定イベントであるチューリップ祭りの会場に来ている。

ただ、イベント会場と言っても特に客を誘導する従業員や香ばしい匂いのする屋台が出ている訳でも無い。


数組の客が好きな場所で花をみたり、ベンチで寛いでいるだけだ。

そんな会場なら植えられた花も大したことはないのが相場だが、この場所は別だった。


赤や黄、白や桃など様々な色のチューリップが色ごとに整列され、その合間を縫うように作られた木製の道やアクセントとして植えられたムスカリの青い小さな花が、有名なオランダの庭園キューケンホフを連想してしまう位豪華で華やかだった。


正直遊園地の期間限定イベントとしては凝り過ぎている。



「凄いな……」



僕も率直な感想が漏れてしまった。



「チューリップにこんなにも沢山の色があるなんて知らなかったよ。」

「えー、色によって花言葉の意味も違うのに……」

「へぇー。美紀そういうの詳しいんだ」

「少しだけね。まぁ、誰かさんとは違って教養がありますからね。教養が」

「そうだね。僕よりも物知りだね」



感心してしまう。

生まれてから今に至るまで、花言葉とは無縁の生活を送ってきた僕にとっては知る事も無い知識だ。



「あれ?いつもみたいに、反論してこなの?」

「え?」



あぁ……たぶん、いつもの……高校生の僕なら馬鹿にされたとでも思って、言い返していたのだろう。



「ほら、今日の僕は大人ですから」

「だから、つまらないって。それ」



言った内容とは裏腹に、美紀は笑みを浮かべている。


今日の僕は美紀に反論する必要はない。

自分にない知識をもっている人は素直に尊敬できる位には成長している……はずだから。



「ねぇ」

「ん?」

「昔、チューリップをくれた事覚えてる?」

「え?何のことだっけ?」

「ほら、まだ私たちが小学校の低学年だった時」



……どうしよう覚えてない。

戻った日ならまだしも、それより前……26歳から換算して20年近く前の事なんて覚えている訳がない。



「ごめん。覚えてないかも」

「えー!」



とたんに美紀は不機嫌になり、そっぽを向いてしまう。

どうにかしたいけど、覚えていないものはどうしょうもない。



「うー。ごめん。でも、ほんとに覚えてなくて」

「じゃあ、後でクレープ」



そっぽを向きながら少し怒ったような口調で美紀は言った。



「はい?」

「じゃあ、許さない」

「わかりました。クレープですね。奢らせて頂きます」

「分かればよろしい」



仕方ない。といった感じだ。

そんなワガママな様子の美紀を見て一つ確信にも似た思いが湧き上がる。



「嘘ついたでしょ?」



本当に怒っていたら、美紀はこんな事で許してくれるわけがない。



「ひーみーつ。でも、約束は約束だから」



そう言って美紀はいたずらっぽい笑顔をうかべるが、その瞳の奥がどこか寂しそうな……遠くをみているような、そんな印象を受けるのは気のせいだろうか。



「でもね、一つだけお願いがあるの」



少しだけ美紀の声のトーンが変わる。

なんだか思いつめたような雰囲気すら感じられてしまう。



「はい」



その美紀の真剣な様子に押されるように、僕も真剣な返事をしてしまう。



「私のね、20歳の誕生日にさ……一輪でいいから、赤いチューリップをプレゼントしてくれない?」

「いいけど、赤いチューリップなんかでいいの?他にも色んな花、いや物でも良い位だよ?」



意外だった。

いきなり20歳のプレゼントを要求してくる事もだけど、そのプレゼントの中身についてだ。別段、手に入りにくい物でもなければ高い物でもない。

そんなもの今すぐにだって用意できる。



「ううん、赤いチューリップがいいの」

「わかった。約束する。僕が絶対に赤いチューリップを美紀に渡す。ただ、お返しはちゃんと用意しておいてね?」



少し冗談めかして、僕は美紀のお願いを快諾する。



