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2-3



「では、各自先週の作業を続けるように」



先生から号令がかかると、生徒たちは我先にと席を立ち移動を開始する。



(なんでそんな急ぐんだろう?)



そんな疑問を感じつつ、僕は他の生徒達を尻目にのんびりと構えていた。


今は技術の授業の時間。

いつもの教室を離れノコギリやトンカチなどの専用の道具が揃った専用の教室へと移動している。


この授業では、1メートル以上ある1枚の木板から自分だけの本棚を作るという課題が与えられていた。

この課題は木の切り出しは勿論、設計図から自分で書き起こさなければいけないので非常に面倒だったという記憶がある。


しかし、木を切る。

釘を打つ。

そんな非日常的な作業は生徒たちに楽しいらしく、殆どの生徒から支持を集めていた。


正直僕も“面白そう”と思っている。

そういった背景もあって、みんな自発的に授業を進めている。


僕も周りの流れに逆らわず自分の作業を進めようと席を立った。



「あ……」



作業をするためのスペースを探したとき、なんで他の生徒たちが我先にと席を移動したのかその理由がやっとわかった。


作業スペースは無限ではない。

1メートルもある木の板を切るにはそれなりのスペースが必要なのだ。

だから当然クラス全員が同時に作業出来るスペースなんてなくて……殆どの目ぼしい作業場所は既に占領されてしまっていた。



(しまったなぁ……これじゃあ作業が出来ないよ)



出遅れた事を後悔していると、混雑している集団の中に木と正面に向かい合い固まっている奴が目に留まった。

梢だ。


……うん、いい機会だ。


作業スペースが空くまでやることも無いし少し邪魔してやろう。

さっき僕から貴重な休み時間を奪っていった罰だ。


ただ、いきなり声をかけてもつまらないので、作業に集中し始めた頃に適当に話かけて邪魔してやろう。

その方がより効果的だと思う。


もはや、考えている事もやろうとしている行動も、中学生だがもうそんな事は気にしない。

僕はこっそりと梢の後ろまで移動し、作業に集中するのを待つ。


これで仕返しが出来る!

