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2-6



夕日に照らされオレンジ色に染まったマンション。

買い物袋を下げた主婦達。


みんな忙しそうにマンションのエントランスに吸い込まれていく。

きっと夕食の買い出しだろう。


僕はその主婦達の忙しそうな様子をボーっと見つめていた。

花壇の縁に座りながら。


何もしていない訳じゃない。

頭の中で、何度も何度も飽きることな美紀に説明する手順を繰り返している。


はず……だった。



今僕はまさに文字通り口をパクパクさせて必死に言い訳を考えている真っ最中だ。



”もしかして、美紀を待っているの?”



そんな言葉が、突然僕を真横から殴りつけてきたせいだ。

その言葉の主は、美紀の母親。


僕は完全に忘れていた。

夕食の買い物する主婦の中に、美紀の母親が含まれている可能性を。



(な、なんて言い訳しよう……)



美紀の母親を目の前に、もはや逃げる事など出来ない。


頭の中で持てる知識を総動員して必死に辻褄の合う言い訳を考える。

その最大限の思考の結果。



「はい」



と……僕は答えてしまった。

クズじゃないか?!僕の頭は?!!


自分の思考能力の低さにほんとウンザリする。


これでも頭脳や知識は26歳のそれと変わらないはずなのに。



「それなら、家で待ちなさいよ~。晩御飯も用意するわ」



そんな僕の気持ちなど知らず、美紀の母親は財布を小脇に抱え、どこか楽しげな様子でトントン拍子で話を進めてしまう。


このままだと、美紀の家で……本人とその母親の前で、今日の出来事を説明する事になってしまう。


駄目だ……。

それだけは駄目だ。

想像するだけで心が折れてしまう。



「ごめんなさい!ここで、待たせて下さい!」



それだけはなんとしても避けたい。

そんな強い思いからか、強い口調になってしまった。



「美紀と何かあったの?」



こんな様子を見れば誰でも“何かあった?”位は思う訳で……。



「はい」



もう、言い訳が出来なくなってしまった。



「私には言えない事?」

「……そういう訳ではないんですが」



正直、話していい物か迷ってしまう。

でも、僕のポンコツ頭じゃ、辻褄の合う言い訳なんて思い浮かぶ訳ないし、下手な嘘をついた方が事態を余計に悪化させかねない。


なら、もう話す以外の選択肢なんて……ないじゃないか……。



「全て私が悪いんですが」



そんな言葉を前置きをして、僕は今日の出来事を全て話した。


事実だけを出来るだけ簡潔に。

ただし、梢にキスされたことは、抱きしめられた。としっかり置換して……だけど。



「そうだったの」



全て聞き終えて、美紀の母は一言だけ呟く。

怒っているかな?と心配したが、それは杞憂だった。


僕から見る限りは何の変化も感じられない。

まぁ、見る限りだけど……。



「それで、その梢さんにあなたは何て言ってきたの?」

「何も……」

「何も言わなかったの?!」



美紀の母親は、驚いた様子で聞き返してくる。



「はい」

「どうして?」

「……」



僕は沈黙するしかなかった。

美紀が一番大切だから。


ただ、その一言を言えばいいはずなのに。

でも、一瞬だけ梢に気持ちが揺らいでしまったのも事実で……

その後、やっぱり一番大切なのは美紀だと気が付いて……。


そんな吹けば飛んでしまうような軽い気持ちなんだと誤解されてしまうかもしれないと恐れたからなのかもしれない。


なんていうか……

自分でも良く分からない複雑な感情が入り混じりその一言を遠ざけてしまっていた。



「はぁ~、あの子も苦労するわね」



ポツリと美紀の母親が呟く。



「え?」

「話は分かりました。もう余計な事は聞きません」



美紀の母親はどこか強い口調だった。



「でもね。あの子も頑固だから、許してくれないかもしれないわね」

「そう……ですね」

「あとね、人生の先輩としてアドバイスさせてもらうけど、今まで感じた自分の気持ちを素直に言葉で伝えなさい。自分の心に無い綺麗事をいくら並べても人の心は動かせないし、言葉にしないと伝わらない事も多いのよ」

