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2-2


「で、この問題なんだけどね」



今は休み時間。

梢は僕の机の上に問答無用で宿題のプリントを広げている。


まだ、机の上にはさっきまで使っていたノートとかが残っているのだが、そんなのお構いなしだ。

僕のノートや教科書の端が、乱雑に広げられたプリントのせいで折れてしまっている。



(やっぱり間違った選択だったかな?)



僕は宿題を教えると約束した事を後悔し始めていた。

まぁ、今更後悔しても仕方ない。



「ああ、これね。まずさ、内角って分かる?」



宿題として与えられているのは、図形の内角の一片を求める問題だ。

所詮は中学生の教科書レベルの問題。

基本的な多角形の内角の和の公式と、二等辺三角形や正三角形等の特徴を理解しておけば苦も無く解ける。



「今の?」



梢が一言だけ訪ねてくる。

聞き間違えたのか、質問の意味が良くわからない。


まず基本の知識として、多角形の内角の和は(n ― 2)×180度で表される。

ただそういった知識を知っているか聞く前に、そもそも内角って言葉の意味が分かるか?と聞いているのだ。



「なんでもいいから、内角は分かる?」

「たぶんだけど、いいかな?」

「ああ、好きな様に答えて」



分からないなら、分からないでも良い。まずは、そこから始めよう。



「橋本?」

「はっ?」

「橋本内閣?」

「……」



(駄目かもしれない……)



……予想外の回答だった。


教えてあげるなんて軽々しく発言した自分を後悔した。

いや、してしまった。


でも、そんな僕の後悔を梢は知る訳もなく。



「違った?」



と、申し訳なさそうに聞いてくる。



「いや、なんかごめん」



梢は本気で答えたみたいで……そう思うと、僕の方がなんか申し訳ない気持ちで一杯になる。

まず、僕が聞いているのは、“内閣”じゃなく“内角”だからね。


しかも、今この時代の内閣は小泉内閣だから……と、それは静かに胸の内にしまう事にした。

結局、問題全て教えるのに4限目までの休み時間全てを注いだ。

それでも終わる目処が立たなかった為、ついに僕はプリントを写させるという選択を取ってしまった。





「いやー、何とか提出出来たよ!ありがとーぅ!」



そう言いながら梢は、僕の背中をバンバン叩いてくる。

割と痛いからやめてくれないかな?本当に……。


でも、梢はそんな僕の意図に気が付いてくれる様子は全くない。

今は4限目の数学の授業を終え、周りは給食の準備を始めている。

そして、僕も周りに習い給食の準備をしている。


このなんでもない作業が意外と忙しかったりするのだが



「でもさー、やっぱ、勉強向いてないわ、私」



そんな事は目に入らないらしい。

梢はそのまま話続ける。


相手するのも面倒なので、意図的に“聞いてませんよ“的なオーラを出しているのだが気が付いて貰えない。



「教えてもらったけど、やっぱ理解してないもん」



そういう事は教えた本人の前で言わないでほしいと思う。

暗に“教えた意味なし。”と言われている様な物なのだから。

犠牲にした休み時間を考えると少し悲しくなる。



「まぁ、いいんじゃないか?勉強が苦手なら梢の長所を伸ばせばいいよ」



僕は梢が雰囲気を読んでくれる事を諦め、机の上に班全員で使用する大きなテーブルクロスを広げながら適当に答える。


さっきの光景を目の当たりにして、勉強に関しては勧めることを諦めていたからだ。

人には、向き不向きがあり梢が一生懸命勉強に身を捧げてもあまり良いことはないと思ったのだ。


まぁ、今は勉強云々よりもこの忙しい雰囲気を察して欲しいと切に願う。



「私って長所あるのかな?運動は得意だけど、誰にもまけないって訳じゃないし……」



急に、梢の声のトーンが下がって神妙な面持ちになる。

まさか、本気で相談にきたのか?


