居酒屋と小料理屋って水商売に入るのかなと思う今日この頃
◇
……というわけで、優の家に到着した。
「皆さんようこそ、「虹化粧」へ」
彼らがやって来たのは、直方体型の建物だった。屋根が平らな二階建てで、一階部分には店舗が入っていた。要するに、店舗兼住宅というわけだ。
「……何これ?」
「お店?」
「居酒屋だ」
そう。一階の店舗は、居酒屋だった。居酒屋「虹化粧」こそが、優の家であった。
「っていうか、お姉さん、目の色……」
「あら、お姉さんだなんて。嬉しいこと言ってくれますね」
そこでようやく、唄羽が優の瞳に気がついた。いつの間にか、優の瞳が、白銀から蒼に戻っているのだ。
「うぉー! ほんとなのよぉ!」
「魔女ですから」
「な、なんと……! この最強の魔女「ギャラクシー・デストロイヤー☆」ですら出来ぬことをあっさりとなのよぉ!」
その変貌っぷりに、厨二の涙花が感激、いや戦慄している。……優は多重人格者で、人格と共に目の色も変わっている。魔女云々とも関係あるのだが、その辺は面倒なので割愛。
「さ、入りますよ」
「「「はーい」」」
「……」
そういうわけで、優たちは居酒屋「虹化粧」の引き戸を開け、中に入っていった。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさい」
優たちが帰宅すると、中から女性の声が聞こえてきた。誰かいるのか?
「あら、天ちゃん。お留守番、ご苦労様です」
「いえ、お世話になっているのですから、当然です。あ、お夕食の用意と店内の掃除は終わりました」
優たちを出迎えたのは、エプロン姿の少女だった。髪は黒く艶やかで、腰まで伸びている。端正な顔立ちは、髪型と相まって、和風美人という感じだ。その表現に一つだけ異を唱えるとすれば、それは、エプロンの下にある、少女にしては大人びた体躯だろうか。このエプロンは無地だが、柄が入っていれば確実に歪んでいたことだろう。
「態々ありがとう。……でも、ちょっと追加しないとですね」
「え?」
優は店内のテーブル席に子供たちを座らせて、天に事情を説明することにした。
「天ちゃん。今日からこの子達をうちで預かることになったんです。紹介しますね。心ちゃん、亜子ちゃん、涙花ちゃん、唄羽ちゃんです」
「初めまして。一片天です」
子供たちの対面に座った天が、深々と頭を下げながら自己紹介する。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「よろしくなのよぉー」
「……」
そんな彼女に、子供たちの反応も概ね良好だ。闇代に対しては反抗的な亜子ですら、天には嫌味の一つも言わない。心は相変わらず無言だったが。
「……亜子ちゃん。わたしのときと反応違わない?」
「どっかの金髪馬鹿と、年上お姉さんを一緒にしたりしないから」
「わたしは天ちゃんより年上だよっ!」
どうやら、亜子は闇代が嫌いなだけらしい。……何と言うか、ご愁傷様。
「あらあら、闇代ちゃんと亜子ちゃんは仲が良いんですね」
「みたいですね」
「えぇー?」
「何それ?」
そんな彼女たちを、優と天が微笑みながら眺めている。本人たちは甚だ不服のようだが。
「とりあえず、お夕飯の用意は私が引き継ぎますから。後は、子供たちの部屋ですけど……唄羽ちゃんは狼の、亜子ちゃんは闇代ちゃんの部屋を使ってください。心ちゃんと涙花ちゃんは私の部屋で。後で案内しますね」
「おい、何で俺の部屋に?」
「わたしがどうして亜子ちゃんなの?」
そのまま子供たちの部屋割りを決めたら、狼と闇代ちゃんが異論を唱えた。まあ、狼はそういうの苦手そうだし、闇代も亜子と一緒は嫌みたいだからな。
「部屋数が足りませんから。瞳君は天ちゃんと同室ですし。それとも、狼と闇代ちゃんを同室にして、空いた部屋に二人でも―――」
「遠慮しておく」
「喜んで!」
しかし、優の台詞で二人とも意見を翻した。尤も、その内容は正反対だったが。っていうか、闇代は微妙に翻ってないな。
「いや、駄目だろ。お前と一緒の部屋とか」
「そうだよ! 闇代ちゃんばっかりずるい!」
「そういう問題でもないだろ」
狼の意見に美也が賛同するも、彼は素直に喜べないでいた。……もう、この子達もいい加減にすればいいのに。
「ふふん! わたしと狼君は愛し合った仲だもん!」
「な、あ、あい……!」
「本気にするな。闇代も変なこと言うな」
「狼君のことはいつだって本気だよ!」
「本当のことだもん!」
「お兄さん、モテモテだね」
「恋の三角形なのよぉ~!」
「そんなチビ助のどこがいいの?」
「子供が見るものじゃないな」
「言ってないで、収拾するの手伝えよ」
そんなわけで、話は大きく脱線し。結局、狼と唄羽、闇代と亜子が同室ということで決着がついた。
◇
……夕食の時間になって。
「いただきます」
「「「いただきまーす」」」
居酒屋「虹化粧」の住居スペースにて。優たちと女児たちが、皆で卓袱台を囲んでいた。とはいえ、総勢九名なので、卓袱台だけでは全然足りず、サブテーブルを用意する羽目に。更には、元々ここのLDKは手狭なので、かなり窮屈になっている。
「ん~! おいしすぎなのよぉ~!」
「うん、確かに。おいしい」
「肉じゃがうまー!」
「……」
「沢山作ったから、いっぱい食べてくださいね」
優と天が作った料理は、子供たちにも好評のようだ。優は居酒屋をやっているから当然として、天も結構料理が出来るらしいな。
「ふぅ……」
一方、狼は疲弊した様子で食事をしている。……先程まで、「ずっとここに居座る」と駄々を捏ねた美也を説得していたのだ。どうにか彼女を帰宅させて、消耗したエネルギーを補給している最中なのである。
「あの、えっと……もしかして、お口に合いませんでしたか?」
しかし、天はそれを、料理が不味いからだと勘違いしたらしい。不安げな表情で、そんな風に尋ねてくる。
「ん? いや、そんなことはないぜ。なあ、一片?」
「何故そこで俺に振る?」
急に感想を求められて、困惑する一片。折角の妹の手料理なんだから、何か言ってやれよ。兄貴として。
「……別に、食べる分には問題ない」
「あ……ありがとうございます!」
正直、それは感想と呼べるかも怪しかったが、天にとっては十分だったようだ。感激した様子で、頭を下げている。
「いいえ、私は、お兄様が喜んでくださるだけで幸せですから」
「良かったな一片。結婚し損ねても、妹が面倒見てくれるぞ」
「ふん、馬鹿馬鹿しい……」
一片はそう呟きながら、溜息混じり顔を伏せる。……それは、もしかしたら照れ隠しだったのかもしれないな。