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2-1


“ピリリリリリリ”


携帯電話のアラーム音が部屋に鳴り響く。


僕は音源に手を伸ばし、慣れた手つきで携帯のアラームを止める。

重い頭を無理やり起こし携帯を見ると、白黒のデジタル数字で“7:00”と表示されていた。


いつもなら起きなければいけない時間なのだが、今は小学生。

これなら2度寝しても問題ない。

むしろ起きるのには早い位だ。


そう判断し僕は再びベッドの毛布にくるまる。

ただ、その時ふとした疑問が頭をよぎった。



(あれ?携帯なんて小学生の時持ってたか?)



答えはノーだ。

小学生の頃、携帯なんてまだ世の中に浸透していなくて、ポケベルが大人たちの間で流行っていただけだ。



「え”っ!!」



僕は毛布を蹴り飛ばし辺りを見回す。

あのペンキを塗っただけの粗末な壁や木製の低い天井など見当たらない。


その代わりに、白い壁紙が張られた真新しい壁や天井、服をかける鉄製のラック。

そして新品のベッド。


ここは、見覚えがある……

実家にある僕の部屋だ。


壁紙の色や床などまだ真新しい感じがするが、間違いなく僕の部屋だ。



(戻ってきた……?)



寝ぼけた頭で必死に考えるが結論が出ない。

その時、ふと視線の先に見慣れない物が吊るされているのに気が付いた。



「これは……」



ベットから立ち上がりそれを手に取る。

10年以上前に卒業した中学校の制服だ。


そんなものが、実家の……

こんな目立つ所にある訳が無かった。



(もしかして……中学生になっている?)



その疑問を確かめる為に、慌ててベットに投げ捨ててある携帯を手に取り今日の日付を確認する。


“2000年10月5日”

と、携帯には表示されていた。


つまり、昨日から……いや、小学5年の頃から更に3年経過している事になる。



「なんで、今度は中学生に……」



いきなり小学生に戻ったかと思えば、次は中学生だ。


自分の人生をやり直す。

そう決心したのはいったい何だったんだろうか?