そんな訳はない。


第一こいつは、底抜けに明るい。そんな繊細なタイプではないはずだ。

きっと心配したところでさっきみたいに、からかわれるのが関の山だ。



「さぁ、ないんじゃないか?」



だから僕は、適当に返事をする。

もう、この話終わりでいいよね?今僕は忙しいから。



「そう……だよね……」



梢は、今にも消え入りそうな声で静かに呟く。



(えっ?)



そんな様子に驚き、慌てて梢に視線を向ける。

すると、梢はうなだれた感じで今にも泣いてしまいそうな雰囲気を醸し出している。



(マズイ!)



本気の相談だったのか!

これじゃあ、空気読めないのがどっちか分からない。



「じ、冗談だよ?」

「ううん。いいよ。自分でも分かってるから」

「いや、違うってば!」



図星をつかれた子供みたいに、つい声が大きく荒くなってしまった。



「ごめん……。でも、そういうのって正直に言うのが恥ずかしいっていうか。なんていうか……つい適当なこと言ったていうか……」



焦って次から次へと言葉を紡ぐたびに、自分の発言がどんどん嘘っぽくなってしまう。



「じゃあ、正直に言って」



そう言って、梢は少し潤んだ瞳をそのまま僕に向けてくる。

そんな目で見られると適当にはぐらかす事が出来ない。


ズルい……。

反則だと思う。


でも、元はと言えば僕が原因なんだけど。



「……梢は沢山の長所を持っていると思うよ」

「例えば?」



それを聞いた梢は、やけにグイグイくる。

きっと誤魔化されるのが嫌なんだろう。



「いつでも前向きな所とか、誰とでも仲良くできる所、自分の気持ちを素直に表現出来る所、他にも沢山ある」



僕は言葉を選びながら正直に告げる。



「確かに勉強とかは、向いてない所もあるかもしれない。でもね、人としっかりとコミニケーションを取れる事、常に前向きな所なんて、勉強では測れない生きていく上で大事な要素だと僕は思っている」



言っている事は嘘じゃない。

仕事でも何でもそうだが、大人になればテストで何点とれるかなんてまったく関係ない。

知識だってインターネットを使えば幾らでも手に入る。


要は、そういった知識をどう活用するか。

または、人をどう動かすか。

人の機微をどうやって察するか。


そういった技術の方がはるかに重要なんだ。



「それにさ、梢の行動って、普通の人がしたらムカつく事でも、不思議と悪い気がしないんだよね。たぶん、それって凄く貴重な事だと思うよ?」

「うん?そうなのかな……」



梢にしてはやけに自信がない。



「うん。自信持っていいよ。周りを見たって、僕や他の男子と気軽に話が出来る女子はそういないでしょ?誰とでも気兼ねなくコミニケーションとれるのは、一つの能力なんだよ」

「そう……かな」

「ああ、だから勉強が苦手だと思うなら、そういった優れている所を伸ばせばいい」

「うん。そっか」



梢はパッと明るい笑顔を浮かべていた。

本当に単純だけど、そういう切り替えの早い部分は素直に羨ましい。



「あ、ありがとうね」



珍しく梢からお礼を言われたせいで、なんか少しむず痒いような気持ちになってしまう。

ただ向こうも同じ気持ちらしく、そのまま小走りに廊下へ出ていった。


しかし……とある疑問が脳裏に浮かぶ。



(あいつの班、給食当番じゃなかったか?)



