最強の魔女なら、吹っ飛んだ腕を復活させたり、荷電粒子砲を撃ったり、何百年も生きたりとか当然だよね?
……その頃、闇代は。
「……ここ?」
「え、ええ……」
闇代がやって来たのは、例の如く会議室だった。部屋の扉は開け放たれ、廊下には水溜りが出来ている。……ここでは、部屋が急に水浸しになったらしい。
「えーっと……」
ひょっこり顔を覗かせ、中の様子を探る闇代。部屋の中には警察官と子供が数人いて、皆びしょ濡れだった。
「……凄い惨状だね」
「ええ……最初はスプリンクラーの誤作動だと思ったんですが、そういうわけでもないみたいですし」
年下の闇代にも律儀に敬語で話す刑事は、スーツの袖を示しながらそう言った。彼の袖は、雨に降られたかのようにぐしょ濡れであった。
「……あ」
「え?」
「あの子かな?」
闇代は呟きながら、部屋にいる子供のうち一人を指差す。……その子供だけ、衣服が殆ど濡れていなかった。
「どういう意味ですか?」
「ちょっと行ってくるね」
「あ、ちょ、ちょっと……!」
刑事が止める間もなく、闇代は部屋に入って、その子供―――女児に話しかけた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
声を掛けられた女児は、闇代のことを訝しむような目で見ていた。そんな視線には構わず、闇代は会話を続ける。
「あのね、ちょっと話があるんだけど、いい?」
「……なんで、あんたなんかと話さないといけないの?」
「……え、えっと、お嬢ちゃんに聞きたいことがあるの」
女児の態度にカチンと来る闇代だったが、ここは年上らしく華麗にスルー。見た目はともかく、中身は大人なのだから。そう自分に言い聞かせた。
「お嬢ちゃんて……同じ小学生の癖に、大人ぶっちゃって」
「わたしは高校生だからっ!」
が、さすがに小学生呼ばわりは見過ごせなかったのか、大声を上げてしまった。そのせいで、部屋中の子供と警官から注目されてしまう。
「あ、あはは……」
「高校生にもなってヒステリーなんて、みっともなーい」
「……」
ぷるぷる震えながらも、どうにかして、小生意気な女児の発言に耐える闇代。……っていうか、別にヒステリーは年齢関係ないような気もするが。
「ちょ、ちょっと違うところで話そうかな?」
「えー?」
「は・な・そ・う・か・な・?」
あくまで笑顔を保ち、しかし語気と気迫を強めて、闇代は女児にそう言った。
……そういうわけで、闇代と女児は二人で廊下に出てきた。
「はい、ジュース」
「えー? コーヒーの微糖が良かった」
「……あなたには、まだ早いと思うよ?」
折角、自販機で飲み物を奢ったというのに、女児は闇代の神経を逆撫でしていた。元々こういう性質なのか、それとも闇代が嫌われているのか。
「それで? 刑事さんでもなんでもないただの女子高生風情が、この私に何の用?」
「……それは聞き捨てならないね。これでも一応、あなたを助けてあげたのに」
闇代は自分の分のジュースを飲みながら、それまでの鬱憤も込めてそう言った。すると女児は、嘲るように鼻を鳴らして、こう返す。
「へぇー。おばさんの中では、私は助けられてたってことになってるんだー」
「お、おば……」
普段は子供だ、小学生だと馬鹿にされる闇代だが、おばさん呼ばわりもそれはそれで嫌みたいだな。……そのせいで、重要な台詞を聞き逃しそうになる。
「私、助けて欲しいなんて、一言も言ってないんだけど」
「……あなたは、誘拐されてたんじゃないの?」
「誘拐? ……ま、そう思っても仕方ないかもね。実際、殆どの子は誘拐されてるんだし」
「?」
女児の口振りからすると、彼女は誘拐されたわけではないようだが……では何故、あのトラックに乗っていたのだろうか?
「あ、そうだ。おばさん、名前は?」
「……飾、闇代。十六歳だよ」
「へぇ? 十六歳なんだ? てっきり私と同い年かと思った」
「……そういうあなたは? お名前、聞かせてよ」
おばさんと呼ばれたり、子供と言われたり、推定年齢が二転三転しているようだった。そんな挑発にも慣れて来たのか、闇代は努めて冷静に、そう問い返した。
「玄武亜子。九歳」
そうしてようやく、こちらでも、女児は自己紹介をするのだった。
……その頃、美也は。
「子供が飛んでるって、ここですか?」
「は、はい……」
美也がやって来たのは、やはり会議室の一つだった。刑事を伴って、部屋の前までやって来る。
「と、とりあえず部屋は封鎖して、他の人たちは避難させたんですが……何がなんだか」
「ふーん……やっぱり、そうなるんだ」
「はい?」
「なんでもないですよ? じゃあ、行ってきます」
美也はそう言って、一人で部屋の中に入る。
「わっはっはーーー!」
「えっ……?」
部屋の中では、想像を超える光景が繰り広げられていた。机や椅子が散乱していて、かなり荒れているのは、まあいいとして。問題は、部屋の中を女児が飛び回っていることだった。それ自体も事前に聞いていたのだが、その姿は予想外の一言に尽きる。……何せ、プロトタイプな魔女の如く、箒に乗っているのだから。
「……お優さんのご先祖様って、こんな感じなのかな?」
どうでもいいことを考えながら、美也は女児に近づいていく。とはいえ、向こうは美也に気づいていないみたいだし、空中旋回しながら暴れまわっているから、ぶつかりそうだな。
「おわぁーーーっ!」
「きゃっ……!」
そして見事に予想的中。美也と女児は正面衝突してしまった。……この場合、双方の不注意で過失相殺なのか、それとも女児のほうが悪いのか。
「ってててて……うぅ~、一体何なのよぉ~!?」
「それはこっちの台詞だよ……」
地面に倒れ込んで、腰と額を擦る二人。幸いにも軽傷……というか、傷一つないようだな。
「ってか、あなたは何者なのよぉ!?」
「それはこっちが聞きたいんだけどなぁ……。えっと、私は山下美也。高校生だよ」
美也はやや不服ながらも、女児に自己紹介した。すると女児は立ち上がり、誇らしげに胸を張ってこう言った。
「ふむ。私は清流涙花。ただしそれは、世を忍ぶ仮の姿なのよぉ! 真の名は、最強の魔女「ギャラクシー・デストロイヤー☆」なのよぉ!」
「うわー、厨二だー」
「ちゅ、厨二言うなっ……! 私はまだ小学生なのよぉ……!」
「わー、凄い凄いー」
「うにゃーっ!」
渾身の自己紹介を美也に軽く馬鹿にされて、最強の魔女「ギャラクシー・デストロイヤー☆」―――こと、涙花は激しく不満な様子。それを可哀想に思ったのか、美也は少しだけ彼女に付き合うことに。
「魔女ってことは、魔法が仕えるんだよね? どんなことが出来るの? 空飛んだり……は、さっきやってたか。他には何が出来るの? 腕が吹っ飛んでも復活したり? 荷電粒子砲撃ったり?」
「え、えーっと……何それ化け物?」
「私の知り合いの魔女なら、それくらい朝飯前なんだけど」
「えー!?」
……ただし、若干実体験が入っていて、最強の魔女「ギャラクシー・デストロイヤー☆」のペースを掻き乱すだけだったが。