そう確信して。


ただ、その確信には……大きな誤算があった。



「……」

「……」



いくら待っても、梢が木と向かい合ったまま動かないのだ。

これじゃあ、いつまで経っても邪魔すら出来ない。



「ねぇ、何してるの?」

「うわっ!」



梢が肩を上下に揺らしながら僕の方へ振り向く。

結局、僕の方が折れてしまった。



「ねぇ、何してるの?」



僕は色々な意味を込めてもう一度訪ねる。



「えっ?あっ、作業だよ。うん、作業」

「さっきから、何もしてなかったじゃん」

「あ……見てた?」

「うん」

「あの、実は……さ。これ、どう切っていいか分からなくて」

「ん?設計図は自分で書いたんだろ?」

「あ、うん……自分で書いた……よ?」



視線が泳いでいる。

しかも、何で疑問形なんだ?こいつは。



「じゃあ、設計図通り線引いて切るだけでしょ?」

「うん……そうだね」



どうも歯切れが悪い。



「まさか……」



僕はある確信をもって質問する。



「お前、設計図誰かに書いてもらったな?」

「え?!なんで分かるの?!」



驚いている梢の様子を見て、思わず溜息が漏れる。

バレてないと思う方が凄い位だ。



「嘘でもいいから否定しろよ。先生にバレたらやり直しだよ?」

「うっ……そうだけど」

「いいから、図面貸して。作業場所が空くまで作業手伝うからさ」

「え?悪いからいいよ。迷惑かけちゃうし」

「いいんだよ。梢は人に迷惑かける位が丁度良いんだから」

「ちょっと、どういう意味なの?それ!」

「どうだろうね~。ま、心配しなくていいよ。作業場所が空いたら容赦なく見捨てるからさ。」

「えー、酷くない?」



梢は批判的な声あげる。

でも、なんだか嬉しそうだ。



「ほら、やり方を教えるからこっちきてみ」

「あっ、はい」



梢らしくない、妙にいい返事だ。

まぁ、教える方としてはそういう殊勝な態度は大歓迎だ。

それに、答えだけ教えても梢に為にならない。

勉強以外の事は大概感覚で出来るのだから初めの一歩を教えてあげれば後は上手く行くだろう。


そう思い僕はそのまま軽口を叩きながらやり方を教え、梢の作業を手伝った。

始めこそたどたどしかった梢も、コツを掴んできたのか時間と共に一人でドンドン作業を進められるようになっていた。


そして暫くするうちに、隣の作業場所が空き僕はそこで自分の作業をしつつも梢にアドバイスしたりていた。


それは本当に楽しい作業だった。

もちろん、全てが楽しい事だった訳ではない。


梢は教えている間、ボーっとしていて僕の言ってることを全く理解しない。

それに、いざ実技となれば、やたらと釘を打ちたがる性格など色々と手を焼いて、言い合ったりしたけどそれがまた凄く新鮮で心地よかった。


自分がかつて経験してきた事なのに、もうすっかりと忘れていた大事な物がそこには沢山あった。



「はい、では作業をそこで中断して片付けを始めるようにー」



突然、先生から号令がかかる。

僕はその声を聴いて初めて、この授業の終了時間が近づいている事に気が付いた。

少々名残惜しいと思ってしまう。


でもまぁ、物足りない位が丁度良いのかもしれない。

この気持ちがまた、次回の授業へのモチベーションとなるのだから。


それに、作業途中の木材は教室に保管出来ないので専用の小さな倉庫へしまう必要がある。

倉庫は空きスペースを利用した小さな部屋で、普段使わない色々な器具などが幅を利かせていて、3~4人の人間が集まればすぐにいっぱいになってしまう。


その為、片付けがみんなと重なれば時間も労力も余計にかかってしまう訳だ。

なら、混雑する前にさっさと片付けるのが一番効率が良い。



「うし、混まないうちにさっさと片付けよう!」



僕は梢に告げる。



「まってー、ここまでやりたい!」



僕の思惑を即座に崩す梢に、ちょっとイラッとしてしまう。



「はやくしてくださいー、遅れたら責任とれるんですかー?」



別に待つ必要もないのだが、なんだか放っておくことも出来ない。

いつもの僕なら放置しているはずなのにだ。



「だってー。だーっー!!ほら急がせるから釘が曲がったじゃないかーー!」

「えー……ていうか、何で先に釘打ってんだよ。まず、さっき書いた線の通りに切るのが先だろ!一枚の板に釘打ちつけて、なんの意味があるんだよ!」

「だーかーらー、急がせるからじゃんかーー!」

「釘打ちつける行為自体が間違いなんだよ!僕は関係ないじゃないか!」



ギャーギャーと不毛なやり取りが続いてしまった。

そのせいで使用した器具をまとめるのに余計に時間がかかり、結局片づけは僕らが最後になってしまった。





「あー、やっぱり、上段しか空いてないか」



倉庫は既に一杯だった。

僕は梢と言い争いをしていたせいで、片づけるのが最後になってしまったのだ。


もう、倉庫には僕と梢以外には誰もいない。

そして、残念ながら木材を置くスペースは棚の上段の僅かな隙間以外にない。



「誰かさんが邪魔するから……」



梢が口を尖らせて文句を言う。



「え?何かな?設計図を、誰・か・に書いて貰った梢さん?」

「はいはーい。私がわるかったですよー」



嫌味で今の僕に勝てる訳がない。

まぁ、いい。

ここで言い争いをしても得る物は無いのだから。



「じぁあ、悪いけど僕の板持ってて」



僕はさっさと木板を片づける為、足場になりそうな椅子を探しながら梢に板を差し出す。



「えー?自分で持ちなよー」

「えー?じゃないでしょ……どっちかが、椅子を足場にして木材を棚の上段に置かなきゃいけないんだから。」

「あ、なるほど」



う~ん、やっぱり残念な子だ。

黙っていればそれなりに可愛いのだから、喋れなくなる薬とかはないのかな?と、本気で思ってしまう。


僕は一度梢の顔を見て、溜息をつく。

そして、木板を押し付けるように梢に渡し、近くにあった椅子を足場にしてその上に立つ。



「じゃあ、板貸して」

「はーい」



梢は、僕と梢の木板を重ねて渡してくる。

……が、渡し方が雑だったのか運悪く2枚の板が僕の手からすり抜けていく。



「あ、ちょ、あぶなっ」

「え?」



バタン!

すり抜けていく板を必死に支えようとした結果、僕は椅子から転げ落ちてしまった。

幸い手から零れた木板は運よく僕らから離れて倒れてくれたおかげで怪我はなさそうだ。


ただ、そんな事はどうでもよかった。


偶然とはいえ僕は梢の上に覆いかぶさるようにのしかかってしまった。


日に焼け茶色がかった黒髪が目の間に広がる。

その隙間から覗く飴色の瞳は、僕を映して瞬き一つしない。


胸の鼓動さえも聞こえてしまいそうな、短い距離。

凄く良い……匂いがする。



「ご、ごめん!」



ハッと我に返った僕は、慌てて梢から離れる。

梢はゆっくりと上体を起こし立ち上がると、顔を俯けしきりにスカートの丈を気にしている。


そんな丈を気にするぐらいなら始めっからスカートを折らなきゃいいと思う。

でも、そんな不満は当然いえる訳がなくて……



「ほんとにごめん!バランス崩しちゃって!」

「……のに…のま…で…」

「え?ごめん。聞こえなかった」



ボソボソと梢は何かを喋っているが、まるで聞き取れない。

すると、いきなり顔をあげ。



「今日4時にタイヤ公園に来て。」

「へ?」



梢はそれだけ言うと矢の様に走り去って行った。

その一瞬の出来事に僕は、親鳥の餌を待つ雛のように口を開けたまま立ちすくんでしまった。



(嫌な予感しかしない)



まさかとは思うが、あの様子だと大体の想像はついてしまう。

でも、もしかしたら今朝みたいにただ僕をからかっているだけかもしれない。



(4時にタイヤ公園か……)



そのどちらだとしても、4時にタイヤ公園は不味い。

完全に美紀とバッティングしてしまう時間だ。


僕の想像通りの出来事だとしたら、梢の気持ちには答えてあげる事は出来ない。

今の僕には美紀が一番だし、それ以外の選択肢なんて欲しくもない。


なにより美紀を傷つける事だけは何としても避けたい。

だから、梢には申し訳ないが“今日は行けない。”と、断ってしまおう。


そう決意して投げ出されたまま放置してあった木板を拾い上げゆっくりと棚の上に乗せる。

これからやならきゃいけない事を考えると、どうしても暗い気持ちになる。



「本来なら嬉しい悩みの筈なんだけどな」



贅沢な悩みなのかもしれないが、悩みは悩み。

優劣はない。

僕はその暗い気持ちを抱えたまま教室へ戻るしか出来なかった。



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