ため息とともに勢いよくベットに身を預けると、背中に固い異物が刺さる。



「いたっ!」



反射的に上体を起こしベットを確認する。

そこには古ぼけた懐中時計があった。


僕が26歳の時に貰った時計。

そして、昨日と今日に共通する唯一の手掛かり。



「やっぱり、この不思議な出来事の原因はコレなのか?」



僕は時計を持ち上げ問いかける。

ただ、その時計は窓から入る朝日を反射し、ただ鈍い光を放つだけだった。





「それじゃ、いってくる」



そう言い残し皺一つないピシッとした背広を羽織って玄関に消えていく男性。

僕は居間で朝食を取りながらその背中を見つめていた。


黒縁のメガネに、白髪交じりの黒髪。

僕の父だ。


用意された朝食を取りながら、その後ろ姿を懐かしい思いとともに見送る。

父は、本来なら退職して年金暮らしをしているはずだが今は違う。

現役で働いているのだ。


風貌は、いかにも日本のサラリーマンという感じで特に特徴があるわけでもない。

お世辞にも格好良いとはいえない。


でも、家族の為に働きに出かける父をみると、やっぱりカッコイイなと思ってしまう。


中学生の頃はそんな事、夢にも思っていなかったのに。

昔の僕は父を尊敬するどころか、冴えない容姿を軽蔑し、ウザいだの、臭いだの散々な事を言って嫌っていた。


僕が生まれた時から父は仕事に行くのが当たり前で、僕の生活の殆どに父はいなかった。

それでも、満足に食べる事、遊ぶこと、学ぶことを当たり前の様に享受出来たのだ。


そんな環境であれば、父に感謝なんてするはずがない。



ただ、自分が働く立場になれば容易に理解できる。

その当たり前が父や母のどれだけの犠牲により成り立っていたのかという事を。

それを理解してしまったのだから、軽蔑なんて出来る訳がない。


会社へ行く父の背中を見て何故かそんな思いが湧き上がってしまった。


ただ、その途中で気が付いた事がある。

それは、僕の過去の記憶についてだ。


元々、僕は26歳まで特に不幸でも幸福でもない普通の人生を送ってきた。

その記憶についてはすべて保持している。


だから、今みたいに父の後姿を見て感謝の気持ちが湧き上がってきたのだ。

ただ……過去の……昨日までの記憶の中にまったく新しい人物が度々登場してくるのだ。


その人物の名は、佐藤美紀。


僕が昨日……正確に言えば3年前に告白をした女の子だ。

本来なら中学生時代の日常に、“佐藤美紀”という存在が登場することは無かった。


だけど、今の僕には美紀と一緒にいる記憶がある。

毎日時間さえあれば電話して、長い時間何でもない事を話し合って……


その内容だけでなく、一緒にいる時の嬉しさや会えない時の寂しさ何てものまで、昨日の事ように正確に記憶してしまっているのだ。


厄介な事に感受性や経験による挙動の変化は、小学生に戻った時にリセットされてしまっているらしい。

だから、今その事を思い出すだけでも胸の奥が焦げ付くようなムズムズする感情が湧き上がってしまう。


たった3年ではあるが、確実に僕の人生は変化している。

そしてそれは間違いなく良い方向に。


それを確信する度、思わず顔が綻んでしまう。

まるで自分が選ばれた人間であると錯覚してしまう位幸せだった。


そんな幸せをニヤニヤと笑いながら享受している間に、いつの間にか朝食を綺麗に平らげてしまっていた。

綺麗になった食器を見て幸せそうな笑顔を浮かべている僕。


うん。

まぎれもない変人だ。


冷静になると、少し恥ずかしい。

僕はその恥ずかしさから逃げるように“ごちそうさま“と一言を残して席を立った。


母親はもう早く用意しろだの、さっさと学校に行けなどそういった事は言わない。

中学に上がってからは、自主性を育てる方針に変更したそうだ。



(まぁ、とりあえず学校へ行こう)



そういった親の期待や信頼を無駄にする訳にもいかない。

それに昨日……小学生に戻ったとき色々と今の状況について考えてみたのだが、結局なにも進展は無かった。


それに、“今日学校を休みたい。”と親に言えば休ませて貰えるのだろうが、新しい手掛かりもない状態で休んでもあんまり意味がない。



(それに、ちょっと楽しみだ)



本音を言えば、10年ぶりの中学生活を楽しみにしている自分がいる。

持っている知識や経験、そして人間性。


もう何もかもが、当時の僕とは比べ物にならないのだから。

なら、もう考える必要はない。


僕は軽い足取りで、自分の部屋に戻った。

まだ新しい制服に着替える為に。





露っぽい少し冷たい空気。

時計の音だけが規則正しく響く、凛としたおごそかな雰囲気。


朝の誰もいない教室。

それは思いの外気持ちが良かった。


それに今回は小学生の時とは違い、自分の席はどこ?クラスは?などと考える必要なかった。

何故かは分からないけど、昨日までの全ての記憶をきちんと把握できている。


だから、ずいぶんと余裕を持って過ごす事が出来ている。


上機嫌で気持ちのいい朝を満喫していると、後ろの方でヒタヒタという足音が聞こえた。

誰か入ってきたのだろう。


でも、別に気にする必要はない。

この凛とした空気が壊れてしまうのは少し残念だけど、騒然とした教室もきっとまた違った趣があると思う。


僕は後ろに視線も向けることなく漠然とそんな事を考え、ただ自席に座りながら残り少ない朝の静かな教室を満喫していた。



“サクッ”



突然、針を何かに刺すような音が聞こえた……気がした。



「いったぁぁぁ!!」



突然の痛みに背筋がピンと跳ね上がる。

声を荒げながら慌てて後ろを振り向くが誰もいない。


その代わり足元に見慣れないトゲトゲしたウニみたいな物体が落ちていた。

僕はそのウニの様な謎の物体をつまむように持ち上げる。



「……イガ栗?」



(なんで、こんなものが?)


学校には栗の木なんてないし、そもそもここは3階だ。

自然に入ってくるような物じゃない。

そんな不思議な出来事に戸惑っていると、また背中に激痛が走る。



「いったぁぁぁーーーー!!」



反射的に痛みが走った方向に体を向けると、教室から廊下へ走り去っていく人影がかろうじてだが、確かに見えた。

一瞬の出来事だったため、顔は分からないが男子生徒だった。



(えっ?僕、いじめられてたっけ?)



一生懸命自分の記憶を辿るが、まったく心当たりはない。



(いや、気が付いてないだけで、本当は苛められてるのかもしれない)



その答えは、自分の記憶にしかない。

一生懸命記憶を辿りどんな些細な事でも良いから手掛かりを探す。


すると”ぎゃああぁぁぁぁ!!”という絶叫が廊下から聞こえた。



(何だ?)



