適当に伏線回収しないと……
……さて、闇代はどうしたのか。
「それで、そろそろ話してくれない? わたしたちを襲った理由を」
「……」
「……ふぅ。駄目か」
荷造り紐で拘束した鎌江を、闇代は軽く尋問していた。しかし、彼女は口を割ろうとしない。頑なに黙りこくっている。
「えっと、鎌江さん……だよね? そろそろ何か話して?」
「何か」
「いや、そうじゃなくて……」
「そろそろ」
「あ、うん、もういいや……」
挙句、そんな風に返されて、闇代は尋問を断念。さすがに呆れているようだ。
「何なら水攻めでもする? 水に沈めて窒息させれば簡単に口割りそうだけど」
「止めて。そういうのは嫌なの」
「水攻めのほうが早いじゃん」
「そうかもしれないけど……でも、嫌なの。そういう酷いことするのは」
痺れを切らした亜子の提案に、闇代は首を横に振る。……荷造り紐で緊縛は良くて、水攻めは駄目なのか。まあ、必要性の観点から言えば、しなくてもいいことではあるだろうが。
「……甘すぎ」
「そうだよ。わたしは甘いの。だって、除霊師だし」
「……それ、関係あるの?」
「除霊師は基本、博愛主義だから」
亜子の問いに、闇代はそう答える。確かに闇代は甘い。今は共に居候している一片だって、元は母親の敵だったのだ。しかし今では、彼を仲間の一人として認識している。……けれどそれは、彼女に限った話ではない。彼女の父親も、親の敵を殺さず捨て置くくらいに甘かった。そもそも、除霊師という人種自体、どこか残酷になりきれないところがあるようなのだ。
「……ぷっ」
「え……?」
そんな彼女たちの会話を聞いて、鎌江が急に笑い出した。二人の話が可笑しくて―――というか、馬鹿馬鹿しくて、つい笑ってしまった、って感じだな。
「除霊師が博愛主義だなんて、傑作。大阪でプロの芸人を目指せるくらい」
「そんなに変なこと言ったかな?」
「―――私の両親を殺しておいて、博愛主義だなんて片腹痛い」
「え―――」
そして、続けられた言葉に、二の句が継げない闇代。……鎌江の両親を、闇代が?
「私の両親は、退魔師と除霊師に殺された。あなたも除霊師なら、奴らと同罪」
「……」
どうやら、闇代が、ではなく、除霊師が、彼女の両親を殺したらしい。それと退魔師も。……一体、どういうことなのか? っていうか、「あるミュージシャンが麻薬をやってたから、ミュージシャンは全て麻薬常習者」くらいの暴論だし。
「ど、どういうこと……?」
「多分、悪霊に取り憑かれたんだと思う。除霊師は基本、霊も人も殺さないけど……天災レベルの悪霊や、それに取り憑かれた人は、殺めるの。退魔師だって、悪霊は必ず殺すし、それに取り憑かれた人も纏めて殺す場合が多い。わたしたちは、そういう役目なの」
退魔師と除霊師。霊に対する考え方の違いで対立することも多い両者。しかし彼らは、世界の霊的秩序を守る―――つまり、人々を霊の被害から守るという点においては一致している。やむをえない場合は、本当に他の方法がない場合は、その守るべき人たちだって手に掛ける。闇代も、一片も、天でさえも、根本的にはそういう人種なのだ。
「役目なんてどうでもいい。あなたたち除霊師や退魔師が、私の両親を奪ったのは事実。だから、私はあなたたちを許さない」
「……っ」
「あ、あんたねぇ……! 調子に乗るのもいい加減に―――」
「亜子ちゃん、いいの。これも含めて、わたしたちの業だから」
「で、でも……!」
鎌江の態度に、立腹する亜子。珍しく闇代を庇うような行動だったが、それは他ならぬ闇代によって遮られた。
「いいの。除霊師の娘として生まれて、自分も除霊師になるって決めたときに、覚悟はしてたから。……こうやって、恨まれるのもわたしたちの役目なの」
「……ふん。かっこつけすぎ。寧ろかっこ悪い」