「西山さん、あなたどこ行ってたの!あなたの班、給食当番じゃない!」



案の上、担任の怒った声が廊下から聞こえてくる。



「すみません!忘れてました!!」



すぐさま威勢のいい謝罪が聞こえ、クラスから笑い声が上がる。



「喋らなければ可愛いのに……な」



ふと、繊細で不器用な子への本音が漏れてしまった。



◆◆



給食も終わり長い昼休みを得た生徒達は、柔らかな水色の空の下バレーやバスケ、サッカーなど皆思い思いの活動をしている。


そんな生徒達の楽しげな声が透き通った風が交じり、さわさわ、さわさわと木の葉を揺らすそんな音と共に聞こえてくる。



「微妙にズレてるのか……」



そんな気持ちのいい日に僕は、保健室のベットに横たわっていた。

別段、体調が悪いわけではない。

ただ、一人保健委員としての役割をこなしているだけだ。


本来なら、保健室には養護教諭という怪我した時の応急処置を行う先生が一緒にいるはずなのだが、今日は定例の職員会議とやらで席を外している。


その為、何かあった場合すぐに養護教諭に連絡出来るように待機しているという訳だ。

ただ、こんな天気のいい日にわざわざ保健室に来る人はいないらしい。

どうせ誰も来ないのなら、バカ正直に椅子に座っている必要もない。


そう考え誰もいないベットに横たわっているのだ。

ただ、誰もいない保健室という状況も案外悪くはない。


この時計……


過去に戻る。

そんな不思議な出来事の唯一の手掛りである懐中時計の微妙な違いに気が付くことが出来たのだから。


その微妙な違いとは、時計の右下の円が差している時間が、昨日……正確には3年前と微妙にズレている。


この微妙な違いは何なのか?と僕はベットに横たわりながら考えていた。

そして、ある一つの仮定に辿りついた。


昨日、美紀と僕が推測したように、この右下の円は年代を指しているのではないか?という事だ。

ただ、それは今日の年代ではなく、明日僕が移動する年代ではないか。

そう疑っているのだ。


昨日、僕が小学生に戻っていた年代は1997年。

その時、この時計は短針が20、長針が00を指していた。


そして、今日は携帯や保健室にあるカレンダーでも確認したが2000年。

今この時計は短針が20、長針が03をさしている。


となれば明日僕は、2003年に移動しているのでないか?