記憶の検索を中断し慌てて廊下へ出る。

そこには二人の男子生徒がいた。


手を上に掲げ、喜んでいる背の高い男子。

そして、反対に床にうずくまっている少し太った男子生徒。


なんてことはない。

二人はいつも僕とふざけ合っている仲のいい悪友。


よくある日常の光景だ。


ただ、床に散乱している大量のイガ栗と太った男子生徒が床で悶絶している事を除いてだけど……。


長身の男子生徒は、ひとしきり太った生徒をバカにすると、散乱しているイガ栗を数個拾い上げ逃げるように走り去っていってしまった。



(何してんだ?)



素朴な疑問が持ち上がるが、うずくまっている小太りの男子をそのまま放置しておく事も出来ない。

仕方なく僕は太った男子に近づき声をかける。



「いったっ!!」

「いったぁぁぁぁ!!」



二つの絶叫が廊下を走る。


うずくまっていた男子が、傍に落ちていたイガ栗を僕の脚におもいっきり押し当てたのだ。

イガ栗の針の束のような棘が容赦なく僕の脚に深く刺さる。


注射針を纏めて腕に刺したような激痛。

それが腕から全身へと伝わっていく。



僕は余りの痛みに床に転げるまわるように悶絶してしまう。

それと同じく、イガ栗を押し当てた長身の男子生徒も、その時の反動で手に大量の棘が刺さり悶絶している。



(お前なにしてんだよ!)



そんなツッコミを入れたくなるが、そんな余裕はない。



「イ、イェーイ、引っかかった~」



僕より痛みの度合いが小さかったのだろう。

先に痛みから回復したデブが涙目になりながら、僕を馬鹿にして走り去っていった。


その挑発に応える事も出来ず僕は暫くの間、誰もいない廊下でただうづくまり悶絶していた。



「ふふふ……」



時間の経過と共にその痛みから解放され、何故だろう……笑いがこみ上げてきた。

それは決して楽しい笑いじゃない。


気持ちいのいい朝の雰囲気を一方的にぶち壊された事。

心配して声をかけたのに、その恩を仇で返された事。

さらに自爆するような馬鹿に、馬鹿にされた事。


その一つ一つの事実が、内側からじわじわと怒りとなって湧き上がってくる。



「いいよ。相手してやるよ……徹底的にな!」



こうして、早朝の学校で教室・廊下を駆け巡っての戦いの幕が切って落とされた。





「えー、今後イガ栗の校内持込みは禁止です。いいですね」



朝のホームルームで、担任が呆れながら今日追加された最新の校則を告げる。

原因は単純。

数人の生徒が持ち込んだイガ栗が複数のクラスを巻き込んでの投げ合いに発展したからだ。


それだけなら特に大きな問題にはならなかったかもしれないけど。

普段大人しい男子生徒や女子にまで被害が及べば話は別だ。


先生が駆けつける程の大きな騒ぎになってしまったのだ。


その争いは、先生が主犯格と思われる数人の生徒を指導室へ連行していくことで閉幕となった。

僕は騒ぎが大きくなった途端、すぐに争いを辞めて傍観者の立場を取った為、連行されることは免れた。


今の僕は小学校の頃とは違い真面目な生徒として過ごしている。


勉強もクラスでは常に上位入るし、先生からもある程度は信頼されている。

だから、現行犯でない限りは捕まらない。

そう判断しだのだ。


そんな日頃の行いも幸いし、思惑通り僕が連行される事はなかった。

やはり、日ごろの行いは重要だ。

人は見かけで判断されるんじゃない。

見た目も含めた普段の素行で判断されるのだ。


僕は涼しい顔で朝のホームルームを受けていたが、実は全身汗だくだった。

遠目には汗をかいている事なんて分からない。

それが功を奏した結果だ。


でも、なんだか妙な満足感で包まれている。

こんなバカみたいな争いが心底楽しかったせいだ。


ワクワクするというか、胸が躍るというか形容しがたい程興奮してしまった。

くだらない遊びに本気になって取り組む。


こんな事今しか出来ない。

本当に子供の内にしか体験できない貴重な遊びなんだ。


そんな青春の貴重さをしみじみとかみしめていると、“バサッ“柔らかい物体が後頭部に引っかかった。


なんてことは無い。

部活などで使われるハーフタオルだ。



「朝から楽しそーだねぇ」



後ろから陽気な声が聞こえる。

ゆっくりとその声の方向へ振り返るとそこには、ショートカットの女子がいた。


膝上まで露出している短いスカートや下着がすこし透けて見えるYシャツ。


名前は、西山梢。


勉強は果てしなく出来ないが、スポーツだけは万能な元気な子だ。



「汗ふくのに必要でしょ?」



僕と梢は普段から良く絡んでいるので、かなり打ち解けて話す間柄だ。



「それはどーも」



僕は軽く返事をして、投げつけられたタオルで汗を拭きとる。



(あれ……?)