「……はい」

「じゃあ、私は夕食の用意をしなければいけないから、後は頑張りなさい」



その一言を最後に、美紀の母親は買い物に出かけていった。



「今まで感じた自分の気持ちを素直に言葉で伝えなさい……か」



美紀の母親の言われた一言がズシンと胸の奥に響く。

言われている事は分かる。


自分の本音だけを話せば良い。

それだけだ。 


だけど、本音だけを言って今の状況が上手く行くなんて思えない。


例えば、“一瞬、梢と付き合ってみようか。と考えたけど、やっぱり美紀じゃないとダメだと思った“なんて美紀に言えば、収まる物も収まらない。


たとえ、本音だとしても言わなくても良い事、言ってはいけない事は絶対にある。

友達関係だって、仕事関係だってみんなそうだ。



「そんなの理想だよ」



嫌いな人間なんて、社会に出れば5万といる。

そんな人達全員に、“私はあなたが嫌いです。”なんて告げていたら、生きてはいけない。


いつもの……26歳の僕なら、“そんな理論下らない。”と一蹴してただろう。


だけど、今は。

今だけはその言葉が分かる気がする。


どうしようもなく不器用で誰よりも優しい女性。

その人が、一生懸命僕に伝えてくれた言葉。


それは、決していい内容じゃなかっった。

むしろ、最低で、悪い事ばかりで、感情の入り乱れた乱雑な言葉だったけど。


それはどんな着飾った言葉よりも僕の胸に深く深く響いていたから。





夕暮れ時。

それはあっという間に消えてなくなった。


さっきまで世界の全てをオレンジ色に染め上げていた夕日は消えてなくなり、今は暗闇を照らす無機質な蛍光灯の明かりだけが灯っている。


今の時刻は7時30分。

もういい加減帰ってきても良い頃だ。



(もしかして、今日の事がショックで何処かに……)



そんな不安が浮かび始めた矢先、制服姿の女の子が向こうから歩いてくるのが見えた。

長髪のシルエットや考え事をしている時カバンを前に抱きかかえながら歩く癖。


美紀だ。


その姿が見えた途端、僕は駆け出していた。

長い間ご主人の帰りを待っていた犬の様に。


美紀は知らない人影が駆け寄ってくる事に気が付いて警戒していたけど。

その人影が僕だとわかるとあからさまに顔を背けた。


そしてそのまま歩く速度を上げ、僕の横を早足で通り過ぎようとする。



「待って!」



僕の横を通過しようとする美紀の腕を強引に掴む。



「ちょっとだけでいいから、話だけでも聞いて!」

「痛い、離して」



短く、鋭い口調で美紀は言った。



「ご、ごめん」



不機嫌極まりない美紀の様子に押されるように、僕は握っていた腕を離す。

ただ、美紀は帰らなかった。


近くに止めてあった自転車に近づきその荷台に腰をかける。

どうやら話を聞いてくれる気はあるみたいだ。



「今日の事だけど、いきさつを全て話すから聞いてほしくて」



僕は急いで要件を告げる。

美紀の気が少しでも変わらないうちに。


ただ、美紀はムスッとした表情を崩さず無言で座っている。

無駄な質問をしてしまった。


僕の話を聞く気が無ければさっさと家に戻っているはずなのだから。



「先に謝っておくけど、すべて本音で話すから配慮が無くて怒らせると思う」



返答なんて無かった。

その変わり、ただ重い沈黙が流れる。


気が重い。

これから先に起こる事を想像するだけで、逃げ出したくなるくらいに。


僕は短く息を吐き、覚悟を決める。



「実はさ、今日美紀が見たあの場所で告白されたんだ」



美紀の肩がピクッと動く。



「その子梢っていうだけど、凄く不器用な奴で、そんな奴が必死になって一生懸命僕に気持ちを伝えてくれた」



僕は結局……全て正直に話す。

そう決めた。


本来の僕なら絶対に取らない選択肢だ。



「正直言って、凄く嬉しかったし可愛いいと思った」



本当に有り得ない事を言っている。

それは分かってる。



「しかもね、梢は全部知っていたんだよ。僕に付き合っている人がいるってことも」



でも、嘘をついて上手くいくより、本音を話してダメになった方が良い。

じゃないと、きっと後悔してしまう。


ありきたりな使い古された言葉だけど。

失敗して後悔するよりも、挑戦せずに後悔した方が遥かに後悔の度合いが重い事を。


きっと、大人であれば誰でもその言葉の意味がわかるはずだ。



「だからかな、こうも言ってくれた“私の方が貴方の事を好きだから。だから、一日だけでもいいから、恋人になって下さい。チャンスを下さい”って。正直迷ったよ?そんな事いわれるなんて予想もしてなかったからさ。とりあえず一日付き合ってから返事したらいいんじゃないか?って思ってしまうくらいに」