亜子はまだ納得できないようだったが、闇代にそこまで言われては、さすがに矛を収めるしかなかった。……ただの万年発情期ロリ少女だと思っていたが、小さい背中に抱えていたものは、大分大きかったようだな。
「……鎌江さん」
「何? 私の両親が殺されたのは、仕方なかったとでも言いたいの?」
「ごめんなさいっ……!」
「え……?」
そして闇代は、鎌江に対して土下座―――というか、額を地面に擦り付ける五体投地をしだした。あまりに唐突だったせいか、鎌江も唖然としている。
「わたしたち除霊師が、そして退魔師が、あなたの両親を殺めてしまったこと―――本当に、ごめんなさい」
闇代が行っているのは、謝罪。親の敵である除霊師たちに代わって、彼女が謝っているのだ。
「……何のつもり?」
「わたしに出来るのは、これだけだから」
「……?」
困惑と不快感が入り混じった声で尋ねる鎌江に、闇代は顔を上げずにそう答えた。
「わたしには、あなたの両親を生き返らせることは出来ないから。出来るのは、同じ除霊師として、霊に関わる者として、誠意を込めて頭を下げることだけだから」
闇代の行為は、何の解決策にもなっていない。彼女の言う通り、これで鎌江の両親が戻ってくるわけでもない。それでも―――自分に出来ることがあるなら、それを精一杯やるだけだった。
「……止めて。私は、あなたにそんなことをさせるために、ワイヤーブレイドを手にしたわけじゃない」
その思いが通じたのか、それとも単に気まずくなっただけなのか、鎌江は視線を逸らせながらそう言う。……彼女が使っていたワイヤーは、復讐のために用意したのか。それで、霊術対策が施してあったんだな。
「でも……!」
「それに、負けた上に謝られたら、凄く惨め。屈辱」
「うっ……」
まだまだ謝罪が足りないと思う闇代だったが、恥をかかせるのも違うような気がした。仕方なく頭を上げ、鎌江と視線を合わせた状態で向かい合う。
「……やっぱり、除霊師は博愛主義なんかじゃない。ただのお人好し」
「……うん。それはよく言われるかも」
「事実だし」
「亜子ちゃん、何か言った?」
「なーんにも」
鎌江も、亜子も、闇代に対する評価は同じ。お人好しで一致した。……まあ、自分を殺そうとした相手に土下座するなんて、普通じゃないからな。
「……で? このお人好しに免じて、そろそろ帰ってくれない?」
場の空気が一区切りついて。亜子は鎌江に、停戦協定を持ちかけた。……そもそも鎌江は、亜子を回収するためにやって来ていたのだ。闇代との戦いは、彼女自身の都合によるもの。すっかり忘れていたが。
「それは無理」
「は……?」
「だって、それとこれとは話が別。私が来たのは、元々「ラボ」の依頼」
故に、鎌江は引き下がれない。闇代に対しては和解のようなものが成立しているようだが、それと亜子の件は別問題なのだ。
「……じゃあ、わたしに妨害されて出来なかったって体にすれば? あなただって、本気で亜子ちゃんを連れ戻す気なんてないんでしょ?」
それならばと、闇代は代案を出してきた。鎌江にはそれに従う義理などないのだが、拘束されていてはそうも言ってられない。退却するには十分な理由になるだろう。
「……嫌って言ったら?」
「なら、警察に突き出さないとね。一応、わたしたちの正当防衛だし。こういうのに理解のある刑事さんが知り合いにいるから、結構スムーズにいくと思うよ? そっちのワイヤーブレイドは実体のある武器だから、なおさら」
闇代が言っている「刑事さん」とは、舞奈のことだろう。彼女なら、霊術や魔術云々はうまく伏せてくれるだろう。それに、ワイヤーで襲い掛かってきたのは鎌江のほうだ。正当防衛は成立するはずだ。
「……分かった」
故に、鎌江は頷く以外に、選択肢が残されていなかった。