何か……違和感を感じる。



「これなんか濡れてない?」



勘違いだろうと思うが、一応感じた違和感について聞いてみる。



「そりゃそうだよー。さっき朝練でつかったもの」



(まじですか……)



僕は非難と文句の入り混じった視線を梢に向ける。

それを何と勘違いしたのだろうか、梢はグッと親指を立ててウインクをしてきやがった。

なんていうか……色々な意味で残念な子だ。



「あのさぁ……こういうのは、使ってないの渡すでしょ?普通」

「あれ?そうなの?でも、結果は一緒でしょ?」



梢は何言ってるの?みたいな感じで不思議そうな表情をしている。

そんな表情を浮かべられたら僕が非常識なのか、むこうが非常識なのかわからなくなってしまう。



「あのさ、なんていうかもっと恥じらいを持ってくれるとありがたいよね?」

「え~、もー、わっがままだなぁ」



 だれが我儘だ。誰が。



「じゃあ、取引しよう!」



なんだそれ?何で僕がお前と取引をしなきゃいけない。



「貴方は私のお願いを聞く。私は貴方のお願いを聞く。これがイーブンってもんでしょ!」



何言ってんだ?

なんだイーブンって、公平とでも言いたいのか?


もういい。こいつ無視だ。

無視しよう。


まともに相手していたら向こうのペースで話が進んでしまう。



「って、聞いてるの?」

「……」

「おーぃ」



梢は目の前で手をブンブン振ってくる。

ここで何か文句でも言おうものなら相手の思う壺だ。



 「……」



だから僕は無視し続ける。

はやく飽きてどっかに行ってくれと思いながら。



「でも、いいのかなぁ、せっかくそのタオル何に使ったのか教えてあげようと思ったのに」

「はぃ?」



無視できない発言に、思わず変な声が出てしまった。



「そのタオル、何に使ったのか聞きたくない?」

「え?普通に汗を拭っただけじゃないの?」



え?ちょっと何を言ってるのこの子。



「もー、違うよー」



まじですか?



「あの、何に使ったんですか?」



ちょっとした恐怖を覚えてしまう。なんだか嫌な予感がする。



「えー。恥ずかしいなぁ……言わなきゃ……ダメ?」



まてまてまて、本当に何に使ったの?ねぇ!

ていうか、お前が言いださなきゃ聞かなかったよ!



「いや、ホント何に使ったんですか?」

「じゃあ、約束して。教えたら私のお願を一つだけ聞いてくれるって……」



なんで顔を真っ赤にしてそんな事言うのさ……。



「まぁ、お願いにもよるけど……」



 歯切れが悪くなってしまった。

 そのお願いが青春独特の甘酸っぱい物ではないかと疑ってしまったからだ。



「ほんと!!じゃあ耳貸して。」



願いを叶える。とは言ってないからね?

でも、それを言ったらタオルを何に使ったか教えてもらえないから黙っておく。


卑怯だと思うが仕方ない。

その間にも梢は僕の耳に顔を近づけてくる。


梢の短い髪が、僕の目の前に薄いカーテンの様に広がり、その合間から見える梢の耳は真っ赤に染まっていた。


だけど、人の事は言えない。

たぶん僕のも同じだと思うから。


梢の顔が近づいてから、胸の鼓動が早鐘のようになり響いているのだもの。

吐息がかかる位まで、梢は僕の耳に顔を近づけ言う。



「ゆ・か・だ・よ。バーカ」



はい。終了。

想像していた青春独特の甘酸っぱい感じではない。

ていうか、もう悪意しか感じられない。



「お前!!ってか、床拭いたタオル渡してきてんじゃねぇよ!」



フザけんな、ちょっとでも甘い想像してドキドキした僕の気持ち返せ!



「“使った”とは言ったが、“何に使った”とはいってないじゃない~」



クソ!ほんと嬉しそうな声を上げやがって……。

さっきまでドキドキしていた僕は何だったんだ?