あんな事いわれたの生まれて初めてだった。嬉しかった。

だからこそ、僕の言葉にも勝手に熱が入る。


最低な事を言っている。

でも、それは嘘偽りのない僕自身だ。



「でも、その時丁度美紀がやって来るのが見えて、僕は梢の告白を断わった。都合の良いように聞こえるかもしれないけど、あの場所で美紀が見えた途端、胸が苦しい位に高鳴って嬉しい気持ちが抑えられなくなって、どうしようもなくって……やっぱり美紀じゃなきゃダメだ。って気が付いたんだ」



僕の目的は美紀と付き合うことじゃない。

美紀と一緒に未来を歩んでいく事なんだと、そう確信してしまったから。



「それに、その……美紀を見た時、僕は今までにない位僕は優しい顔をしてたみたいでさ。だから……梢はその笑顔の対象が、何で梢じゃないのか?なんで美紀なのか?って感じたんだと思う。だから、梢は……その関係を……僕と美紀との関係を壊したいとおもって」

「キスされた訳ね」



僕が最後まで言い終える前に、美紀が不機嫌そうに言った。



「でも、こんな事言ったら誤解されるかもしれないけど、僕は梢を責める気にはなれないんだ。梢の気持ちは痛い程理解できるから」



僕は話続ける。

ただ、自分の本音だけを。



「それで?」



不機嫌さを隠さずに抑揚のない声で美紀が言う。



「なら、いいじゃない。その子あなたの事好きなんでしょ?気持ちも分かるんでしょ?なら付き合っちゃえば何の問題もないじゃない」



今まで黙っていた反動なのだろうか、堰を切った様に美紀が話し始める。



「それに、同じ学校の方が、連絡取るのも会うのも楽なんだから、その方がお互いにとっていいでしょ?私の事は気にしなくていいから。じゃあね」



話は終わりとばかりに、腰かけていた自転車の荷台から立上がり家の方へ向かおうとする。



「まって!」

「あの子短髪で可愛いいし、あなたの好みじゃない、お互い好きで気持ちも分かるなら、付き合えばそれでいいじゃない。それを言いにきたんでしょ?」



美紀は声を荒げ、僕を睨めつけていた。

ただ……その僕を睨めつけた薄茶色の瞳は、ゆらゆらと揺れていて今にも細かく砕け散りそうだった。

それに、唇までふるふると震えている。


守ってあげたい。


僕は昨日、そう誓ったばかりなのに。

本当に……一体何をしてるんだろう。



「違うよ。たしかに梢はいい子だし、僕が短髪好きなのも認める」



僕は最低な人間だという事を実感させられる。

でも、僕は欲しい物がある。



「だけど、一番大事なのは梢じゃない。美紀なんだよ。それは、可愛いとか好きだとかそういう問題じゃない。4年後も、10年後も26歳になった時もずっと一緒にいたい。そこから先も一緒に未来を築いていきたい。そう思ったのが美紀なんだ」