「もちろんだよ!お返しに紫のチューリップを用意しておくよ!」

「あはは。なにそれ。それじゃあ、僕が赤いチューリップあげる意味ないじゃんか」

「い―みーあるの」

「どんな?」

「教えてあげない。必死で考えればいいよー」



そういうと、美紀は僕の腕をきつくギュと抱え込むように強く抱きしめてくる。

美紀に抱きかかえられた僕の腕には、女性独特の柔らかい感触がはっきりと伝わり、艶やかな髪が僕の鼻をくすぐる。


開園前に抱きしめた時とは違う。

完全な不意打ち。

全く準備していない所にこの仕打ちだ。


胸が高鳴り、血が一気に沸騰したかのような錯覚さえ覚える。

そんな初心な反応が恥ずかしくて、誤魔化したくて



「次、ど、どうしよっか?」



少し上ずった声で美紀に尋ねてしまった。



「あ~、もしかして誤魔化してる?」



美紀は、当然それを見逃してはくれなくて……。



「な、なにかな?」



僕は、平静を装うも完全に失敗だ。

ただただ、余計に動揺してしまう。



「ふふ、動揺しすぎだって。も~、仕方ないなぁ」



そう言って美紀は、さらに僕の腕に胸をグイグイ押し付けてくる。



「何を根拠に!」



図星をつかれると声が大きくなる。

僕の悪い癖だ。



「顔真っ赤だよ?」

「えっ!」



マジですか……。

とっさに自分の顔に手を当てると、たしかにいつもより熱っぽいきがする。

あ~!

26歳にもなってこんな初心な反応をするなんて、死ぬほど恥ずかしい。



(どうしたらいい?冷やせば治るのか?)



まだ少し冷たい手の甲を僕は必死になって自分の顔に当てる。

そんな様子を見て美紀が一言、言い放つ。



「うーそーだーよ」。

「……う……そ?」

「うん、うーそ」



美紀は一生懸命真顔を作っているが、口角がヒクヒクと引きつり瞳にはいたずらっぽい微笑の色が広がる。



「……」



やられた。

完全にやられた。


いくら感性が高校生に戻っていようと、知識は大人なハズだ。

それなのに、美紀に……高校生の女の子に完全にからかわれてしまった。


まだまだ、精神的に幼いって事なのだろう。

感性が高校生のそれなんだから仕方ない事かもしれない。

でも、頭では分かっていても感情的に納得が出来ない。


そして、納得できない感情を持てあまして行動してしまうのが若さなのだ。

“報復してやる。”

理性よりも感情が勝った結果だった。


嫌がるだろうな。とは思いつつ、僕は無言で美紀を僕の腕から引き離し、身動きが取れない様に後ろから抱きしめる。



「ちょ、え?何?」



美紀は驚いた様子だが抵抗はしていない。

たぶん信頼されているからだろう。


ちょっと心が痛むが、もうここまできたら引き下がれない。

覚悟を決めて美紀のわきの下に手をあて服の上からおもいっきりくすぐる。



「あっ、いゃははは、やめ、ひゃははは」

「“ごめんなさい“は?」

「ひゃははは、ご、ごめなはははぃひひひひ」

「まぁ、許しませんけどね。」

「ちょ、まわり、ひゃはははは」



猫でも犬でもなんでもそうだが、どっちが上かはっきりと教えてやらないと後々後悔することになる。

それに、結婚後の事まで考えるのなら尚更だ。


今主導権を握り、上に立っておいた方が絶対に良い。

今日のうちに上下関係をきっちりしておけば、将来後悔することもない。


僕が上に立つことが出来れば、おこずかい制でもないだろうし娘・息子とタッグを組んで苛められることも無い。


だから、その理想の未来を獲得する為に、僕は心を鬼にして周りの客からどれほど視線を集めようが、美紀が抵抗しようが僕はその手を止める事は無かった。


それが大きな間違いだと気が付くことも無いまま。




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