もう、勘違いも甚だしい。

ただの痛い奴じゃないか。



「お前……」



もう何か色々と言いたいけど、なにから言っていいか分からなくなってしまった。

勘違いして恥ずかしい気持ちや、またバカにされてしまった事など色々な思いが重なり、泣きたくなってしまう。



「ふふふ。私を馬鹿だと侮った罰さー!」



そんな僕の様子を見た途端、梢は急に態度を変えいつものように笑顔で明るく振る舞う。

からかわれているのは分かるのだが、そんな屈託のない笑顔を向けられると不思議と悪い気はしない。

これはこれで、彼女のひとつの才能なんだと思う。



「さてと、約束は約束だかんね」

「はい、無理ですー。無効ですー」



当たり前だ。

人の事バカにしておいてお願いを聞いてもらえる訳がないだろうが。



「ちょっと~、せめて聞くだけ!ねっ!瞬きしてる内に終わるからー」



何その言い回し。

何処で覚えてくんの?ねぇ?



「あーもう、何だよ?」



こんな事周りに聞かれたら何て誤解されるか分からない。

そしたら、もう相手にする以外ないじゃないか。



「宿題写させてっ」



梢は、両手を顔の前で合わせ懇願するように頭を下げてくる。



「はい、ムリー」



最初からそうやって言えば、善処したかもしれないが、今のやり取りの後だと当然答えはノーだ。



「えー!!」

「人を馬鹿にするだけの知恵が回るなら、宿題位とけるでしょ?」

「ムーリーだってー、昨日一晩中考えて出来なかったんだもん!!」



だから、それ自慢げにいう事じゃないって。

と心の中だけで突っ込む。


それにいちいち相手にしていたらまた、話が別の方向にズレかねないからね。



 「おーねーがーい、ねっ?」



そう言って今度は、かるく握った両手を顎の下に置き、首を少し傾げて僕を見つめてくる。

可愛いポーズのつもりなんだろう。

何でだろう……凄いイラッと来る。



「はぁ……じゃあ、“教える“ならいいよ。」



まぁ、よく考えればここで断るのも少し大人げない。

中学生に勉強教えてと言われているだけなんだから、教えてやればいい。

少しイライラする挙動は別にしても、普通の大人なら教えてあげるはずだ。



「本当?!」



よほど切羽詰っていたのか、梢は目を大きく見開いて嬉しそうに尋ねてくる。

それなら、もっと頼み方があったんじゃないか?とも思う。



「約束だからね。数学4限目だから、それまでの10分休みは全部開けとくんだよ?いいね?」



梢は、矢継ぎ早に言葉をまくし立ててくる。

あけておくんだよって……教わる態度じゃないよね?

そんな疑問をそっと胸にしまう。



「はいはい。あけておきますよ」

「いゃー、よかったよー。全然分かんなくてどうしようかと思ってたんだ。」

「ていうかさー、一晩中考える位なら親に聞くとか、別の方法あったでしょ?」

「あ、大丈夫。15分位だから」

「は?」

「私の一晩中って15分位の意味だから。覚えといて。」

「おまえ……」

「ハイハイ、じゃあ休み時間開けとくんだよ」



梢はさらっと嘘つき、ひったくる様に僕の首にかかっていたタオルを取る。

そして、軽く笑うと自分の席に小走りでもどっていった。


僕はその後ろ姿を唖然としながら見送ることしか出来なかった。


なんだろう、静かな朝から嵐の様に一気に色んな出来事が早足で通過していった。

本当に色々とめんどくさいと思う。


でも、悪くない。

バカな事で本気になり、下心のない無垢な悪戯を仕掛けられる。こんな事今しか経験できないかけがえのない物だと知ってしまっているから。


大人になれば、見栄だとか立場とかそういった色々な物が邪魔して素直に振る舞う事が難しくなってしまう。


イガ栗の投げ合いや、友達相手に好き勝手行動し迷惑かける事もかけられる事も今しかできない貴重な物だ。

大人で同じ事をやれば確実に軋轢を生んでしまう。


中学生なんてまだまだ子どもで、お互いに純粋だから許される。

そんな免罪符が付いているおかげだ。

その免罪符は、僕ら大人がいくらお金をかけようが二度と手に入れられない大切な物。

そして、その貴重な時間は僕の胸に一生刻まれていく大切な物。


だから、今はその貴重な時間を噛みしめるように大事に過ごしていこう。

そう心に強く誓った。


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