僕の心からの本音。


辛く退屈な人生をやり直せる。

そんな有り得ないチャンスを貰い、そして見つけた大事な物。

絶対に手放したくない物。



「自分勝手だって分かってる。でもね、隣にいて欲しいのは……美紀なんだよ」



我儘で自分勝手な言い分だけど、それが僕の本心なんだ。



「だから……お願いだから、一緒にいてください」

「…ってま……」



俯きながら、美紀が囁いた。

聞こえなかったので、僕は美紀に顔を近づける。


消え入りそうな声なので、かなり密着する感じになってしまった。



「私だって、まだキスしてない」



その言葉を聞いた瞬間、僕の体が勝手に動いていた。

そして、美紀の体を息が詰まる位強く抱きしめる。


ただ、愛おしかった。

僕に怒り、呆れ、そして嫉妬してくれる。

その全てが。


だから、僕は緊張で固まった体を抱きながら、強引に唇を重ねる。



「んっ!」



塞いだはずの美紀のやわらかい唇から少し声が漏れる。

それを無視し僕は美紀の体をきつくきつく抱きしめる。


折れてしまいそうな位に細くやわらかい体や熱い位の体温、うっすらと涙に濡れた長いまつげ。

もう、そんな美紀の全てが愛おしかった。


美紀の腕や足は、初めこそカチカチに硬直していたけど、次第に力が抜け僕の腕の中でぐずぐずと溶けていった。


その柔らかい感触を全身で感じた時、僕はある強烈な不安を抱いてしまった。


この先も僕は美紀を傷つけてしまうのではないか。

そんな不安だ。


今この瞬間、世界で一番美紀が大切な事は間違いないし、嘘じゃない。


でも……これから先。

そう遠くない未来に、きっとこの気持ちは風化してしまう。


美紀を2度と傷つけない。

そんな切実な思いもいつかは失ってしまう。


今まで生きてきた人生の中で風化しない思いや、変わらない物なんて存在しない事を僕は知ってしまっているから。


5年後、いや、10年後か分からないけど。


美紀が傍にいるのが当たり前になれば、きっと美紀が傍にいても幸せだと思えなくなる日が間違いなくやってくる。


人はどんなに辛い事や楽しい事でも“慣れ”てしまう生き物だから。


そして、その時が訪れた時、僕はきっとまた美紀を傷つけてしまう。

それが、何よりも不安で怖かった。


今抱えている美紀が世界で一番大事なんだという強烈な気持ち。

どうすればこの気持ちを失わずに済むのか。


どうすれば美紀を守れる存在で居続けられるのか。

壊れてしまいそうな位細くて繊細な美紀の体をきつく抱きしめながら、僕は自分に問いかけ続けていた。



そのまま……抱き合ったまま……一瞬の様で一生の様な曖昧な時間が僕らの間に流れた。



その永遠とも思える時間を、どこからともなく聞こえるサラリーマンの“コツコツ”という革靴の音が、僕らを正常な時間軸へ戻してしまう。



慌てて僕と美紀は距離をとり、そんな色気のない状況に僕らはクスリと笑い合った。


そして、今度は美紀がゆっくりと喋り始める。

そこには、さっきまで感じだ怒気は微塵も感じられない。



「実はね、同じ学校だったらもっと簡単に連絡も取れるのに、いつでも会えるのに……って、そんな事ばっかり考えているんだよ?」



美紀はゆっくりと、自分の気持ちをなぞるように言う。



「それだけならまだしも、直樹に好きな人が出来たらどうしようとか、直樹を好きな人が告白したらどうしようとか……そんな事まで考えるようになっちゃって。そういう不安みたいな物が、今日全部重なって、すごく嫌で……」



……舞い上がっていた。

26歳の知識を生かして自分の人生をやり直せるという幸運。

物事をやり過ごすだけの十分な知識と経験を備えているという自負。


そんなおごりから美紀や梢を、傷つけないようにと行動したつもりだった。

だけど、そんな事思い上がり以外の何物でもなかった。


僕は自分一人の力で、他人を幸せに出来る程立派な人間じゃない。


そうだ。

26歳の僕は、自分の幸せすら掴めていない汎用な人間だという事を完全に忘れていた。



「冷静に考えれば、待ち合わせ場所で、直樹がそんな事する訳ないのはわかってたの。でもね……」



それだけ言うと、美紀は口をつぐんでしまった。



「でも、何?」

「でも……許せなかったの」

「本当にごめん……」

「謝らないで、なんだか気まずいの」

「うん、ごめ……」



美紀が非難の目で僕の顔を見る。

そのせいで、あやうくまた謝りそうになる。



 「また……謝るとこだった」

 「も~」



美紀の口調は“しっかりして“という感じだが、顔からはほんの少しだが笑みがこぼれている。



「一ついい?」

「ん?何?」

「軽蔑されるかもしれないけど、僕はさ……やっぱり弱い人間なんだ」

「どうして?」

「もし、あそこで美紀を見つけてなかったら、僕はあの告白を受け入れてたかも……いや受け入れてたと思う」

「……」



美紀は、黙っている。



「もちろん、美紀が一番大事だし、今までの言葉にウソはないよ?」

「……うん」

「でもさ、その思いを貫き通すには僕の力だけじゃダメなんだ。美紀が一番大事なのに、僕は自分の力だけでそれを貫き通す事が出来ないんだ。僕は、それ位弱い人間なんだって今日初めて分かった」