という仮定に辿りついたのだ。

残念だが、日にちまでは分からない。


ただ、この仮説は明日になれば自動的に正しいかどうか証明される。

逆に言えば、明日にならないと正しいか間違っているかさえ分からない。



「まぁ、どちらにせよ。今は何もできない……か」



結局の所、その仮定が正解してようが間違っていようが今の僕に出来る事はない。



「なら、今何をするべきか」



予想でしかないが、今日という一日しか中学生の自分には戻れない。

それなら、将来の為に今何をすべきなのか、何を成さなければいけないのか具体的な指針が浮かばなかった。

これまでの人生何回“人生をやり直したい。”と強く願ったかは分からない。


だけど、今なら分かるがそれは自分の生き方に満足していなかっただけで、具体的に過去に戻ったら”あれをやろう、これをしよう。”なんて決めてた訳じゃない。


そう、一言でいうなら


もっと勉強しておけばよかった。

諦めず行動しておけばよかった。

そんな漠然とした事しか考えていなかったのだ。


要は、自分の努力や行動が足りなかった事を嘆いているだけだった。

そう思うとたった一日で自分が努力出来る様に、性格から改善するなんて出来ない訳で……



「まぁ、意外とやることないな……」



そんな素直な感想が出てきてしまう。


この機会にお金儲けでもしようかとも思うが、競馬等のギャンブルはやったことが無く結果が分からない。

先行きが明確な株をやるにしても、中学生が一日で口座や購入資金を用意できる訳がない。


なにより、この時代株なんて触ったこともないのだから、儲かる銘柄なんて知る訳もないし売り時も選べない。


過去に戻ったのはいいが、準備期間も無く“一日だけ”という制限下では意外とやる事がないのだ。


僕はため息をつき、小さな穴の空いた天井をただ見つめていた。

すると突然、制服の内ポケットに忍ばせておいた携帯がブルブルと震えた。


この時代、携帯持ち込みOKな中学校など存在しない。

所持している事をバレないように、常にマナーモードにして内ポケットに忍ばせている。


もちろん授業中には電源を切っている。


もし、所持している所が見つかれば、没収+お説教という有難い組み合わせが待っているのだから当然の配慮だ。



たけど、今はこの保健室には僕以外誰もいない。

なら、携帯を使用しても何も問題はないだろう。


念のためもう一度周りに誰も居ないことを確認した後、僕は携帯を取り出した。

そこには白黒の機械的な文字で“佐藤美紀”と表示されていた。


その機械的な文字を見ているだけで胸がキュッと締め付けられ、それでいて嬉しいような不思議な気持ちが湧き出てくる。

これが、条件反射っていう奴なのだろう。


もし、僕がパブロフの犬なら今頃このベットは涎まみれだ。



「もしもし、今大丈夫?」



携帯から聞こえる声は、消え入りそうな位小さかった。

そんな美紀の声を聴くだけで、胸がキリキリと痛む。

だけど、凄く幸せな痛みだ。



「うん、大丈夫だよ。ただ、今保健室だから、誰かきたらすぐ切っちゃうけど」

「どうしたの?どこか悪いの?大丈夫?」



矢継ぎ早の質問。

それに美紀の声が少し大きくなる。



「いや、委員の仕事。問題ないよ」

「なんだ、よかった」



美紀の安堵の声が聞こえる。

僕を心配してくれているのだ。

そんなちょっとしたことが堪らなく嬉しい。



「で、どうしたの?何かあった?」

「あっ、今日ね。タイヤ公園で会えないかな?丁度部活が休みになったから。塾いくまで時間ができちゃったの」



タイヤ公園とは、お互いの学校から中間の距離にある公園で、廃棄処分されたタイヤが集まって色々なオブジェを形成しているのでタイヤ公園と呼ばれてる。

ただ久しぶりにその名前を聞いたので、思い出すのに少し時間がかかってしまった。



「もちろん大丈夫。で、何時くらいに行けばいいかな?」

「じゃあ、4時位でどうかな?」

「うん、じゃあ4時で。」

「あっ!なんか、足音がするから切るね。それじゃ、後でね」

「はーい」



そういって僕は電話を切った。

これくらいの事ならメールで送ればいいのに。と思ってしまうが、それは今の時代出来ない事だとすぐに思い出した。


美紀と僕の携帯は、登録している電話会社が異なる為お互いにメール交換をすることが出来ないのだ。

規格がまだ統一されてないのか分からないが、この時代電話会社が異なればメール交換なんて出来ないのが当たり前だった。


僕があたりまえに使っていた技術も、ほんの10年前まではまだまだ未来の技術だった

ひょんなことから10年という歳月の間の技術進歩という物を実感してしまう。



(あぁ…色々不便だけど色々と楽しいな。)



電話しか連絡方法が無い事も、隠れて規則違反するのも、悪い事ではない。と思ってしまう。

もちろん校則違反は悪い事なのだけれど……。


今美紀は忙しいんじゃないか?

何時なら連絡しても大丈夫だろうか?

そんな事ばかり考え、相手の都合や気持ちを出来る限り思いやる。


当然いくら考えたって答えなんて出ないし、うまく行かない事ばかりだけど。

でも、こんな事もう体験出来ない事だと思う。


後10年もすれは、世の中益々便利になり電話が繋がらな無くても重要な事はメールやアプリ等で済ませられる。

連絡を取り合うのも便利だし、余計なすれ違いも発生しない。

素晴らしい事だ。

でも、今の僕はこれだけで十分だ。


自発的に他人の都合や感情を考える機会なんてそうそうあるものじゃない。

それを多感なこの時期に自然と出来るのは何よりの宝物だと僕は思う。


大人になれば仕事など他に優先するものが沢山出てきてしまう。

今、僕にとって一番大事な美紀だって、10年もすればその序列が変わってしまうのかもしれない。

それが大人になる。という事だと思う。


でも、今は違う。

全ての中心に美紀がいる。

美紀の為なら、学校をさぼる事だって、友達や親との約束だって無視出来る。


全ての行動における最優先事項が自分の大切な人なのだ。

それが出来る“今”という時間の貴重さを心から実感していた。


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