今日はっきりと分かった。

僕は最低な人間だと。



「それに、今美紀が一番大事だっていうこの気持ちだって、いつかきっと風化して……今日みたいに別の娘にふと気持ちが移ってしまうかもしれない。だからさ、そんな事にならない為に、美紀に……僕の傍にずっと居てほしいんだ。他の娘に目が行かないくらいにこの僕の気持ちが変わらないくらい、僕を魅了し続けて欲しいんだ」




でも、こんな最低な人間だけど……死んでも手放したくない。

それが……美紀なんだ。



「僕の勝手なワガママだって分かってる。言ってることも最低だって思う。でも、その代わり僕も美紀をずっと魅了し続けられる位良い男でいるから。その為にどんな努力だってするから」



美紀の為ならどんな事でも出来る。

今は本当にそう思う。



「だから、ずっと……ずっと傍にいてほしい」

「……バカじゃないの……」

「えっ?」

「普通は、そういう物なんだよ?付き合うって事は」

「そ、そうなの?」

「そう。好きな人に、もっと好きでいてもらいたいから、もっと見てもらいたいから、オシャレもする。綺麗でいようとする。好みの髪型に変えたりするの。それは、当たり前の事なんだよ?」

「な、なるほど」

「幸せは自分で努力して築いていかないとダメなの。だから、貴方も努力するのは当たり前なの。それなのに、もー、今頃そんな事宣言してどうするの?」

「う……ごめん」

「それに、セリフがキザすぎ、こっちまではずかしくなっちゃうよ」

「ぁー……」



確かに思い返せば凄く恥ずかしい。



「でもね」



美紀はおもむろに僕に近づき、トンと額を僕の胸に押し当ててくる。



「……すごくカッコ良かったよ」



額を僕の胸に押し当てたまま美紀は言った。

そして顔をゆっくりとあげ僕の顔を……目を……見つめてくる。



「もう、他の娘には目もいかない位、あなた好みの彼女になってあげる。そのかわり直樹も、私の傍にずっといてね?私を魅了し続けられるように努力してね?」

「うん、絶対に。だから美紀もずっと僕の傍にいてね?」

「はい」



そう言って、僕らはもう一度唇を重ねた。

どちらとも無く自然に見つめ合って、そのままゆっくりと。


今日、僕に夢が出来た。

それは、子供の頃に描いたサッカーの選手になりたいとか、お金持ちになりたいとかそんな漠然としたものではなく。


凄く具体的で強烈な夢。

美紀と一緒に、未来を歩んでいきたい。

そんな夢だ。


10年後には、お互い嫌い合うのかもしれない。

些細なことで言い合いになり、喧嘩して罵り合うのかもしれない。


もちろんその可能性は否定できない。

不安もある。


でも、だからこそ努力する。美紀に好きでいて貰う為にどんな事だってやってやる。

美紀が言ったように、幸せを築くのも維持するのも自分で努力していかないとダメなんだ。


そして、この気持ちは、僕にとって生きていく上での一番重要な物なのだと僕ははっきりと理解してしまった。


この思いを叶え守っていく事が僕の生きていく目的なのかもしれない。

だから、美紀の幸せに繋がるなら。

美紀を守れるなら。

これから僕はどんな努力だってする。

辛い事だって喜んでやる。


そう自分の心に強く誓った。


それから僕らはどうでもいい事を話し合った。

それはいつも電話越しに行っている日課だったのが、今日は特別だった。


お互いの距離が縮まったような、より深くお互いを分かりあえたようなそんな気がしたから。


何を話したかなんて覚えていない。

ただ、話す相手が美紀で……その美紀が笑顔で喋ってくれる。本当にそれだけで最高に嬉しかった。


そして、気が付いた時にはもう10時を過ぎていた。

本当にあっという間だった。

とっくに門限をオーバしている事に気が付いた美紀は、慌てて家に戻っていた。


たぶん事前に話が通っているので怒られることはないだろう。

ただ、僕の方は連絡もなしに遅くなったことに対して、父親と母親からこっぴどく怒られるはずだ。


でも、そんな事はどうでも良かった。

ただ今は、嬉しくて、楽しくて今にも踊り出したい。


そんな気分だった。



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